(黒木 亮:作家)

JBpressですべての写真や図表を見る

 英国のボリス・ジョンソン首相とチャールズ皇太子が、それぞれ3月27日と25日に新型コロナウイルスの陽性反応が出たと発表し、自宅と別荘で自主隔離中だ。

 ジョンソン首相のほうは、症状がある場合は1週間の自主隔離という英国のガイドラインに従った上で、4月4日に公務に復帰する予定だったが、まだ熱がひかないため、引き続き自宅で自主隔離を継続している。

「マスクする習慣ない」以外の理由

 71歳のチャールズ皇太子のほうはスコットランドのアバディーンシャー州バークホール(Birkhall)の別荘でカミラ夫人とともに自主隔離中で、4月3日にNHS(国民保健サービス)傘下のロンドンナイチンゲール病院(ロンドン五輪の競技施設だったイベント会場を9日間で500床の新型コロナ専用病院に改造したもの)の開院式にはインターネット中継で臨席し、「自分は新型コロナウイルスに感染したが、比較的軽症で幸運だった。首相もまた回復しており喜ばしい。しかしそうではない重症の人々もおり、彼らが必要な看護を受けられるこの病院ができたことで安堵した」と述べた。

 英国と中国の経済活動は活発化しており(2018年時点で中国は英国にとって6位の輸出先、4位の輸入先)、ビジネスマンの往来が増え、中国人留学生の数は急増中だ(ロンドンの安くて美味い日本料理店は中国人留学生の学生食堂と化している)。

 しかし、英国以上に中国との往来が活発な日本で、まだ政治家や皇族が新型コロナウイルスに感染したという話は聞かない。なぜ英国では首相と皇太子が揃って感染したのだろうか?

 要因の一つに、マスクを着ける習慣がない(マスクをしていると変人視される)ことが挙げられる。しかし、さらにそれ以外の理由を考えると、日英の政治、社会、皇室のあり方の違いが見えてきて興味深い。

一般国民とも政治家とも近い物理的距離

 英国のタブロイド紙「デイリーメール」の電子版は、3月に入ってからのジョンソン首相の主な行動を報じている。

 それによると、3月1日ロンドン北部のコリンデールにある国営の感染症研究所を視察し、職員たちと会話、5日に首相官邸に各界で活躍中の女性たちや50人の小中高女子生徒(写真で見ると合計で100人以上)を招き、女子の学校教育のためのパネル・ディスカッションなどを主催、6日、べッドフォードシャー州の臨床検査技術開発の会社を視察し、NHSが新型コロナに関する必要な支援を得られるようにすると発言、8日、ウスターシャー州の洪水対策施設を視察、9日、ロンドンウェストミンスター寺院で英連邦の礼拝(約2000人が参加)に婚約者と出席し、ルカによる福音書第10章29節から37節を朗読、17日、首相官邸で新型コロナに関して財務大臣、主任科学官とともに会見、18日、庶民院(下院)の議事に出席、19日、首相官邸で主任医務官、主任科学顧問とともに会見、20日、首相官邸で財務大臣、副主任医務官とともに会見、21日、閣議室で新型コロナウイルスの最新状況に関して会見、22日、首相官邸でメディア向け会見、23日夜、英国全土のロックダウン(封鎖)を発表、24日、テレビ会議で閣議(ただし同じ部屋に職員らがいる)、25日、庶民院での討議に出席、26日、首相官邸玄関前で2mの距離をとって財務大臣とともにNHS職員に向けて激励と感謝の拍手(英国ではこれ以降毎週木曜午後8時に人々が家の外に出てNHS職員に感謝の拍手をするようになった)、27日、新型コロナ陽性反応を発表。

(参考動画)イギリス全土が医療や介護のスタッフに感謝 一斉に拍手
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59926

 画像や動画を見ると、ほぼすべての関係者と2m以内の濃厚接触で、インタビューでは例によって唾を吐き散らすような激しい勢いで話している。また首相を含め、マスクをしている人間は1人もいない。これでうつらなければ不思議である。

(参考:3月のジョンソン首相の行動を追った「デイリー・メール」電子版の記事
https://www.dailymail.co.uk/news/article-8159865/Coronavirus-Boris-Johnson-close-contact-past-ten-days.html

 なお9日の英連邦の礼拝にはエリザベス女王チャールズ皇太子ら王族も出席していたので、(この機会だと断定はできないが)首相と皇太子はどちらかがうつした可能性がある。首相の陽性反応直後に、マットハンコック保健相も感染が判明しているので、こちらはほぼ間違いなくどちらかがうつしたのだろう(2人は新型コロナ対策でしょっちゅう話し合っていた)。妊娠中の首相の婚約者も新型コロナの症状を発症し、現在、回復途上である。

(参考:9日の礼拝の様子を伝えるウェストミンスター寺院HPの記事
https://www.westminster-abbey.org/abbey-news/commonwealth-service-2020

 日本の国会議員が高い壇や宣伝カーの上から有権者に話し、記者会見ごまかしたり、はぐらかしたりして追及から逃れるのとは対照的に、英国の政治家は至近距離(濃厚接触)のフェイス・トゥ・フェイスで相手の目を見ながら論理的に有権者やメディアを説得できないと政治家失格になる。その背景に、論理性とフェアネス(公正さ)を重視し、不正に厳しい英国社会がある。そしてそれを中立公正なメディアが担保している。

 メディアの強さに関して例を一つ挙げると、2003年イラク戦争に関し、国営放送であるBBCが、45分以内に配備できる大量破壊兵器イラクが保持しているという確かな情報を政府が持たないまま、イラク攻撃に踏み切ったとすっぱ抜き、政府と大激論になった。政府側はBBCの報道が誤っていると躍起になって攻撃したが、BBCは一歩も退かなかった。また「タイムズ」や「ガーディアン」などの全国紙も、この事件を連日大きく報道した。日本の大手メディアが、記者クラブを通じて政治権力に対する牙を抜かれているのとは対照的だ。

大衆との討議もフェイス・トゥ・フェイスで

 英国の政治家フェイス・トゥ・フェイスの対話を重視するのは、英国の選挙制度にも関係している。英国の国会議員選挙は小選挙区制で、選挙費用は候補者一人あたりイングランドで2万ポンド(約266万円)、スコットランドなどそれ以外の地域では1万ポンドが上限である。立候補の供託金は500ポンド(約6万7000円)に過ぎない。所得の多寡にかかわらず、有能な人物が政治家になれるようにとの配慮からだ。

 選挙活動は、その金額の範囲内でチラシを作り、電話をしたり、個別訪問をしたりという、ごく質素なものである。

 以前、国防相を務め、将来の党首候補と言われていた保守党の大物政治家マイケル・ポーティロの選挙活動をテレビで観たことがあるが、肩からタスキをかけ、手にチラシを持って「マイケル・ポーティロです。よろしくお願いします」と、有権者に握手を求めながら住宅街を独りぼっちで歩いていた。時おりお婆さんなんかに、「ふん、あんたとなんか握手しないわよ」と冷たくあしらわれていた。それを見て、これが民主主義の本当の姿なんだろうなあと感心した。英国の政治家が有権者と同じ目線に立ち、フェイス・トゥ・フェイスで話す習慣はこういうところからも来ている。

 政治家と大衆の討論も積極的に行われている。

 以前、トニー・ブレア首相(労働党)がテレビで10人くらいの一般人と討論する番組を観たことがあるが、参加者の一人から「英国が核兵器を持っているのは、核廃絶の流れに反しているじゃないか」ともっともな指摘をされた首相が「いや、我々は戦争目的では核を使用しないのです」と、若干苦しい言い訳を必死の形相でしていた(おそらく唾を飛ばしながら)。それを見て、首相が一介の一般人の質問に対して、これだけ必死になって説明するんだなあと感心したものである。

 3月5日の女子の学校教育のための集会でも、4人の女子学生がジョンソン首相に「学校教育における男女の平等を推し進めるため、政府は何をしているのか?」「あなたは男女の賃金格差についてどう考えているか? どのような取り組みがなされるべきだと思うか?」といった厳しい質問を投げかけ、首相は各界の著名女性たちが見守る中、女子学生たちに真剣に答えていた。

英国内だけで年間に地球5分の3周分を移動する皇太子

 チャールズ皇太子の場合も、日本の皇族とは生活パターンが大きく異なっており、日常接触する人の数、すなわち新型コロナの感染リスクも日本の皇族の比ではない。

 日本の皇族の生活費などは宮内庁の予算として国庫から支出されており、2019年度の予算は、天皇・皇后両陛下や皇族の生活費である「皇室費」が約117億円、宮内庁の人件費や諸経費などの「宮内庁費」が約123億円の合計約240億円だった。

 これに対してチャールズ皇太子は、英国南西部などに「コーンウォール公爵領」を所有し、それを商業ベースで運営し、その収入で生活している(国の公務のための旅費や公邸の維持管理費は国庫から支出されている)。公爵領の総面積は52760ヘクタールで、東京23区の85%ほどの広さである。皇太子は公爵領の活動に関する年次報告書を毎年公開しており、それによると2018年度(2019年3月期)の総収入は約3650万ポンド(約48億6000万円)で、利益は約2169万ポンドだった。収入の内訳は農林業収入、商業、不動産収入、投資収益からなる。

「Duchy Originals(公爵領オリジナル)」というブランド名でクッキービールスープといったオーガニック食品を製造し、大手スーパーウェイトローズを通じて販売したり、カフェや売店を併設した種苗場を経営したりもしている。職員数は108人で、内訳は管理部門65人、作業員13人、種苗場職員23人、ハウスキーパー7人である。

 皇太子は公爵領の運営や余資の投資活動にも積極的に関与し、職員たちと頻繁に会議を開いている。昨年10月に即位の礼のために来日した際は、公爵領のオーガニック紅茶のブランド「ハイグローブ」の店舗がある三越本店に足を運び、宣伝に努めた。

 公爵領の活動以外にも、皇太子は王族としての公務を積極的に行なっている。英国の王族は、英国製品やサービスの外国への売り込みや慈善事業を積極的に行うことを国民から期待されているからだ。

 2018年度の報告書には、チャールズ皇太子はこの年、英国内だけで15174マイル(地球5分の3周分)を移動し、473の公式行事に出席し、490以上の慈善事業をパトロンないしは長として支援したと年次報告書に書かれている。

(参考:コーンウォール公爵領の年次報告書
https://duchyofcornwall.org/assets/pdf/DuchyOfCornwallIAR2019.pdf

 別の年の報告書には、年間500以上の公式行事に参加し、100を超える食事会やセミナーを主催し、11000人の客をもてなし、2500通の手紙を書き、350の慈善団体を支援して、7000万ポンド(約93億円)の募金を集めたと書かれている。要は人に会うのが商売みたいな人で、多国籍企業のCEO(最高経営責任者)も顔負けの大車輪の活動ぶりなのである。これだけ多方面で人に接していれば、新型コロナの感染リスクも当然高まるはずである。同時に彼が感染源になって、多くに人々にうつしてしまった可能性も否定できない。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  感染のピークはこれから、緊迫するニューヨークの今

[関連記事]

イタリアコロナ危機の背景に「中国人歴史的大移動」

中台関係をも揺るがす米海軍艦艇の「コロナ蔓延」

3月6日、自らの公爵領があるコーンウォールにて学校を訪問した際のチャールズ皇太子。この19日後、新型コロナウイルスの陽性反応が出たことが発表された(写真:REX/アフロ)