今朝もまた、救急車サイレンの音で目覚めた。

 1週間ほど前から、この音を頻繁に耳にするようになっている。その度に思う。近くでまた新型コロナウイルス感染者が出たのか。救急車で運ばれるとは、重症に違いない。1人想像しながら、恐怖感に襲われている。次は我が身か。

 私は、ロックダウンされているカリフォルニア州ロサンゼルスのビーチタウンサンタモニカに住んでいる。古い女で恐縮であるが、桜田淳子の「来て来て、来て来て、サンタモニカ~」のあのサンタモニカである。この歌詞とは裏腹、今、ここには、「来るな来るな、サンタモニカ~」の空気が漂っている。

 ロックダウン、つまり、外出禁止令が出された直後、サンタモニカには多くのアンジェリーノ(ロサンゼルスの人々)が押しかけたからだ。

ロックダウンでもできること・できないこと

 もっとも、外出禁止令とは言っても、まだできることは様々ある。

 食料品や薬など生活必需品の買い出しや、病院やクリニックでの受診や治療など生活に不可欠な行動を取ることはできる。ケアをするためなら友人や親族を訪問することも可能だ。銀行などの金融機関にも行ける。乗客の減少から間引き運転されてはいるがバスや電車など公共交通機関の利用もできるし、車での移動も可能だ。

 レストラン内での飲食は禁止になったが、レストランフードテイクアウトはできるし、デリバリーを注文することもできる。他の人と6フィート(1.8メートル)の社会的距離をあけている限りは、屋外での散歩、ジョギング、サイクリングワークアウトなどの活動もできる。

 反対にできないのは、市民生活を支えるのに不可欠な仕事(インフラ整備や医療関係など)以外の仕事に行くこと、緊急性のない友人や親族宅への訪問、病院や介護施設などへの訪問、他都市への必要のない訪問、ビーチで群れること、グループで行うスポーツをすること、グループで行う野外活動に参加することなどだ。

「それでも自由を謳歌したい」市民と政府のモグラ叩き

 しかし、外出禁止令が出ても、ワークアウト大好きで、アクティブアンジェリーノは1日中、家に閉じこもってなどいられなかった。サンタモニカのビーチには多くのアンジェリーノが集まって来たのである。結果、ビーチでは「6フィートの社会的距離」が取れない状況が生じてしまった。同じ状況は、登山用の遊歩道でも生じた。

 ロサンゼルス市長は「自己中心的な行動をするな! 家にいて命を守れ」と市民を一喝、ビーチと遊歩道はあっという間に閉鎖されてしまった。

 しかし、それでも、アンジェリーノは青い空と強い日差しを求めた。アンジェリーノの足は、今度は、海のそばの公園へと向かった。私もよく散歩している公園で、外出禁止令後も、運動不足にならぬよう、時々、散歩していた。

 普段は空いている公園なのだが、子供を遊ばせに来た親たちや、散歩やエクササイズをしたりするアンジェリーノで、連日、賑わうようになった。

 だからだろう、その公園も、数日前に閉鎖されてしまった。それでも、無視して、中に入る人々がいるため、ポリスは「公園は今閉鎖されています」というアナウンスをして、公園にいる人々を追い出しにかかった。

 しかし、公園から追い出されたアンジェリーノはそれにもめげることはなかった。彼らが次に向かった先、それは、車が行き交う大道路脇にある狭い芝生だ。先週末は、そんな芝生の上でピクニックしたり、エクササイズしたりする人々の姿が見られた。

 私が住むアパートの前庭でも、住民がラグを広げて友人たちとワイングラスを傾けていた。新型コロナの陰鬱なニュースが流れる閉塞感に満ちた毎日、アンジェリーノは少しでも自由を謳歌しようと躍起になっているのだ。

ロサンゼルスマスクをかける抵抗感

 外出禁止令が出された後、家に籠っていた私にとっては、スーパーに食料品の買い出しに行くことが待ちに待った外出の機会となってしまった。のんきなアンジェリーノたちとは裏腹に、私はそんな買い出しにも、恐怖感を覚えるようになっている。

 毎朝ジョンズ・ホプキンス大学が出している感染者数や死者数の集計をチェックしているのだが、アメリカでその数が急増している状況を目にする度、私の中で感染に対する「恐怖指数」が高まっているからだ。サンタモニカも、米国時間3月30日現在までに、47人の感染者が確認されている。

 それでも、買い出しに行かないことには食べて行けない。私は日本から持ち帰ったマスクを最近になってやっと使い始めた。

 実は、3月初めに日本から帰米してから、長い間マスクを使えずにいた。マスクを身につけている人は皆無といっていいロサンゼルスで、1人、身につける勇気がなかったのだ。

 しかし、流石に、そうも言ってはおれなくなった。こう感染者が増え始めると、気持ちはサバイバルモードだ。感染症の専門家たちが次々と発表する米国の推定死亡者数の多さも、私に脅しをかけてきた。その数最大48万人、嘘でしょ~??? 私は、スーパー駐車場で、車から降りる前に、マスクを身につけるようになった。

 しかし、マスクをしていると、マスクをしていないアメリカ人から向けられる視線がどうしても気になる。どこか差別的な視線を向けられているように感じるのは、私が被差別意識を感じているからなのか?

個数制限、客同士距離をあける……スーパーに訪れた変化

 大方のアメリカ人もサバイバルモードに入っている。ロックダウン後は、スーパーの中でも、街中でも、マスクを身につけているアメリカ人がチラホラだが目につき始めた。しかも、先日、駐車場で隣に止まった車の中にいたアメリカ人男性は、降りる前に、ビニール手袋まで手にはめていた。

 スーパーは大きく変わった。

 いつもたくさんの客でごった返す人気スーパー「トレーダージョーズ」は逸早く入店者数を50人程度に絞った。そのため、入店するまで15分程度は列に並ぶようになった。列で待つ際も、前の客とは6フィートの距離を空けなくてはならない。入り口にいる従業員が、1人客が店から出るごとに1人客を入れており、入店の際には、客の両手に消毒スプレーを吹きかけている。

 米政府は「食料不足にはならない」と言ってはいるものの、買い占めが起きる恐れから、同店では購入個数の制限が行われており、タマゴは1世帯1ユニットに制限されている。レジ前でも6フィート間隔で列を作っていないと従業員に注意される。レジ係は客が購入した食品を袋に詰める前に、自分の手に消毒スプレーを吹きかけるほど入念に感染予防を行うようになった。

 出口では、従業員が、忙しなく、使用済みのショッピング・カートバスケットに消毒スプレーを吹きかけている。クルーガー系列のスーパーラルフスの中には、レジ周りをガラスシートで囲っているところもある。

友人のレストランが閉店、失職

 1ヶ月前まではまだ観光客で賑わっていたサンタモニカのショッピング・ストリートサードストリート・プロムナード」は不気味なほど静まり返っている。小売店は全て閉鎖され、開いているのは、今もテイクアウトやデリバリーのサービスを行っているわずかなレストランくらいだ。

 ロックダウン前から、ロサンゼルスではレストラン内での飲食が禁止にされ、レストランテイクアウトとデリバリーのサービスしか対応しなくなっていた。しかし、そんなサービスだけでビジネスを維持できるレストランは数少なく、多くのレストランが完全な閉鎖に追い込まれている。

 私の友人が勤めるレストランも、最初はテイクアウトやデリバリーのサービスビジネスを維持しようとしていたが、結局閉店してしまった。職を失くした友人は、アパートの家賃の支払いを先延ばししてもらうため、大家に掛け合っているところだ。

 たまにレストランカフェフードテイクアウトに行くと、従業員は警戒モード丸出しだ。ビニール手袋をした彼らは直接私の手からお金を受け取らず、カウンターやトレイの上に置くよう指示してきた。レストラン側が感染予防にピリピリになっている様が伝わってきた。もっとも、私としても、この従業員感染していないだろうかと不信感を抱いたりしているので、警戒しているのはお互い様なのかもしれない。

スポーツニュースは名プレー再放送

 テレビニュースは、連日、新型コロナ一色だ。

 2人のニュースキャスターは6フィートの社会的距離をおいて座っているため、視聴者からはテレビ画面の両端にチョコンといるようにしか見えない。気象予報士スポーツ担当のキャスター在宅勤務しており、毎日、自宅から中継で報道を行っている。

 スポーツニュースの場合、バスケットボールメジャーリーグなどスポーツイベントはことごとく中止となったため、マイケル・ジョーダンコービーブライアンなどレジェンドたちの過去の名プレー再放送されている状況だ。

感染の不安を抱え、どう生きる

 不安からか、同じ在米の友人たちともコンタクトを取ることが増えた。ロックダウン下では、いざという時に助け合える友人の存在はかけがえのないものだ。みな同じように感染の不安を抱えている。

 自分が感染したら高齢の親の世話ができなくなるので、まずは自分の健康管理に気を使っているという友人。食品の買い出し以外は外に出ず、家族で家に籠っているという友人。心理的ストレスに襲われ、気持ちが沈んでいる友人もいる。

 新型コロナが心に与える影響はとても大きい。

 1月から新型コロナの情報ばかり追っている私自身、神経症になるのではないかと感じることもある。原稿を書くために様々な情報に触れるほどに、心臓の鼓動は早まり、過呼吸になり、息苦しさに襲われている。喉に違和感を覚えることもある。そして不安になる。もしや感染してる? 体温を測る。37度ない。じゃあ、大丈夫かな。でも、発熱症状が出ない人もいるというし。きっと感染しているに違いない。私の中で、「想像妊娠」ならぬ「想像感染」のような状態がずっと続いている。

心を明るくしてくれるアンジェリーノたちの言動

 気弱になった私を励ましてくれるのは、今、新型コロナの危機の下、アンジェリーノたちが助け合っているということだ。

 ホームレスの人々のために、不要になったタオルを多くの人から回収している女性がいる。職を失ったレストラン従業員のために、無料の食事を提供しているレストランもある。地域の「小さな図書館」(地域社会の人たちに小さな箱に収められた本を無料で貸し出すという非営利の運動)は「小さなフードパントリー」にかわっている。職を失くした人が持ち帰ることができるよう、地元の人々が本の代わりに、缶フードなど保存のきく食品を入れるようになったのだ。

 家を回って、外出禁止令のため籠っている家族のポートレートを無料で撮り歩いている写真家もいる。家族がいつかその写真を見て、今この時のことを思い出すことができるように。

 住宅地には芸を披露して、住民を楽しませているパフォーマーも登場している。

 長期に渡る外出禁止令が出たからといって何もできなくなるわけではない。自分に何かできることはないか? 何か助けられることはないか? そんな気持ちを持ちながら、彼らは自分の役割を模索し、果たそうとしている。

 東京でもロックダウンが起きるかもしれない。そうなった時、自問してほしい。

 自分に何かできることはないだろうか?

(飯塚 真紀子)

外出禁止令後に道路脇の芝生で運動する人々 ©Getty Images