隣家の花壇に植えられていた花1株(時価約200円相当)を盗んだとして、「窃盗」の罪に問われた60代の女性に、東京地方裁判所は2月下旬、「罰金40万円」の判決を言い渡した。

女性(以下、仮名「ヨウコさん」)は「身に覚えがない。私はやっていません」と怒り、裁判官から控訴の説明を受けると、「私しますよ。納得いきませんから」とその場で控訴の手続きを取った。

しかし、その様子を傍聴席から見ていた家族はため息をついた。

「防犯カメラの映像は私たちも確認しましたが、明らかに本人です」「もう家族だけでは限界です」。ヨウコさんの弟ヒトシさん(仮名・50代)とヨウコさんの次女アカリさん(仮名・30代)は記者にこう語った。

「無実」を主張するヨウコさんと憔悴しきっている家族。いったい、事件の背景に何があったのか。(編集部・吉田緑)

裁判を終えたヨウコさんは「医療保護入院」に

裁判を終えたヨウコさんは、笑顔で「私、戦うからね」と記者に語った。グレーの上下スウェット姿に白髪まじりの縮れた茶髪。明るく陽気な女性に見えた。

ヨウコさんは生活保護を受けていたが、起訴された後に打ち切られ、住居は「不定」となっていた。これから帰る家もなければ、お金もない。しかし、家族はヨウコさんと同居できない「事情」を抱えていた。

裁判所を出ると、ヨウコさんは弟のヒトシさん、娘のアカリさん、そして出所者や受刑者の支援をおこなうNPO「マザーハウス」理事長の五十嵐弘志さんとスタッフと一緒に、車で区役所に向かい、生活保護費の申請を終えた。

その後は「健康チェック」のために病院に向かったヨウコさん。主治医からは「統合失調症」と診断され、「6カ月の入院が必要」といわれた。こうして、ヨウコさんは家族らの同意で入院する「医療保護入院」となった。

アカリさんによると、時期は定かではないものの、過去にもヨウコさんは「統合失調症」と診断されたことがあるという。しかし、裁判ではヨウコさんの病気について触れられることはなかった。

かつては「明るく、おもしろく、大らかな人」

「もう手に負えない状態で…こうするしかありませんでした」と肩を落としたヒトシさん。ヒトシさんによると、ヨウコさんは「明るく、おもしろく、大らかな人」だったが、約15年前から「別人」のようになってしまったという。

いったい、何があったのか。アカリさんは、ヨウコさんのこれまでについて語ってくれた。

<「うつ状態で寝たきり」に>

ヨウコさんは裕福な家庭に育ち、成績は優秀。絵や歌も得意だった。薬剤師の資格を取り、医師と結婚。アカリさんを含めて4人の子ども恵まれた。

しかし、アカリさんが幼いころ、ヨウコさんは「うつ状態で寝たきり」だったという。そのため、アカリさんは父親とお手伝いさんに育てられた。

ヨウコさんは「死にたい」と口にすることもあり、「私は病気だから(起きられない)」と話していたという。病院にも通院していたようだ。

<回復し、4人の子どもたちを支える「明るい母」に>

アカリさんが高校生になるころ、ヨウコさんは回復していた。元気に料理を作ったり、子どもたちの送迎をしたりできるようになった。4人の子どもの母親として、地域のイベントで育児について講演したこともある。

当時、アカリさんは摂食障害になり、学校に行けない状態だった。そんなアカリさんを「よき理解者」として、心身ともに支えてくれたのはヨウコさんだった。「母には本当に救われた」とアカリさんは当時を振り返る。

ヨウコさんは度々、「人様に迷惑をかけてはいけないよ」と子どもに伝えていた。「万引きは絶対にいけない」とも繰り返し言い聞かせていた。

徐々に「別人」に…「夫への腹いせ」と万引きを繰り返す

うつ状態から回復し、約7年間はヨウコさんの心身の調子はよく、妻として、母としてそれまでの時間を取り戻すように家族のために時間を費やした。しかし、徐々に「別人」になっていった。それが約15年前、ヨウコさんが40代後半の時だ。

ヨウコさんはデパートで大量の高級化粧品を買うなど金遣いが荒くなった。掃除ができずに家をごみ屋敷にしたり、枯れた花を部屋中に飾ったり、使用済みの歯間ブラシを捨てずに取っておいたりするなど、理解に苦しむ行動が多々みられるようになった。家族が歯間ブラシを捨てようとすると、激しく怒りをぶつけた。

「今思えば、おかしかったなとは思います。でも、当時は父をはじめ、だれも病気を疑いませんでした。今まで母は家族に尽くしてきたので、これまで溜めてきたものが爆発してしまったのかなと家族で話していました」(アカリさん)

夫とも喧嘩が絶えなくなり、夫婦は離婚。別居となり、ヨウコさんは一人暮らしを始めた。

アカリさんと姉はすでに自立していたが、当時高校生だったアカリさんの弟2人は塾帰りに1年ほどヨウコさんの家を訪れていた。しかし、あるときから料理上手だったヨウコさんの料理の味が変わり、部屋もみるみる汚くなっていった。弟2人は徐々にヨウコさんの家に行かなくなったという。

ヨウコさんは財産分与で得た1000万円を1年で使いはたし、300万円もの借金を抱えた。また、「別れた夫への腹いせだ」とわざと万引きしては、店や警察に別れた夫を呼び出すなどの行為を繰り返した。

家を毎回「ごみ屋敷」に…母親に金銭をせがむ日々

<どこに住んでも家は「ごみ屋敷」に…大家「出ていってほしい」>

離婚後、ヨウコさんは薬剤師として働いたが、長続きはせず、生活保護を受けるようになった。

ところが、どこに住んでも家を「ごみ屋敷」にした。大家からは「出ていってほしい」と言われ、引越しを4回も繰り返した。

トイレをつまらせたり、畳を汚したりし、退去費用に100万円かかったこともある。費用は毎回、ヨウコさんの母親をはじめとする家族が支払っていた。

<ヨウコさんとの同居生活でこころが病んだ家族>

3年前の2017年、弟であるヒトシさんはヨウコさんとの同居を決意。しかし、同居生活は1年で幕を閉じた。

ヨウコさんは勝手に家から多額のお金を持ち出したり、近所の畑から果物を取ったりした。日常生活に使うものは「高級品」にこだわるなど金遣いも荒く、借金はみるみる膨れ上がり、その度に母親に金銭をせがんだ。母親が病に倒れたときも病室で「金を出せ」と騒いだ。

母親の介護に追われていたヒトシさんもこころを病み、ヨウコさんと衝突するようになった。ヒトシさんはアカリさんなどの家族に「いつか警察沙汰になるかも」と話していたという。

結果的に、ヨウコさんはヒトシさんの家を飛び出し、東京都内に出た。連絡を受けたアカリさんが駆けつけると、ヨウコさんは都心にある高級ホテルに宿泊し、高級スーパーで買った果物を食べていた。

トラブル絶えず、ついに警察に通報される

その後、ヨウコさんは東京都内で生活保護を受け、一人暮らしを始めた。しかし、近所のスーパー万引きを繰り返したり、近隣住民と揉めたりするなどトラブルは絶えなかった。

ヨウコさんに対する苦情の電話がアカリさんをはじめとする家族にかかってくることもあった。家族はその度に対応に追われ、家がごみ屋敷にならないように定期的に掃除に訪れた。子どもたちは4人で役割を決め、分担して対応に当たっていた。アカリさんは「お母さんがいなくなれば幸せになれるのでは」と悩んだこともあったという。

これまで、家族はヨウコさんに何度も病院に行くように説得していた。しかし、ヨウコさんは「行かない。病院の方から来ればいい」と頑なに拒否。病院の話をすれば「病気ではない」と激しく怒り、手に負えなくなることも少なくなかった。

限界を感じた家族はヨウコさんが住む自治体に相談。しかし、「診断書がないとこちらもどうしようもできない」と言われたという。病院に連れて行くことができないと説明したときは、「家族でなんとかしてください」と言われたこともあった。

「誰に相談すればいいのか分からない。相談しても相手にされなかったり、家族も『おかしな人』だと思われたりするのではないか」。このような恐怖から、家族は自分たちだけで問題を抱え込んでいった。

そして、ヨウコさんが何度も花壇の花を盗むことから、隣人が通報。今回の事件に至った。警察から連絡を受けたとき、家族全員が「ついにそのときが来てしまった」と思ったという。

家族の苦悩「誰にも相談できなかった」

ヨウコさんが逮捕された後、アカリさんは被害者の家に出向き、謝罪した。不起訴になる可能性もあったが、ヨウコさんは「私はやっていない」の一点ばり。最終的に起訴された。「担当の検事さんも悩んでいたようです」とアカリさんは話す。

留置場には4回ほど家族で面会に訪れた。その際にヨウコさんは「ここは居心地がいい」と口にした。その言葉を聞いた家族は、裁判のことよりも「(ヨウコさんが社会に)出てきたらどうしよう。またやるのでは」という不安に駆られるようになった。

助けてほしい」。その一心で、アカリさんは出所者の支援をおこなうNPO「マザーハウス」に連絡した。

「行政に相談したときにもっと助けてほしかったというのが正直な思いです。これまでは誰にも相談できず、本当に苦しかった。やっと話をすることができました」(アカリさん)

「家族も『被害者』」支援の必要性

「再犯を防ぐことは、被害者を生まないことにもつながる」と強調する五十嵐さん。再犯防止のためにできることは、刑事施設や更生保護施設などでの処遇にかぎられない。

ヨウコさんのように、中には福祉や医療の支援が必要な人もいる。その場合、刑事司法手続きの早い段階あるいは刑務所などの出所後に必要な支援につなぐことで、再犯を防ぐことができる場合もある。

また、刑事事件となってしまう前に、自治体などが住居や仕事をみつけるための支援をおこなったり、必要な医療・福祉につないだりするなどの社会的なサポートをおこなうことで、犯罪を未然に防ぐことも期待できるだろう。

「家族がなんとかすればよいではないか」という意見もあるかもしれない。しかし、五十嵐さんは「なんでもかんでも家族がやればいいという風潮には疑問があります。家族も疲弊しています。行政や民間団体がもっとサポートしていくべきではないでしょうか。家族も一種の『被害者』です」

ヨウコさんのケースのように、なんとかしようと追い詰められた末に、家族が問題を背負いこんでしまうこともある。家族がSOSを出しやすい環境づくりも必要だ。

統合失調症の女性、1株の花を盗んで有罪に…「もう限界」届かなかった家族のSOS