両角敏明[元テレビプロデューサー

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話題のテレビドラマ『コタキ兄弟と四苦八苦』の最終回サブタイトルは「愛別離苦」。エンディングスターダストレビューの『ちょうどいい幸せ』が聴こえてきた時、知らぬ間に涙があふれました。あるご夫妻の哀しみを連想したからです。この曲は、いつもと同じようにくりかえされ「なんてない日々」の幸せを「ちょうどよい幸せ」と歌ったものです。

財務省近畿財務局に勤務する赤木俊夫さんと昌子(仮名)さんはとても仲の良いご夫婦でした。赤木氏は「ぼくの契約相手は国民です」が口ぐせの、几帳面で責任感の強い公務員。篆刻や落語、YMO、奥さまとの温泉めぐりなどを楽しむ笑顔の絶えない趣味人でもありました。出世にあくせくする事もなく、気の合う奥さまと「なんてことのない日々」を過ごしながら「ちょうどいい幸せ」につつまれて暮らしていたはずです。

2017年2月26日も、なんてことのない、いつもの日曜日でした。ご家族で近所の公園を散歩していた昼下がり、赤木氏に1本の電話がかかります。そして、ちょうどいい幸せは音を立てて崩れて行きます。

その9日前、2月17日、国会。野党の追求に興奮した安倍総理は言い放ちます。

「自分と妻が認可や国有地の払下げに関わりがあったら総理はもちろん国会議員も辞める」

赤木氏は近畿財務局職員であっても担当外、森友とは無関係でした。もうひとり、財務省で野党追及の矢面に立った佐川宣寿理財局長もまた森友問題とは無関係でした。着任したポストにより彼は安倍総理財務省を守る戦いを強いられ、野党の攻勢の前に劣勢は明らかでした。この時、総理秘書から佐川氏に一片のメモが渡された、と報じられています。

「もっと強気でいけ、PMより」

叱咤です、それも安倍総理から直接の。佐川氏は驚くべきことを言い切ります。

「近畿財務局と森友学園の交渉記録というのはございません」

 東大から財務省幹部というエリート街道をまっしぐらだった佐川氏が暗く深い陥穽に落ちた瞬間です。以降、佐川氏は取り憑かれたように強引な答弁をくり返しました。あのころ、答弁から自席へ戻る佐川氏の後ろ姿には苦渋と哀しさが滲んで見えました。しかし、興奮した総理が言い放った言葉を「事実」とするためには、交渉記録を表に出すことはできません。後の財務省内部報告書には、佐川氏が主導する形で公文書の改ざんが行われた、とあります。

[参考]安倍総理、図星を突かれた地団駄の響き?

考えてみれば、森友との交渉記録が明らかになって困るのは財務省ではありません。100兆円を扱う巨大官庁が8億円のミスをした案件なら、25万円を持ってる人が2円の損を出したというスケールです。公文書改ざんという大罪を犯すようなレベルの話ではなく、万引きを殺人で隠蔽するという話です。

さらに、幹部とは言え一局長に過ぎない佐川氏が、トップに無断でひとり勝手に大量の公文書改ざんをやったのなら即刻懲戒免職のはずです。上位の権限者たちが認め、組織の命として佐川氏に実行させたとしか考えようがありません。何のためか、誰が考えてもわかる話です。安倍総理を守るため以外に何がありますか?

森友問題とは昭恵夫人に端を発した安倍総理の問題です。佐川氏もまた興奮した総理が言い放ったひとことに人生を狂わされた犠牲者です。

2017年2月26日、なんてことのない日曜日、電話で呼び出された赤木氏が上司から命じられたのは公文書の改ざんでした。それがどれほど誇りと良心を傷つけたか、赤木氏は必死に反対し、涙を流して抵抗したものの・・・。

「抵抗したとはいえ関わった者としての責任をどうとるか、ずっと考えてきました。事実を、公的な場所でしっかりと説明することができません。今の健康状態と体力ではこの方法をとるしかありませんでした。」

1年後、こう書き残して赤木俊夫氏は自らの責任を購います。2018年3月7日のことです。その日から2年、三回忌を終えた赤木夫人は少し離れた場所から佐川宣寿元理財局長の家を見つめていました。亡夫の遺志をかなえるべく、国と佐川氏を訴える民事訴訟を明らかにする前日でした。この時夫人がふと漏らした言葉が伝えられています。

「幸せそうな街ですね・・・でも佐川さんはお幸せではないでしょうね。」

「ちょうどいい幸せ」という曲は、愛する人がとなりであくびをしているような、おだやかな日々を描いて終わります。それは赤木夫妻が理不尽にも奪い取られた日々です。長きにわたる数々の安倍総理の振るまいが、どれほど多くの人の「なにげない日々」と「ちょうどいい幸せ」を踏みにじってきたのか・・・。

安倍政権下ではその後も強引な嘘と隠蔽が続き、昭恵夫人は自分が種を撒いた森友問題などどこ吹く風でお調子者を続けています。このご夫婦が他人の「愛別離苦」の哀しみに思い至ることはないでしょう。

仏教の四苦八苦に「怨憎会苦」があります。憎しみや怨みを持つ者に会うことの苦しみです。赤木夫人は「愛別離苦」と「怨憎会苦」を胸に、人生を賭した戦いを始めました。なぜ気の合う夫との「なにげない日々」と「ちょうどいい幸せ」を失わなければならなかったのか、なぜ・・・。

彼女が求めているのはひたすらに「真実」です。