本コンテンツは、2020年3月4日に開催されたJBpress主催「Digital Innovation Forum 2020 <春>〜デジタル変革によるイノベーションの実現〜」での講演内容を採録したものです。

シーメンス株式会社
代表取締役社長 兼 CEO
藤田 研一 氏

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シーメンスとトランスフォーメーションの歴史

 シーメンスは2020年に創業172周年を迎えます。日本でも古くから事業展開しており、最初の拠点となった築地に事務所を開設したのは132年前です。

 1959年の世界初のFA制御機器をはじめ、医療機器のMRIなど、イノベーティブな製品を世に送り出し続け、現在では、グループ全体で売上約10兆円、従業員約38.5万人の巨大な企業グループとなっています。常に変化し続けてきたことが、今につながっています。

 当社が経営戦略上最も重視しているのは、未来を読んで先取りすることです。事業環境を予測するために、5つのグローバルトレンドに注視しています。

 具体的に言うと、1つは「人口動態」です。2050年には世界の人口の20%が60歳以上に達します。「都市化」も進んでおり、2050年の都市の人口は全体の70%になるという予測があります。「グローバル化」「気候変動」も重要なキーワードであり、2050年の国際貿易は現在の4倍、再生可能エネルギーの利用は6倍に増えると言われています。そして「デジタル化」は止めようがない勢いで進展するのは明らか。当社としても今後ますます注力するトレンドです。

 当社では、これらのトレンドについて具体的な事例やデータを分析し、定期的に「Picture of the Future」という本にまとめて出版しています。この本は、事業環境の将来像を策定するためのものであり、長期で取り組む事業を取捨選択する場合など、自社の経営戦略において重要な判断材料となっています。

 分析の一例を挙げると、今のところ夢物語ですが、将来的に製造業では自律型のロボットの稼働が実現します。ロボットが人間と同じように自分で判断したり、おのおのコミュニケーションを取ったりしながら生産活動を行うようになります。

 こうした事業環境予測を実際に経営戦略に落とし込んだ結果として、今後の変化に対応するためには自前ではリソースが足りないことが明確になり、グループ企業を増やしていくことになりました。すでに過去10年間で約1.3兆円の買収を行っています。

 また、当社では2014年から「Vision 2020」という経営計画に取り組んでおり、パフォーマンス向上、コア強化、スケールアップの3段階でステップアップしてきましたが、計画よりも早く達成したため、2019年4月からは次の事業ポートフォリオを構築する段階として「Vision 2020+」に取り組んでいます。

 最終的には、コアとなるSiemens AG傘下のスマートインフラストラクチャーとデジタルインダストリーズがデジタルインフラを手掛け、分社化・子会社上場となる3部門のうち、シーメンスエナジーがエネルギー事業、Siemens Healthineersがヘルスケア関連事業、モビリティ―が鉄道事業を行うという事業ポートフォリオになる予定です。

デジタルツインが開発や製造を加速させる

 デジタル化によって世界はどう変わるのでしょうか。アナログの世界では、経験・情報はいったん個人が得たものが共有・活用されます。一方、デジタルの世界では、ネットワークを通して一瞬にして多数の人が共有・活用できるようになります。

 この変化を踏まえ、当社が考えるデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)について、事例も取り上げつつお話ししていきます。

 DXを支える要素はIoTやロボットなどさまざまありますが、DXの成功要因はそれらのどれを使うかということではありません。当社が考える成功要因の1つはオープンシステムです。

 企業や機器を超えてオープンに情報が共有できる必要があります。また、製造業などで重要になるのはシミュレーション技術です。当社のDXでは、この2つを掛け合わせたデジタルツインという考え方を採用しています。

 デジタルツインとは、製品開発、生産プロセス、設備計画、設備制御といったバリューチェーンを、デジタル(サイバー)上で、あたかも双子のように再現することです。デジタルのバリューチェーンは、シームレスな統合であることが重要になります。

 デジタルツインのメリットは、バーチャルで製品開発や製造計画を繰り返し検証できること。これにより、リアルでのバリューチェーンの最適化が加速します。

 例えば、自動車や航空機を作る場合、CADで作る3Dの設計図は、シミュレーションソフトなどを使った検証も反映しながら作成します。工場のレイアウトなども、かつてのように図面を引いたりする必要はなく、デスクトップ上でシミュレーションします。工場の実際の動作もコンピューター上で再現して確認し、それをそのまま現場に落とし込めるようになっています。

 最終的には継続的な改善も行えるようになります。当社では自社開発のIoTオペレーティングシステムMindSphereを使っていますが、このOSを通じ、実際の開発や製造の現場からフィードバックする仕組みの構築を目指しています。ただ、これを実現するにはあらゆる情報をネットワーク上で共有する必要があり、そのためにはデータの抽出はもちろん、最適化や可視化といった複雑な過程を経なければなりません。

 その他、AIの活用事例もご紹介しておきます。当社最先端のアンベルグ工場では、製造ラインに設置した40個以上のパラメーターからデータを収集し、AIに品質予測のアルゴリズムを学習させています。

 学習結果をもとに制御をかけて品質管理を行う他、工場内に複数ある製造ラインから同様に集めたアルゴリズムの学習結果を集積することで、より高度なアルゴリズムの学習にもつなげています。当社の工場ではすでに、機器の故障の予測の制度を上げることで、年間2500万円程のコスト削減を実現しています。

自社、顧客ともDXの成果は歴然

 当社では、さまざまな業界に向けてあらゆる領域でノウハウを提供し、実績を上げています。当社のアンベルグ工場では、DXだけの成果ではありませんが、直近の20年間で従業員数はほぼ横ばいにもかかわらず、生産量は13倍になりました。品質ではppm99.9999%、製品バリエーションでは1日120製品以上と、生産量以外の数値も高くなっています。

 お客さまの事例を紹介しますと、工場の生産ライン設置などを行うMINO社では、デジタルツインでシミュレーションをすることにより、開発期間は1/3、ラインの立ち上げ期間は1/2以上短縮しています。

 自動車のマセラティ社もフルデジタル化しており、開発期間は1/3以上短縮、生産量は3倍以上に増加しました。

 インクメーカーのDulux社もフルデジタル化済です。インクは多品種小ロットで大量生産しなければならないという複雑な製造プロセスですが、テストから正式生産までの段取り時間は50%以上短縮、生産プロセスは8倍にスピードアップ、生産ロットの最少単位も5000ロットだったものが100ロットになり、飛躍的に柔軟な対応が可能になっています。

 最後になりますが、MindSphereについては、できるだけ多くの企業と協力関係を構築していく方針です。先ほどもお伝えしたとおり、すでに経験・情報は一瞬にして多数の人が共有・活用できる時代になりつつあり、デジタルの世界は民主的であるべきです。デジタライゼーションは異業種間の戦いではありますが、協調するべき部分は協調していきたいと考えています。

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