ひきこもりのお子さんがいるご家族の中には「親亡き後、ひきこもりの子どもに財産を残すことはできそうだが、相続税が心配」という不安を抱えているケースもあります。

 相続人である、ひきこもりのお子さんに障害がある場合、条件を満たせば相続税の障害者控除を受けることができます。この障害者控除を受けることで、相続税を低く抑えることも可能です。

相続税の不安が頭をよぎる

 ひきこもりのお子さんを持つご家族向けの講演会を終えた筆者は、帰り支度をしていました。かばんに荷物を入れていると、不意に背後から、ある父親に声をかけられました。

「少しお話ししたいことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか?」

 振り向いた筆者が「どうぞ」と応じると、父親は硬い表情のまま不安を口にしました。

「私には、ひきこもりの次男がいます。親亡き後、次男には生活できるだけの財産を残せることができると思いますが、相続税が心配なのです。何か良い方法があれば教えていただきたいのですが…」

「なるほど。ちなみに、私は税理士ではないので一般的な話しかできません。それでもよろしいでしょうか?」

 父親は、もちろんという様子でうなずきました。

父亡き後の相続税対策は?

 状況を把握するため、父親から可能な範囲で話を伺いました。

「私は今年で75歳になります。妻は2年前に亡くなりました。長男は結婚し、独立しています。次男は今年44歳で、20年以上ひきこもっています」

「なるほど。そうなると、相続人はお子さまお二人ですね。相続税の基礎控除というものはご存じですか?」

はい。調べたことがあるので、それは知っています。相続人は子ども2人ですから、基礎控除は3000万円+600万円×2人=4200万円。つまり、相続財産が4200万円までなら相続税がかからないということですよね?」

「そうですね。一般的にはそのようになりますね」

「私には財産がそれ以上あるので、相続税がかかってしまうことになりそうです」

 そこで、筆者は父親にある質問をしました。

「大変失礼ですが、ご次男は通院されていますか? 障害年金を受けていたり、精神障害の障害者手帳(精神障害者保健福祉手帳)をお持ちだったりしますか?」

「はい、通院はしています。しかし、障害年金はもらっていません。症状が軽く、障害年金には該当しませんでした。障害者手帳は取得しています」

「ちなみに手帳は何級ですか?」

「3級です。それが何か関係あるのですか?」

 父親は疑問を口にしました。

障害者手帳取得で相続税は?

 ある程度の状況が把握できたので、筆者は父親に説明しました。

「ご次男は障害者手帳をお持ちなので『相続税の障害者控除』というものが受けられるでしょう。簡単に言うと、相続税の申告時に手続きをすることによって『相続税が安くなる』というものです」

「それは知りませんでした。一体どのくらい安くなるのですか?」

「そうですね。大まかな金額になりますが、ちょっと計算してみましょうか」

はい。お願いします」

 筆者はまず、父親の平均余命を調べました。75歳男性の平均余命は約13年。よって、今から13年後に相続が発生するものとしました。

 筆者は、紙に計算式を書きながら父親に説明をしました。

「『相続税の障害者控除』は相続人が85歳に達するまでに、相続発生からの年数1年につき10万円(特別障害者の場合は20万円)が控除される仕組みです。仮に、ご次男が13年後の57歳で相続が発生したものとします。障害者手帳の級は3級なので、相続税の障害者控除額はこのように計算できます」

85歳-57歳=28年(歳)
28年×10万円=280万円

 金額を見た父親は顔を曇らせました。

「280万円ですか…あまり大きな金額ではありませんね」

「この280万円という金額は相続財産の金額から引くのではなく、相続税額から直接引くものです。そのため、この金額を相続財産に換算する必要があります」

 筆者はそう言ってスマホを操作し、画面に相続税の早見表を出しました。

「早見表なので正確な金額ではありませんが、基礎控除分も含めて相続額が6500万円くらいまでなら相続税はかからないと思われます」

「そうなんですか! 結構な金額になりますね。これなら、相続税もそんなに心配しなくても大丈夫そうです」

 筆者は念のため父親に告げました。

「今回の話は、あくまでもざっくりとしたものになります。詳しい税金額や生前対策などは税理士の先生にご相談くださいね」

「はい、分かりました。今日は、障害者控除を知ることができただけでも十分です。どうもありがとうございました」

 父親は安堵(あんど)の表情を浮かべていました。

 相続人に障害のある人がいる場合、条件を満たせば相続税の障害者控除を受けることができます。ひきこもりのお子さんの中には、精神疾患を発症しているケースも見受けられます。相続税の心配をしているご家庭であれば、少なくとも障害者手帳(精神疾患の場合は精神障害者保健福祉手帳)を取得しておいた方が望ましいと筆者は考えています。

社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー 浜田裕也

ひきこもりの子の相続税対策は?