在韓米軍司令官エイブラムズ米陸軍大将は3月13日の記者会見で、「北朝鮮朝鮮人民軍が約1カ月にわたって活動を停止していたが、ごく最近になって通常の訓練を始めた」と説明した。

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 活動停止の原因が燃料不足なのか新型コロナウイルス禍なのかは不明だが、北朝鮮は満を持して3月2日から一連の短距離弾道ミサイル発射と砲撃訓練を開始した。

 29日にも弾道ミサイルとみられるものを2発発射した。これで今月は4回目となる。

 これらのミサイル発射や砲撃訓練には金秀吉軍総政治局長、朴正天軍総参謀長、金正寛人民武力相(国防相)の「軍三役」を従え、金正恩氏自らが現地指導をする入れ込みようだった。

 またその様子は、北朝鮮メディアが総力を挙げてPR(米国が主対象?)に努めた。

 金正恩氏のこれだけの入れ込みようから見て今回の一連のミサイル発射や砲撃訓練にはよほど重大なメッセージが込められているはずだ。

 筆者は、3月19日の「『ソウルを火の海に』は脅しではない」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59784)という稿で、金正恩氏の第1のメッセージを「北朝鮮はミサイル発射や砲撃訓練を見せつけることで、ソウルが人質に取られている現実を思い知らせ、米国・韓国の対北朝鮮攻撃を抑止することを狙っている」という趣旨のことを書いた。

 本稿ではさらに金正恩氏の「第2・第3のメッセージ」について読み解いてみたい。

2種類のカテゴリーの火器が登場

 今回の一連のミサイル発射や砲撃訓練では2種類のカテゴリーの火器が登場した。

 第1は、口径600ミリ級と推定される超大型ロケット砲(超大型放射砲)、第2は「主体砲」と呼ばれる170ミリ砲などの野戦砲と240ミリ多連装ロケットMLRS)などこれまでに配備済みの火器である。

「主体砲」も240ミリ多連装ロケットも射程は約60キロで、軍事境界線(DMZ)付近に配備されており、十分に首都ソウルを射程圏に収める。

 北朝鮮が、「主体砲」や240ミリ多連装ロケットなどを最大発射速度で連続射撃すれば1時間以内に何万発もの砲弾やミサイルがソウル市内に落下する。

 北朝鮮が機会あるごとに「ソウルを火の海にする」と威嚇するのは、こうした砲撃による攻撃を示唆している。

 これまで北朝鮮は、ソウルを火の海にすることで、ソウル市民を「人質」に取り、米韓連合軍の北朝鮮攻撃を抑止するという構図が成り立ってきた。

 従来、北朝鮮ソウル市民を「人質」に取るという説が一般化していたが、厳密に言えば米国の北朝鮮攻撃を抑止するためにはソウル市民よりも米軍人・家族の方が圧倒的に価値がある。

 韓国には米軍人が2万8500人、その家族が約3万人いると言われる。

 さらに言えば、人間にとって「頭」が重要なように、米軍の中でも米韓連合司令部、在韓米軍司令部、米第8軍司令部などの司令部が攻撃目標としては極めて重要なのである。

在韓米軍、DMZから遠い南方へ退避

 在韓米軍は、北朝鮮の野砲と多連装ロケットの「人質」になっていた米軍(第2歩兵師団が主力)を北朝鮮の熾烈な砲撃から守るために、その射程圏外まで南方に退避することを決定した。

 主力部隊の米陸軍第8軍(約2万人)は2017年7月にソウルの竜山基地から平沢にあるキャンプハンフリー基地に移転済みで、名実ともに基地機能が首都ソウルを離れた。

 また、在韓米軍司令部も2018年6月、同様にキャンプハンフリー基地に移転した。

 図(2006年韓国国防白書から)の左側「現在」に示すように、米軍は軍事境界線(DMZ)のすぐ近くに展開し、北朝鮮の攻撃があれば自動的に参戦(介入)する「トリップワイヤー(仕掛けわなの針金)」の役目を果たしてきた。

 それが、「移転・再配置完了後」のように、在韓米軍は部隊を南方に退避させ、ソウル南方の平沢(ピョンテク)市や大邱(テグ)市などに集約・再配置されることになる。

 軍事境界線(DMZ)からソウルまでは、40キロ余で、北朝鮮の「主体砲」や240ミリ多連装ロケット(いずれも射距離60キロ)で十分にカバーできるが、平沢市は100キロ余、大邱市は200キロ以上で多連装ロケットも砲弾も届かない。

金正恩第2のメッセージ:
在韓米軍の追い出し戦略

 北朝鮮と中国・ロシアは、米軍が、北朝鮮の「主体砲」や240ミリ多連装ロケット(いずれも射距離60キロ)を恐れて南に退避するのを見て、「しめた、これなら在韓米軍を撤退に追い込めるぞ!」と、思ったに違いない。

 これが、韓国の首都ソウルに雨霰と打ち込む野戦砲と多連装ロケットに加えて韓国全土(特に南方に退避した米軍基地)に対して飽和攻撃ができるような火力の開発を始めた動機ではないだろうか。

 これすなわち、宮本武蔵二刀流のようなものである。

「短刀」はソウルターゲットとする野戦砲と多連装ロケットであり、「長刀」はさらに射程が長い火器である。

「長刀」の射程は韓国全土をカバーするためには400キロ余が必要である。

 その「長刀」こそが、今回の一連の訓練で登場した短距離弾道ミサイルといわれるものだろう。

 これは、4つの発射管が搭載された移動式発射車両(TEL)から発射された口径600ミリ級飛翔体で、超大型放射砲(ロケット砲)と呼ばれるものだ。

 韓国軍の分析では、この超大型放射砲は、最大約410キロ飛行し最高高度は50キロに達したという。

 この超大型放射砲は、今春初登場したわけではない。昨年8月10、16の両日に発射されたものと同型とみられる。今回は、その発射時のデータなどで改善されているはずだ。

 この超大型放射砲は飛行特性から米陸軍の「ATACMS」やロシアの「イスカンデル」に似たミサイルだと推定される。

「ATACMS」は射程は165キロで弾頭には950個あるいは275個の子弾が内包されたものなどがある。

イスカンデル」は射程が280~500キロで、弾頭はクラスター爆弾、燃料気化爆弾、バンカーバスター用の地中貫通爆弾などがある。

 このような類似例から見て、北朝鮮の超大型放射砲も弾頭には様々なバージョンを開発するはずだ。

 筆者は、北朝鮮の超放射砲は「在韓米軍追い出し戦略」専用の火力ではないかとみる。

「在韓米軍追い出し戦略」には、中国もロシアも賛成するはずで、水面下では北朝鮮の超放射砲の開発を支援している可能性すらあるのではないか。

 韓国全土をカバーする火器としてはほかにもスカッドB・C(射程:300~500キロ)がある。

 それゆえ、新たに登場する超放射砲にはスカッドB・Cにはない優れた火力・効果=米韓軍にとっては脅威を付加している可能性が高い。それは今後明らかになるだろう。

金正恩第3のメッセージ:
米軍のドローン攻撃による暗殺阻止

 金正恩氏は、米国が1月3日にドローンを使ってイランのガセム・ソレイマニ司令官を殺害したことにショックを覚えたことだろう。

「トランプは恐ろしい奴だ。これまでの常識が通用しない。場当たり的に、いつ俺がドローンのターゲットになってもおかしくない」と思ったはずだ。

「ソレイマニは、高々イスラム革命防衛隊の一部門で、特殊作戦を行うコッズ部隊の司令官ではないですか。金正恩同志とは格が違う」と部下から慰められても恐怖は募るばかりだったろう。

 1月7日イランは報復として弾道ミサイル十数発を発射し、イラクにある駐留米軍基地2カ所を攻撃しただけで済ませ、イスラエルイラクの米軍に対する全面攻撃は実施しなかった。

 金正恩氏は金秀吉軍総政治局長や朴正天軍総参謀長、金正寛人民武力相らに「トランプにオレを暗殺させない方策を考えよ」と命じたことだろう。

 その回答が、今回実施された冬季演習におけるミサイルと野戦砲による大火力訓練だったのではないか。

 一連のミサイル発射や砲撃訓練でトランプ氏に伝えたいメッセージとは次のようなものだと筆者は考える。

北朝鮮イランは違う。イランは全面戦争を覚悟した報復をしなかった。万一米国が『偉大なる指導者』にドローン攻撃を仕かけたら、北朝鮮は決然たる覚悟で全面戦争に踏み切るぞ。その決意表明がこのミサイル発射と砲撃訓練だ!」

韓国の米国離れは止まらない可能性
日本の安全保障には大問題

 トランプ政権は、米軍の世界展開のコストについて「米国の納税者のみが負担するべきではなく、我々のプレゼンスから恩恵を受ける同盟国やパートナーと公正に分担すべきだ」としている。

 その一環として、韓国に対しては負担を現行の5倍の約50億ドル(約5500億円)に増やすよう要求していた。

 これまで数次にわたり協議したが合意できないでいる。米軍は協議がまとまらない場合、基地などで働くおよそ9000人の韓国人4月1日から休職にする可能性があると通知している。いわば人質だ。

 米韓両政府の7回目の協議が17日から19日までロサンゼルスで行われたが、合意には至らなかった。

 韓国は、世界的な新型コロナウイルスの拡大という新たな「変数」を頼みとして、トランプ氏の強引な値上げを拒み、合意を見送った可能性がある。

 4月の総選挙に向けても、文在寅大統領は安易な妥協・値上げは国民の反発を招くと考えたはずだ。

 中国の台頭を受けて、韓国は前朴槿恵パク・クネ)政権以来、中国に接近する傾向が顕著である。

 上述のように北朝鮮弾道ミサイル(超大型放射砲(ロケット砲))や長射程の野戦砲火力の脅威増大などと相俟って、米国は今後在韓米軍をさらに削減し、遂には撤退を決意するかもしれない。

 1888年(明治21年)、山県有朋は『山県有朋意見書』で、我が国の国益・安全保障の観点から朝鮮半島の重要性を主張した。

 山県の主張は今日の日本にも当てはまる。

 米国が在韓米軍を撤退すれば、日本はバッファーゾーンを失い、大陸(中国・ロシア)の脅威は朝鮮半島という回廊を伝って直接的に日本の腹背に及ぶことになり、日本の安全保障にとっては大問題だ。

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