チャイナウイルスと言って何が悪い」

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 ドナルド・トランプという人物は正直だ。言いたい放題のことをツイートしている。事実誤認やフェイク情報はしょっちゅうある。

 しかし、トランプ大統領ツイッターは「トランプウォッチャー」にとっては重要なツール(判断材料)でもある。

 彼が一体何を考え、感じているか、喜怒哀楽が手に取るように分かるからだ。

 新型コロナウイルスを「チャイナウイルス」と呼んだことを中国がとがめると、3月17日、こうツィートした。

「このウイルスは中国からもたらされた。(チャイナウイルスと呼ぶのは)完全に正確な表現だ」

 その後、米国内の中国系米国人の有力者や団体から「人種差別的発言だ。それにより米国内のアジア系がハラスメントを受けている」という抗議を受けるや、トランプ大統領は使わなくなった。

 再選を目指すトランプ氏にとっては、相手にする「中国人」は何も太平洋の向こうにいる中国人だけではない。

 米国には380万人の中国系米国人が住んでいる。日系や韓国系を含むアジア系米国人となれば、2100万人だ。

 トランプ氏が一言「チャイナウイルス」と言っただけで米国に住む(欧州ではもっとひどいようだが)アジア系は一部の非アジア系に「コロナ」だとか「国に帰れ」と罵られている。

3月27日ツイッター:
私は習近平氏に大いに敬意を払う

 そのトランプ大統領3月26日、1か月半ぶりに中国の習近平国家主席と電話会談した。会談は1時間を超えた。

 あれほど中国を批判していたトランプ氏は習近平氏と何を話したのか。トランプ氏は翌27日ツイッターにはこう書きこんだ。

習近平主席と大変すばらしい電話会談を行った。世界で猛威を振るっている新型ウイルスについて詳しく話し合った」

「中国は大変苦労した。(習近平氏とは)ウイルス問題でしっかりと理解を深めた。われわれは緊密に連携している。私は(習近平氏に)大いに敬意を払っている」

 トランプ大統領習近平主席は2月7日にも電話会談している。新型ウイルスが中国で感染拡大する前だ。

 この時とは手のひらを返したようなツイッターだ。流れを少し整理するとこうだ。

 中国からの情報によれば、中国の疾病対策予防センターは、発生を正式に中国政府が認めた1月3日以降、2月までの約1か月、米国に新型ウイルスに関する情報や対応措置を30回にわたり報告してきたという。

 トランプ氏が習近平氏と新型ウイルスに関して初めて電話会談したのはその1月3日から約1か月後の2月7日だった。

 トランプ氏はその時、中国の対策を積極的に評価した。米専門家チームを派遣する用意があることも提案していた。

(これについては中国は3月30日現在、派遣を受け入れてはいない)

 その後、米中の間に何があったのだろうか。

2月7日ツイッター:
習近平氏は感染阻止で成功するだろう

 ちなみに、2月7日トランプ大統領はこうツイッターに書き込んでいる。

習近平主席と長く、非常にいい電話会談をした。彼は強力で頭がよく、新型ウイルスに対抗するリーダーシップの発揮に全力を上げている」

「彼はかなり手応えを感じており、数日足らずで病院を建てたほどだ。決して容易ではないが、彼は成功するだろう」

「これから気温が上がるにつれ、新型ウイルス(感染拡大)が弱まり、そして消えることになることを願いたい」

「中国では習近平主席の強力な指導の下、しっかり統制がとれており、対抗策は大成功を収めるだろう。われわれは中国を支援するために緊密に連携している!」

 当時は新型ウイルスは米国内には「上陸」しておらず、トランプ氏としては「上から目線」の余裕を見せていた。

 それから1か月半、米国は新型ウイルス感染者数で世界最多になってしまった。

 拡大の要因はトランプ氏の、科学的根拠もない、ひらめき的楽観主義と脅威を過小評価したことにある。

ウォール・ストリート・ジャーナル:
中国はアジアの重病人だ

 ところが、トランプ習近平電話会談以降、つまり新型ウイルスの米本土上陸→感染拡大と並行して米中間には批判の応酬が始まった。

 正確に言うと、電話会談数日前からその兆候はあった。

 2月3日、中国政府は保守系ウォール・ストリートジャーナルなど米北京駐在記者3人の記者証を取り消し、国外退去処分にした。

 同紙のオピニオン欄(2月3日付)に「中国はアジアの重病人だ」(China Is the Real Sick Man of Asia)と題する記事が出たからだ。

 筆者は保守系シンクタンク、ハドソン研究所研究員のウォルターラッセル・ミード氏だった。中国は怒り心頭に発した。

https://www.wsj.com/articles/banished-in-beijing-11582157934

 それから1か月後、3月2日にはマイク・ポンペオ国務長官が米国駐在の中国国営メディア5社の中国人従業員(160人)を100人に減らすと発表。

 中国政府は3月18日には報復措置としてニューヨークタイムズなど米主要紙3社の中国駐在記者の事実上の国外退去処分で対抗した。

 それ以降、中国共産党の機関紙、人民日報は連日のように対米批判の社説を掲載した。

 3月20日の社説ではこう主張した。

「一部の米国の政治屋が新型ウイルスと中国を結びつけて、中国に汚名を着せようとしている」

ウイルスの発生源については科学的な調査が必要であり、中国に濡れ衣を着せようとしている」

トランプ大統領は再選のために責任を中国に転嫁しようとしたに過ぎない」

中国、チャイナウイルスの汚名返上?

 その間、中国は新型ウイルスの拡大感染阻止にある程度成功した。「震源地」武漢は3月6日、2か月ぶりに封鎖が解除された。

 新型ウイルス退治を終えた習近平国家主席は、「チャイナウイルス」の汚名を返上したかに見える。

 余裕が出てきた。イタリアには感染拡大阻止のための検査キットの供与申し出すらしている。

 一連の動きをウォッチしてきた主要シンクタンクの研究員J博士はこう解説している。

「2月には中国の感染状況を対岸の火事と見ていたトランプ大統領は3月にはその火の粉をかぶり始めた」

「大型経済支援策は出したが、肝心要の感染拡大は収まりそうにない。人口密度の低いコロラド州でも感染者が出始めた」

「背に腹はかえらないとばかりに習近平氏に電話し、SOS信号を出したのだ」

「それに米中貿易合意に盛り込まれている米国産品購入(2年間で2000億ドル)がある」

「新型ウイルスの影響で若干遅れることはあっても年末か来年初頭、事態が収拾すれば、合意通り実施する確約を習近平氏から得たかったのだろう」

トランプ氏のマインはつねにカネ。米中貿易合意は大統領再選に向けての重要な目玉商品だ。中国の購入は米中西部の農民(トランプ支持層)にとっては死活問題だ」

「ということはトランプ氏の再選にとっても必要不可欠ということになってくる」

米識者:ウイルス退治は米国だけでは手に負えず

 トランプ氏が3月に入って中国を新型ウイルスの元凶のように言い出したのは、米国内での感染拡大が急速に広がった時期と一致している。

 中国に責任転換しようとしたわけだ。前述のJ博士は続ける。

「ところが、トランプ政権内外の専門家たちの中で、新型ウイルス退治が米国だけではできないことを主張する者が続出し始めた」

「国際的な協力なしには拡大阻止はできない。その核がチャイナウイルスの元凶と目された中国だった」

「そうした声をトランプ氏も聞かざるを得なくなってきた。背に腹は代えられないということで習近平氏に電話したわけだ」

 米中央情報局(CIA東アジア作戦部長だったジョセフ・デラトニ氏は情報サイトサイファーセンターのコラム(3月25日付)でこう訴えていた。

「米中両政府は、罪のない何百万人の命を奪いかねないパンデミックや人道支援で行動を共にせねばならない」

1979年に米中国交正常化して以来、米中は1980年90年代、そして2000年代にもそうしてきた」

「新型ウイルス感染拡大に対してもそうする責任がある。責任のなすりつけ合いやいがみ合いをしている場合ではない」

「しかも米中は今や経済的にも相互結合している。米国は世界保健機関WHO)のガイダンスに従い、中国と協力し合って対応に当たる責務がある。今こそ米中の人智が開かれたリーダーシップ必要不可欠だ」

https://www.thecipherbrief.com/column_article/we-need-greater-collaboration-between-china-and-us-on-covid-19

 デラトニ氏と同じ主張はその後相次いだ。

https://www.nytimes.com/2020/03/28/us/politics/china-russia-coronavirus-disinformation.html

https://thehill.com/opinion/finance/488987-us-lives-economic-stability-threatened-by-coronavirus-conflict-with-china

 政権内部でも米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)のアントニー・ファウチ所長(医学博士)ら専門家は言うに及ばず、ラリー・クドロー米国家経済会議(NEC委員長も米中経済面から米中首脳間の協力の必要性を主張していた。

 いつまでもトランプ大統領の「本心」を忖度して対中攻撃を繰り返していたのはマイク・ポンペオ国務長官だけだった。

 ワシントンの政界では「ポンペオ国務長官失格論」すら流れている。

https://thesoufancenter.org/intelbrief-the-u-s-leadership-void-limits-the-global-response-to-covid-19/

トランプ氏は韓国にも「診断キット」所望

 電話して習近平氏から何をもらったのか――。

 米中関係専門家の間では、トランプ氏が習近平氏から手に入れたものは、新型ウイルス感染拡大を阻止するのに必要な医療機器、つまり診断キットの提供ではないか、とする見方が支配的だ。

 トランプ大統領は、習近平氏との電話会談の前の24日、韓国の文在寅大統領にも電話を入れ、韓国が開発した診断キットなど防疫物資の支援を要請している。

 もっともこの韓国の診断キットについては3月11日の米下院監視・政府改革委員会の聴聞会でも取り上げられた。

 同聴聞会でマークグリーン下院議員(テネシー州選出、医学博士、前海軍長官)は米食品薬品局(FDA)の見解として「韓国製の診断キットは米国の救急用には不適格だ」と発言している。

 その理由は、「韓国製診断キットは免疫グロブリン抗体のみで検査しており、米国が行っているRT-PSR(リアルタイム遺伝子増幅検査法)という複数の抗体を検査するものではないからだ」というのだ。

 いずれにせよ、新型ウイルス感染の有無を迅速に調べる診断キットが著しく欠如している米国としては防疫体制強化のためにどこの国からでもいいから早急に欲しいわけだ。

 中国の軍門に下ったかに見えるトランプ大統領の外交を冷ややかに見る者も少なくない。

 トランプ再選を阻止しようとするジョー・バイデン前副大統領の外交ブレーンと目されるカート・キャンベル元国務次官補(東アジア太平洋担当)とラッシュ・ドシ・イエール法科大学院研究員(中国問題専門)は外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』(3月18日付)に以下のような共同論文を寄稿している。

「新型ウイルスが世界を席巻する中でグローバル・リーダーシップを追求する中国にとっては、内向きでお粗末なトランプ外交は貴重な資産(Asset)になってきた」

「言い換えると、中国のこの終局的な目標達成は北京でなく、ワシントンで起こっていることにより多く依存するということだ」

https://www.foreignaffairs.com/articles/china/2020-03-18/coronavirus-could-reshape-global-order

 何やら新型ウイルス感染をめぐる「米中戦争」は発生3か月を経て、立場が逆転した格好だ。

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