老若男女や貧富を問わず、われわれが生きていくのに必要不可欠な「水」。あまねく人々が平等に水資源を使えるように、つまり資本主義の暴走からこの大事な公共財を守るために私たちはいかにして意思決定し、動いていくべきなのだろうか?

先に配信した【前編】に引き続き、共著者として名を連ねた新書『未来への大分岐 資本主義の終わりか、人間の終焉か?』がロングセラーを記録している、新進気鋭の若き経済思想家・斎藤幸平氏と、3月に刊行した著書『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』が話題の、政策シンクタンクNGOの研究員である岸本聡子氏が、世界各国の<コモン>を守る社会運動を紹介しながら、サステナブルな社会をつくっていくビジョンと可能性について語り合った対談の【後編】を配信する。

斎藤幸平氏(写真左)と岸本聡子氏
斎藤幸平氏(写真左)と岸本聡子氏

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■地域政党まで生み出した水の運動

斎藤 私が岸本さんに聞きたかったのは、なぜ欧州ではこれほど社会運動が盛んなのかということです。岸本さんの『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(集英社新書)で紹介されている例で言うと、スペインバルセロナ市がすごい。水道の再公営化を求める市民運動から地域政党「バルセロナ・イン・コモン」が誕生し、市長を二期連続して擁立することに成功しています。この市民運動には若者もたくさん参加しています。

しかし、日本では、社会運動はなかなか盛り上がりません。この違いはどこからくると考えていますか。

岸本 バルセロナに関して言うと、スペイン1970年代までフランコによる独裁体制が敷かれていたので、「放っておいたら、また民主主義が失われてしまう」という恐怖心が若い人たちの間でも共有されています。これは韓国や香港にも当てはまることだと思います。それが日本との大きな違いです。

またEUの財政規律のせいで、金融危機・長期停滞に対応できない緊縮財政が続いています。その結果、若い人たちの失業率が40%に達したこともある。そのため、「国家もEUも自分たちを助けてくれない」、「自分たちが動かなければならない」と、社会運動への機運が高まったのです。

そんな中で、水道料金の高騰が重なった。そうなれば、立ち上がって抗議をするしかない。若者たちが草の根から新しい組織を立ち上げ、広場やストリートで誰でも参加できるような運動を始めたのです。さらに、電力や住宅問題に取り組む人々も、バルセロナでは運動を支え、水道再公営化をめざす地域政党誕生への道筋をひらきました。

斎藤 裏を返せば、立ち上がらなければ、どんどん資本主義に好き勝手にやられてしまうということですよね。

■市民の声を政策化するには

斎藤 もう一つ岸本さんに聞きたいのは、シンクタンクについてです。岸本さんはアムステルダムを本拠地とする政策シンクタンクNGO「トランスナショナル研究所」に属していますよね。欧米の社会運動ではシンクタンクが果たす役割が大きいと思います。

岸本 欧米にはスタッフが40人も50人も働いているようなシンクタンクがたくさんあります。他方、日本でシンクタンクと言うと、「なんとか総研」のような銀行系のシンクタンクばかりで、社会運動や労働者のためのシンクタンクは見当たりません。なぜ銀行系のシンクタンクしかないのか本当に不思議です。

もっとも、シンクタンクはなにか物を売って活動しているわけではないため、収入がありません。財源は個人や企業の寄付、政府からの資金提供です。率直に言って、政府の資金がなければ活動を続けることはできません。しかし、いまはどこの国も右派が政権を握っており、政府に批判的なシンクタンクは圧力をかけられています。

長期的には、国家に頼らない市民の手によるシンクタンクに育てていくことも大事だと思っています。

斎藤 私は去年アメリカのバーニー・サンダースによる「グリーン・ニューディール」についての分厚いマニフェストを読んで本当に衝撃を受けました。というのも、「グリーン・ニューディール」で一般的に言われる、再生可能エネルギーへの大型投資と雇用創出だけでなく、労働組合の重要性、アグロエコロジー(有機栽培や伝統的方法に基づく小規模の農業経営)への転換、電力会社の協同組合化、軍縮など、様々な分野の政策が詳細に記されていたからです。

当然ですが、このマニフェストは1人や2人で書けるものではありません。サンダースの後ろにはシンクタンクをはじめ多くの学者や専門家がついており、それをまとめ上げるチームが存在しているのだと思います。

日本ではしばしば「政府の政策を批判するなら対案を出せ」と言われますが、普通の市民は政府の政策が嫌だと思っても、専門家ではないから、詳細な対案まで出すことはできません。

しかし、対案を出さなければ反対してはならないとなると、社会運動は広がりません。こういうときにシンクタンクが具体的な政策を作って、サポートしてくれれば、市民も反対の声をあげやすいですし、運動も広がりやすくなると思うんですよね。

岸本 それはそのとおりですし、すでに市民の声を政策化するという流れも少しずつ始まっているんですよ。イギリス労働党は市民の声を政策化する枠組みを作り上げました。そのときに、媒介になるのが、私たちのようなシンクタンクの研究員です。私も労働党に、公共サービスの再公営化についてアドバイスをしていますが。

また、バルセロナ市も市民の声を議会にあげていくプラットフォームを構築しています。こうした点からも、<コモン>をみんなで管理するという理想が、すこしずつですが実現していると思うのです。

斎藤 そういう、専門家と市民の意見交換による相互作用・発展がでてくると、社会や科学のあり方も変わってくるでしょうね。

■トップダウンがますます危うい時代に

斎藤 日本では、水道再公営化にせよ気候変動対策にせよ、日本ではなにか政策を実現しようとするときに、カリスマ的リーダーがトップダウンで決めてくれることを期待する雰囲気があります。

こうした風潮は左派の中まで浸透しています。左派の「反緊縮」運動がその最たるものです。彼らは政治家がトップダウン型で決断を下し、財政出動してくれることを期待しています。つまり、社会運動や労働運動を盛り上げて政策を練り上げて、制度を変えていくという発想がないのです。私は『未来への大分岐』のなかで、これを「政治主義」と呼んで批判しました。

確かにリーダーにトップダウンで決めてもらったほうが楽ですし、効率がいいかもしれません。気候変動問題であれば、残された時間は限られているため、なおさらリーダーに一気に解決してもらいたいという誘惑が働くでしょう。

しかし、政治リーダーにすべてを任せてしまうと、民主主義が損なわれる恐れがあります。気候変動に対処したいという意図自体は良いものですが、それを一人の人間や一つのグループに任せてしまうのは危険なのです。

このことは現在の新型コロナウイルスへの対応についても言えることです。コロナに対処するという意図は良いですが、非常事態宣言を出して政治リーダーに権力を集中させるのは危険です。ナオミ・クライン(ジャーナリスト)が「ショック・ドクトリン」という言葉を使っていますが、コロナや気候変動といった危機で生じた混乱を利用して、平時にはできないような改革を実施するわけです。

クラインは、いいリーダーを選挙で選べば問題が解決するとは絶対に言わない。私たちに必要なのは、社会運動を回避することではなく、絶えず政治権力を監視し、資本の力に対峙することです。マイケル・ハート(哲学者)もこの点を強調していますが、左派のスタンダードになっている。

こうした、労働運動や社会運動をめぐる議論は、『水道、再び公営化!』とブレイディ・みかこさんの本を読み比べると力点が違って面白いと思います。

岸本 そのポイントも『未来への大分岐』で、すごく腑に落ちたところでした。

すごくベーシックな話になりますが、日本で水道再公営化を実現するには声を上げ続けるしかないと思います。イギリスの鉄道の一部再国有化を実現した「We Own It」という運動は、わずか3名で始めた運動です。運動を始めたときは、まさか鉄道が再国有化されるとは誰も思っていなかったと思います。ヨーロッパのように民主主義がある程度浸透している社会でも、つい100年前までは多くの国で女性の参政権は認められていませんでした。そうした中で、勇気ある人たちが声をあげ、社会を変えてきたのです。

斎藤 日本では社会運動を始めようと思っても、「自分に何かできるだろうか」、「どこから手をつければいいのか」という人も多いと思います。また、いきなり気候変動といっても、話が大きくて、なかなか自分の問題として捉えることは難しいかもしれません。これは私自身の悩みでもあります。

しかし、気候変動に警鐘を鳴らすグレタ・トゥーンベリさんも、最初はたった一人で気候変動に反対する「学校ストライキ」を始めました。それがいまでは世界中の人たちが参加する世界的ムーブメントになっています。手探り状態で、わずかな人数で始めた運動が、短期間のうちに大きな変化をもたらしたのです。

水道再公営化もまた、身近なところから始めた運動が、企業や政府、さらには世界を動かしていった事例です。諦めずに運動を続ければ必ず実現できます。私たちは決して諦めてはならない。岸本さんの本を読み、そのことを再確認させられました。

斎藤幸平(さいとう・こうへい)
1987年生まれの若き経済思想家。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。Karl Marx's Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economyで権威あるドイッチャー記念賞を史上最年少で受賞。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。

岸本聡子(きしもと・さとこ)
1974年東京都生まれ。シンクタンク研究員。アムステルダムを本拠地とする、政策シンクタンクNGO「トランスナショナル研究所」に二〇〇三年より所属。新自由主義市場原理主義に対抗する公共政策、水道政策のリサーチおよび世界中の市民運動と自治体をつなぐコーディネイトを行う。共著に『安易な民営化のつけはどこに』など。

『未来への大分岐 資本主義の終わりか、人間の終焉か?』
(集英社新書 本体980円+税)

『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』
(集英社新書 本体820円+税)

構成/中村友哉

斎藤幸平氏(写真左)と岸本聡子氏