韓国でも新型コロナウイルスとの必死の戦いが続いている。
感染者の急激な増加を何とか食い止めているが、依然として重要局面であることには変わりがない。
入国制限や行事や会食の自粛も続き、経済への影響もじわじわと出ている。幅広い業種で大企業の人員削減も始まっている。
そんな時に、野村證券のリポートが産業界に衝撃を与えている。
「全くこんな数字がどうして・・・」
2020年3月31日、朝のラジオニュース番組を聞いていたら司会者が、何かコメントをしようとして思わず飲み込んでしまった。
最悪のシナリオはマイナス12%
前の日に出た野村のリポートのニュースになった時だ。
この日、野村は世界主要国の経済見通しを出したが、韓国の2020年の経済成長率について「最悪のシナリオの場合マイナス12.2%、基本シナリオでマイナス6.7%」という数字を出したのだ。
「あの会社はいつもこういう否定的な発表をしますね」と司会者が質問をすると、経済記者が「不愉快な数字ですが、こういうことをあり得るということで受け止めないと」と答えた。
もちろん、この数字は韓国だけが突出して悪いわけではない。
最悪の場合、米国がマイナス11.3%、日本が同8.2%、ユーロ圏が同14.0%、中国が0%になるとみている。
それでも韓国にとっては衝撃だ。IMF(国際通貨基金)危機と呼ばれた未曽有の通貨経済危機の際の1998年でもマイナス5.7%、リーマンショックの2009年には0.3%成長だったからだ。
ある財閥役員は話す。
「数字には驚いたけれど、覚悟を持って対策をしないと・・・」
「今はまだ、うちのグループは大きな打撃を受けてはいないが、あちこちで影響が出ている。感染拡大対策が一段落した後に何が待っているのか、正直言って全く見えない」
韓国紙デスクは「野村は20年前に、大手財閥の大宇の経営破綻をいち早くリポートして以来、厳しめの予想はするが正確だという評価が多い。それにしても、マイナス12%とは」と語る。
「これから何が起きるのか?」
1400万世帯に金融支援
どこから手を打って良いのか測りかねているのは、世界の主要企業も韓国企業も同じだ。
韓国政府と中央銀行も、感染拡大防止策とともに経済対策にも、打てる手はすべて打つ構えだ。すでに基準金利は史上初めて0%台に下がった。
3月30日には、1400万に及ぶ所得下位70%の家庭に、4人家族基準で100万ウォン(1円=11ウォン)の緊急災難支援金を支給することを決めた。
中央政府次元での初めての現金性支援だ。
企業に対する支援にも乗り出している。
航空や観光など、誰から見てもすでに大きな影響を受けている企業への支援を決めたが、影響は、特定の業種や中小零細企業にとどまらないことがすでに明らかになっている。
すでに始まっていた業績低迷
産業界が深刻に受け止めているのは、今回の新型肺炎の影響がなくても、業績低迷が始まっていた企業が少なくないことだ。
こうした企業の経営問題が一気に表面化することを懸念していたが、現実になってきた。
つい数年前まで優良企業として知られていた大企業が経営難に陥り、大規模な人員削減に乗り出す例があちこちで出てきているのだ。
発電所やプラント設備大手の斗山重工業は、資金繰りが困難になり、政府系の韓国産業銀行と韓国輸出入銀行が1兆ウォンの支援に乗り出すことになった。
かつては就職人気ランキングの上位に名を連ねていた斗山重工業はここへきて急速に業績が悪化していた。
政府に批判的なメディアは「今の政権の脱原発政策の犠牲」と報じているが、それだけが原因ではない。世界的な火力発電需要の減少もあり、業績が急速に悪化してしまった。
斗山重工業は2600人の希望退職を募っている。
これ以外に、幅広い業種で「リストラの嵐」が吹き始めている。
大韓航空は、2019年12月に希望退職を実施したが、最近、客室乗務員、操縦士などを対象に「無給休職」に踏み切った。
関連会社では整理解雇にも踏み切った。
IMF危機以来の整理解雇?
「毎日経済新聞」は「不景気に新型コロナウイルスの流行が重なり、1997年のIMF危機当時の整理解雇の影が立ち込めている」と報じた。
深刻なのは、業績の急速な悪化が大企業に広がっていること。さらに、業種もどんどん拡大していることだ。
同紙は、「大企業人員構造調整の台風」という記事で、最近、人員削減や給与返上、勤務時間短縮に踏み切った企業の一覧表を載せたが、韓国を代表する大企業ばかりだ。
大韓航空、アシアナ航空など航空会社はもちろん、ロッテグループもスーパー、免税店、百貨店、ホテルなどで希望退職や店舗の40%削減、役員給与の返上などに踏み切る。
韓国の産業界で驚きの声が上がったのは、常に「最も給与が高く待遇が良い会社」として知られた精油業界で初めてともいえるリストラが始まったことだ。
「平均年収1億ウォンの夢の職場」といわれたエスオイルは、1976年の会社設立後初めて51歳以上の社員を対象とした希望退職を募集する。
同じ業界の現代オイルバンクも役員給与の20%返上などを決めた。
優良企業も人員削減
世界的な景気後退、新型肺炎の流行に加えて原油価格の急落で、プラントや精油業界にまで「危機」が広がっているのだ。
毎日経済新聞の一覧表には、現代自動車グループの主力企業である現代製鉄(53歳以上の事務職を対象とした希望退職)、サムスン重工業(希望退職)、LGディスプレー(生産、事務職数千人規模の希望退職)などの名前も並ぶ。
韓国の企業評価サイトであるCEOスコアが、大企業とグループ会社358社の2019年の業績や投資額を調べた結果によると、これら企業の2019年決算での営業利益の合計額は、2018年実績比で46.5%減だったという。
米中摩擦の影響による貿易への打撃や半導体市況の悪化などで、すでに多くの韓国企業の業績は低迷が始まっていた。
「朝鮮日報」は4月1日付朝刊1面で「コロナ以前にも韓国企業昨年営業益 半分に」という記事を掲載した。
この記事によると、売上高上位50社の2019年の営業利益は平均で43.2%減少したという。
同紙は「電子、化学、鉄鋼、重工業、流通など我が国の主力業種すべてが泥沼に陥った。さらに深刻なのは、昨年の企業業績はコロナの余波を全く受けていない成績表だということだ」と報じた。
こんな時にこんな公表も
「なんとタイミングの悪い時期に・・・」
韓国紙デスクは、3月30日に金融監督院の電子公示で、「2019年の上場会社役員報酬」が公開になったことをこう話した。
2018年の業績をもとに、2019年に支払われた役員報酬が公開になったのだ。
話題になったのは、オーナー経営者の中でロッテグループの重光昭夫(辛東彬=シントンビン=1955年生)会長が181億7800万ウォンで全体の1位だった。
2位は、CJグループの李在鉉(イ・ジェヒョン=1960年生)会長で124億6100万ウォン。
その他、現代自動車グループの鄭夢九(チョン・モング=1938年生)会長が70億4000万ウォン、長男である鄭義宣(チョン・ウィソン=1970年生)首席総括副会長が51億8900万ウォン、LGグループの具光謨(ク・グァンモ=1978年生)会長が53億9600万ウォンだった。
どのオーナーたちも、グループの複数の企業からの報酬の合計額で、2018年の業績から見れば、金額が多かったかどうかは一概に言えない。
それでも、これから大規模リストラをという時期に公表になってしまった。
ちなみにサムスングループの李在鎔(イ・ジェヨン=1968年生)サムスン電子副会長は、背任などの裁判で係争であることなどから無報酬を続けている。
輸出、株価、為替は「善戦」だが…
韓国の産業界が期待するのは中国の急速な回復だ。
韓国通商産業資源部は4月1日、3月の貿易動向(速報値)を発表した。輸出額は469億1000万ドルで前年同月比0.2%減だった。
産業界の予想を上回る「善戦」だったが、その要因の1つは、中国向け輸出が3月に入って急速に回復したことだ。
世界的な新型肺炎の大流行で、4月以降の輸出に対しては懐疑的な見方が強い。そうした中で、輸出の4分の1を占める中国向けがどうなるのか?
この点にも関心が高い。
サムスン電子などは、多くの事業部門で、これまで通り研究開発や生産活動をしている。同社と取引をしている日本の企業の多くも「特に変化はない」という。
また、新型肺炎による世界経済への打撃は不可避と見ても、その先の回復期の事業チャンスを逃さないように、様々な事業可能性の検討に入っている財閥が多い。
多くの韓国の大企業や財閥は、過去数年間、余裕資金を蓄積している。金融機関の経営も安定してはいる。
証券市場も韓国のウォンのレートも、もちろん、株安、ウォン安に基調には変わりがないが、バタバタと一気に動くことは食い止めている。
韓国政府も企業も素早く動き、目いっぱいの対策を取っている。何よりも、新型肺炎対策で、これまでのところ高い評価を得ていることが大きい。
だが、一部の業種では、複合要因が重なり、相当な打撃も出るはずだ。
感染対策が最優先で、影響の度合いが見えないことは、他の主要国企業と同様に韓国の大企業にとっても最大の悩みだ。
韓国政府は、感染拡大防止のために外出自粛を強く要請している。行事のキャンセルはもちろん、会食まで禁止する企業も少なくない。
重苦しい雰囲気の中で、新型ウイルスと同様に「どこまで影響が広がるかが見えない」ことが恐怖をかきたてている。
「とにかく今は従業員の安全を最優先し、世界中で感染を食い止めることに協力する。できることは何でもやる」
ある財閥役員は、毎日、世界中からの報告への対処に追われる日々だ。
早くも始まった大規模リストラは素早い対応なのか。あるいは、IMF危機並みの衝撃の始まりなのか。
野村の予測も「マイナス5.5%~マイナス12.2%」とかなりの幅がある。事態はまだ始まったばかりともいえるのだ。
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