(廣末登・ノンフィクション作家)

JBpressですべての写真や図表を見る

 前回は、およそ17年の間、暴力団や裏社会を調査してきた筆者が、2010年以降の暴排条例施行前後で感じた暴力団離脱者の「生きづらさ」について紹介した。

 慣習的な社会は、彼らが暴力団を辞めても反社とラベリングして排除し、社会的包摂がなされない現実がある。後編では、そうした社会的排除の結果、生じた元暴アウトローという脅威。そして、裏社会に生じているカオスを、読者の皆様に紹介する。

(参考)就職率わずか3%、「元暴」の社会復帰阻む5年条項
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59633

■預金契約の解約――裁判所の判例は

 金融暴排による口座開設問題につき、2016年、福岡高裁は以下のように判示している。

「暴排条項は目的の正当性が認められ、目的達成のために反社会的勢力に属する預金契約者に対し解約を求めることにも合理性が認められるから、憲法十四条一項、二十二条一項の趣旨や公序良俗に反するものではなく有効であり、暴排条項の適用によって被る暴力団員の不利益は自らの意思で暴力団を脱退さえすれば回避できるものである(傍線筆者)」(福岡地判決平28.3.4、福岡高判平28.10.4)

 しかしながら、暴力団を離脱しても(最低5年間は)、生活口座が開設できないという現状は、裁判所の見解に疑義が差し挟まれかねないという問題が生じる(荒井隆男『金融暴排実務の到達点――政府指針公表後十年を経過して』金融法務事情2100号)。

 銀行口座が持てないことが、どれほど社会生活を制約するか、そのことは読者の皆様にも察しが付くと思う。契約と名の付く社会的活動が「何もできない」のである。彼らは、家も借りられず、携帯も持てず、マトモな就職もできない。

元暴アウトローという新たな脅威の台頭

 日々を生きるために、暴力団離脱者とて稼がなくてはいけない。とりわけ、家族を養う必要がある暴力団離脱者は必死である。合法的に稼げなければ、非合法的に稼がざるを得ない。彼らが組織に属していた時には「掟」という鎖があったし、任侠界のタブー(麻薬・強盗・泥棒、特殊詐欺などはご法度など)が存在した。しかし、離脱者は、そうした掟にもタブーにも縛られず、法律をものともしないので、金になることなら、どのような悪事にでも手を染めるから、元暴アウトロー(掟に縛られぬ存在)が誕生する。

 この一事をみても、暴排条例の制定は、社会に大きな変化をもたらし、裏社会に危険な歪みを生んでいる可能性を否めない。もしかしたら、わが国の組織犯罪の性質を一変させ、より悪いものへと変質さている可能性がある。

 たとえば、覚せい剤暴力団組員が扱うと、表向きは組織の掟破りということで処罰を受ける(実際は黙認していたとしても、組員が警察に検挙されたりすると、破門などの厳しい処分を受ける)。組の為にジキリ(所属する組のために、懲役に行くことなど、組織のために自らを犠牲にすること)をかけた場合でも、本件の検査過程で覚せい剤が出ると、組織による収監期間中の生活保障はなされない。

代紋外せば何でもあり

 しかし、暴力団を辞めた人が覚せい剤シノギにすることには、個人活動だから不都合はなく、彼らが未成年や婦女子覚せい剤を販売しても、組織からは咎めも受けない。泥棒や特殊詐欺も、暴力団では忌み嫌われる犯罪だ。しかし、これは実際に起こっている。

 余談になるが、刑務所における作業報奨金の額は前時代的な金額だから、出所後に健康で文化的な生活を送れるようなチャンスは僅かながらも存在しない(銀行預金などがある人は別)。

 そうであるならば、一番手っ取り早いシノギ覚せい剤シャブ)の密売であるということは、その世界で生きてきた人にとって常識のようなものである。シャブを右から左に流すだけで、一カ月もせずに100万円は稼ぐことができる。芸能人や官僚の薬物疑惑を列挙するまでもなく、現代の日本社会には、薬物のニーズは相当数存在するので、シャブを捌く市場には困らない。

 暴力団構成員数が過去最低――暴排の成果だと、素直に喜べない現状がある。暴力団構成員の減少は、チラシの増刷によるものではないかという疑念が生じる。チラシとは破門状や絶縁状など「処分状」の隠語であり、処分された本人にとって不利益なものである。「状が回った」となれば、その世界では食えなくなるシロモノだが、暴排条例施行以降は、少し趣が変わってきているようだ。

 一言でいうと、暴力団マフィア化の布石である可能性が否めない。いまの世の中は、暴力団の代紋は邪魔になる。名刺も切れないなら、代紋は組員の精神的支柱以外の意味を持たない。

 かつては暴力団ステイタスであった代紋のバッチも、義理事などイベントの場以外は、スーツの襟に付けることができない。イベントが終われば代紋バッチは組が回収する。本来は、各自が持ち帰り、神棚に飾った代紋バッチは、組事務所の金庫に眠ることになった。

 こうしたご時世にあって、代紋のご威光や精神的支柱では食えないから、形式上、組員に籍を抜いてもらい、経済活動に専念してもらう方が、組織としては安全で、かつ助かるのである。

 シノギは、フロント企業で合法的に稼いでもらうことが望ましいが、それができないなら薬物の密輸・密売、特殊詐欺などで稼ぐ。万一、警察に検挙されても、形式的に「破門」されていれば、お上も組織の上層部に使用者責任は問うことはできない。

 元暴アウトローは自ら組織の「掟」という鎖を外したが、暴排によりシノギが先細りした暴力団は、あえて組員の鎖を外し、「掟」の外に出向させているおそれがある。暴力団でカネが無いのは、首が無いのと同義であるから、追い詰められた組織は、知恵を絞ってシノギを考えなくては生き残れないのだ。

 読者の皆さんが身近な不安として実感されておられる脅威は、「オレオレ詐欺」に代表される特殊詐欺ではなかろうか。警察庁の捜査第二課・生活安全企画課の資料・平成30年度「確定値」を見てみよう。

「認知件数は平成22年以降、平成29年まで7年連続で増加したが、平成30年は16,496件(前年比-1,716件、-9.4%)と減少。また、被害額は363.9億円(前年比-30.8億円、-7.8%)と平成26年以降4年連続で減少。しかしながら、認知件数・被害額共に高水準で推移しており、依然として深刻な情勢」とある。

 暴排条例が施行された平成22年以降、右肩上がりの増加傾向にあった特殊詐欺――だれがその元締めなのか、その背景が気になるところだ。

振り込め詐欺被害者の約8割が60歳以上

 被害状況を下記の表で見てみよう。これは、内閣府が発表した「令和元年版高齢社会白書」に基づくデータである。振り込め詐欺被害者の約8割が60歳以上となっている。

 振り込め詐欺(オレオレ詐欺架空請求詐欺、融資保証金詐欺及び還付金等詐欺の総称)のうち、還付金等詐欺の平成30(2018)年の認知件数は、1,910件と前年から減少となった一方、オレオレ詐欺は9,134件と前年比で7.5%増加した。また、振り込め詐欺の被害総額は約349億円であった。

数字だけでは読めない安心・安全

 現在、我が国の刑法犯認知件数は戦後最低を記録した。それは、ザックリ見ると、少子化などの影響で青少年犯罪が減じたことや自転車等の窃盗犯罪が減ったこと等が主な要因である。しかし、一方で、再犯者率の増加や、高齢者など社会的弱者を狙った犯罪の認知件数が増えている点には注意が必要である。

 このような現状に危機感を募らせた筆者は、日本が誇る安心・安全な社会がターニング・ポイントに直面しており、暴排条例に代表される暴排強化という「劇薬の副作用」が対岸の火事ではないと考えた。こうした社会的な脅威が身近に存在している現状を、筆者がこの目でリアルに見てきたからにほかならない。

暴力団辞めて仕事が無いのは自己責任じゃん」とおっしゃるのは、ごもっとも。しかし、それは裏を返せば、半グレや元暴アウトローによる犯罪被害にあったとき「あなたが無関心だったからでしょ」と言われても仕方ないということになる(暴排の強化は半グレという脅威をも生み出したが、これは昨年12月4日『「半分グレている」どころでない、変容する「半グレ」』の記事で論じたから割愛する)。

(参考記事)「半分グレている」どころでない、変容する「半グレ」
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58443

更生支援は「新たな被害者を生まない」ため

 犯罪社会に生きてきた人たちや、罪を犯した人たちの更生を社会で支援する理由、それは、「新たな被害者を生まないため」である。彼らもなりたくて犯罪者になったわけではないと思う。平和に、楽しく、希望をもって生活したいという願いは誰しも同じであろう。しかし、彼らの多くは、生まれながらにして何らかの社会的ハンデがあり、真っ当に生きることができなかった人たちが圧倒的に多いという現実がある。

 暴力団加入者の生来的なハンデについては、拙著『ヤクザになる理由』で詳述している(新潮新書 2016年)。いずれにしても、暴力団をはじめとする非合法な社会の文化から立ち直ることは、社会全体で支援をしないと難しいというのが筆者の見解だ。

 筆者が取材現場で見てきた暴力団離脱者の多くは、正業に就き更生するまでの間、合法と非合法の社会をドリフトするようにして、徐々に社会復帰している。暴力団社会の文化とカタギ社会の文化とでは、基本的に様々な違いがあるため、カタギ転向する際、離脱者は文化的な葛藤を経験する。ゆえに、「今日から足を洗ってカタギになります」というような具合にはいかない。

 筆者が見る限り、社会復帰できている人は、家庭がある、地域社会に支えてくれる人が居る、あるいは、慣習的な社会に居場所などを持ちえた人であった。社会的に孤立した人、職場などのいじめに耐えられなかった人は、更生に至らず、再犯で逮捕されるか、元の組織に戻っている。

 社会復帰に失敗した暴力団離脱者の中には、偽造した身分証明書によるスマホの違法契約と販売、薬物販売、不法目的侵入した店舗から金庫を泥棒するなど、様々な悪事を重ねている人も居た。自分の彼女などと組んで悪事を働く人も多い。業界では「劇団イロハ」と呼んでいるが、取材していた筆者自身も、この連携プレーの被害に遭ったことがある。

カオスと化す裏社会

 2003年から暴力団研究に従事している筆者の見るところ、現在の裏社会は混沌としてきている。とりわけ、2010年に暴排条例が出来てからというもの、年々、暴力団、元暴アウトロー、半グレという各集団の境界線が分かりにくくなっている。その点を、暴力団に詳しいジャーナリスト、溝口敦氏と鈴木智彦氏が、裏社会の変化につき次のように示唆している。

ヤクザは暴力的にはともかく、経済的には半グレに押されている。半グレはもともとヤクザの親分-子分関係には従えないとするグループである。ヤクザに接近すると、ヤクザからたかられるだけと警戒する者たちだから、基本的に両者は別立ての犯罪集団である。だが、ヤクザの零細化につれ、ヤクザからさえも脱落する元組員たちを吸収する受け皿にもなる。少数だが、逆に半グレからヤクザに移籍する者もおり、一部で両者の混ざり合いが見られる」と(『教養としてのヤクザ』鈴木智彦=溝口敦 小学館新書)。

 彼らの指摘にあるように、まさに裏社会カオス時代の到来である。病理的に表現すると、ウイルス同士がくっつき、突然変異を始めたような塩梅である。暴力団半グレになり、暴力団離脱者は元暴アウトローになり、半グレ暴力団シノギを脅かす。一体全体、どうなっているのか詳しいことは誰にも分るまい。しかし、これは事実である。注意してその手の事件記事を見ていないと気が付かないが、確かに、暴力団暴力団離脱者(元暴)、半グレの犯罪――それぞれの境界線が不明瞭になってきている。

嵐の後に問われる日本の安心・安全社会

 新型コロナウイルスが猛威を振るっている。問題は、嵐の後である。経済政策如何によっては、多くの失業者、そして自殺者が出る可能性を否めない。なぜなら、現代社会の社会的なセーフティネットとなってきた夜の飲食業が大打撃を受けているからだ。

 暴力団とて例外ではあるまい。世の中が不景気になれば、ミカジメは徴収できず、ただでさえ先細りしたシノギがますます厳しくなるだろう。いま、未曽有の天災により、世界に誇る日本の安心・安全な社会が本物だったのか、鼎の軽重を問われる事態に直面している。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  就職率わずか3%、「元暴」の社会復帰阻む5年条項

[関連記事]

あなたの知らない「女子刑務所」という異界

続・あなたの知らない「女子刑務所」という異界

*写真はイメージです