新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受け延期となった東京五輪パラリンピックについて、国際オリンピック委員会IOC)、大会組織委員会などが3月30日、五輪を2021年7月23日から8月8日パラリンピック8月24日から9月5日の間で開催することで合意しました。

 1年の延期に伴い、大会関係者は会場の調整に追われるほか、一部競技団体が出場選手の再選考を行う可能性も考えられます。五輪の延期は、経済や社会にどのような影響を与えるのでしょうか。

 一般社団法人日本スポーツマンシップ協会理事で尚美学園大学准教授の江頭満正さんに聞きました。

波及効果含め1兆円ほどのマイナス

Q.東京五輪が来年夏の実施となりました。経済的な損失はいくらぐらいになるのでしょうか。また、社会的な影響は。

江頭さん「延期にあたり、東京都が中心となっている組織委員会では、会場建設費用などを除く4760億円が2021年に再度必要となる可能性があります。目に見える直接的な損失額は必要経費4760億円で、そこから発生する波及効果を含めて1兆円程度のマイナスだと思われます。

これまでオリンピックに多大な注目が集まっていましたが、延期となったことで、ニュースでは新型コロナウイルスの話題に多くの時間が費やされます。日常がネガティブなニュースであふれ、社会は停滞していくのではないでしょうか」

Q.それでは、予定通りの日程で開催を強行した方がよかったのでしょうか。

江頭さん「オリンピック開催はあくまで、新型コロナウイルスの終息が前提条件となるでしょう。現在、世界は危機的状況に陥っており、中止となってもおかしくありませんでした。終息しない中で予定通り今夏の開催を決定したら、国内外から批判が集まり、オリンピックの歴史に汚名を残す大会となっていたかもしれません」

Q.延長はやむを得ない判断だったということでしょうか。

江頭さん「延期は悪いことばかりではありません。延期で、新型コロナウイルスからの復興をアピールするチャンスが生まれます。ポジティブに捉えられるかが大切です。アメリカやイタリアなどオーバーシュート(感染爆発)を起こしてしまった国々から見れば、日本は早期から感染者が確認されながら、3月末時点で、感染予防対策と社会活動を両立させています。

組織委にとって、日程、会場、チケット、アスリート選考、ボランティア人員などを、延期日程までの短時間で仕切り直すのは大変ですが、無事に開催することができれば、日本の対応力や国民性に対する評価が上がります。そのことで、オリンピック終了後、日本が今まで以上に『平和・安全・安心』な国であると世界的に認識され、海外からの訪問者が増えると思います」

Q.延期により追加経費が必要となりますが、経済的に不安はないのでしょうか。

江頭さん「確かに延期による追加経費が発生しますが、これは日本社会への経済刺激策にもなります。経済を回復させるための手段として公共投資があるからです。新型コロナウイルスからの復活にオリンピックが役立つのであれば、よいことではないでしょうか」

Q.開催が1年延期となりましたが、出場選手の選考はやり直した方がいいのでしょうか。

江頭さん「オリンピックは年齢制限があります。サッカーのように上限が定められているケースや、フィギュアスケートのように下限が定められているケースもあります。これは大会開催時の年齢が基準です。従って、選手の選考はやり直すのが基本となるでしょう。そもそも、オリンピックは世界最高の競技者が集まる大会です。2021年に最高のパフォーマンスを発揮できる競技者が東京に集まるべきです。

出場が決まっていたアスリートに配慮すべきだという意見もありますが、2021年時点でそのアスリートが国内大会で2位や3位だったら、IOC、競技団体、観戦者はすっきりしないでしょう。最高のアスリートを集結させ競技を行うのがオリンピックの醍醐味(だいごみ)であり、勝敗はルールにのっとってシンプルに決められるということがスポーツの良さです。代表選考は再度、公平にかつシンプルに行うのがよいでしょう」

Q.もし、新型コロナウイルスの流行が長引き、来夏の開催が難しくなった場合、どうなると考えられますか。

江頭さん「中止になるのではないでしょうか。1940年オリンピック開催予定地は東京でしたが、日中戦争により1938年JOCが開催権を返上しました。IOCフィンランドのヘルシンキで開催する代替案を予定していましたが、ソ連(当時)のフィンランド侵攻が始まり、中止になっています。

このように、近代オリンピックは『戦争』による中止はありました。つまり、過去に前例がある分、延期よりも中止になる可能性の方が高かったわけです。今回、延期しただけでも例外的な判断でしたので、これ以上無理して東京開催をすることはないと思います。

ただ、IOCが五輪を通じて、新型コロナウイルスからの勝利宣言をアピールしたいのであれば、2年後の2022年に開催する意義はあります。近代オリンピックは、独仏戦争(普仏戦争)で疲弊していた欧州諸国を元気にすることや、国家間での勝負を殺りく以外の方法で行うことを目的に、フランスの教育者であるクーベルタン男爵が始めました。

スポーツが社会に貢献できることを考慮した上で、新型コロナウイルスで疲弊した世界を勇気づける目的で、例外的に、いわゆる『新型コロナウイルス勝利オリンピック』が開催される可能性はゼロではないと思います」

オトナンサー編集部

再稼働した東京五輪のカウントダウンボード。2021年7月23日までの日時を表示する(2020年3月、時事)