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 アルゼンチンの伝奇作家ホルヘ・ルイス・ボルヘス。彼が自分の迷宮世界と結びつけたその人生は、ある種、図書館員のような人生だ。そこに並べられた小説は、彼が自分の文章を通して織り込んだ隠れた学術的参考文献ともいえる。

 ボルヘスは、こうした文献的傾向をノンフィクション『幻獣辞典』に気まぐれに持ち込んだ。この本は、世界中に伝わる昔の民話や神話、悪魔学の話から、異質なクリーチャーたちを一挙にまとめたものだ。

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古代に登場したキマイラ(怪物)の魅力

 これら昔話がどのようにしてただの想像の域から、遥か遠方へと発展していったのかについて、ときにボルヘス自身が述べることもあった。

 例えば、ギリシャ神話キマイラ(怪物)を作り出した"突拍子もない想像力"は、滑稽な姿の生き物が人々の間に浸透し始めた証拠で、突拍子もないその姿が、現代のわたしたちが事典の中で見るキマイラの定義になっていると。

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 ボルヘスユダヤの悪魔たちと呼ぶ、詳しく説明するにはあまりにも数が多すぎるカテゴリーについて、それを調べるのはとてつもない労力だが、何世紀にもわたって、エジプト、バビロニア、ペルシャが、ただでさえ独創的な中東世界をさらに豊かにした、と書いている。

 天使論より一般的ではない分野だが、このなんとも魅惑的な多彩なイラストの影響は、時と共にさらに広まっていった。

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土着の怪物が自由に混ざり合って魔界の世界を広げる

 『タルムード』(ユダヤ立法の集大成)に記録された土着の怪物たちは、まもなく、ヨーロッパのキリスト教社会やイスラム世界の多くの悪魔たちと完全に合体し、少なくとも3つの大陸から出てきた怪物たちが、錬金術、占星術、オカルト世界とさらに自由に混ざり合って、13世紀から現代に至るまでの広範な魔界を形作ることになった。

 例えば、20世紀初頭の1902年、イラン中部の都市イスファハンの予言についてのイラストは、古代のこうした流れをくんで描かれたもので、1921年に新たに加えられた一連の水彩画だが、中世初期のものと間違われやすいものだった。

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 アートや文学、思想の歴史のためのサイトPublic Domain Reviewにはこうある。

これらのすばらしい絵は、バビロニアのタルムードのラビが主張しているように、1000年前にさかのぼる昔から今日まで続く、近東の悪魔学伝統に基づいて描かれている。

悪魔を崇める場面がないのは、"目が見ることを許されているのなら、どんな生き物も悪魔の前に面と向かって立つことはできない"からだ

 物語の作者や予言者の知識は、悪魔や精霊を支配する力をもつ聖書のソロモンのおかげだと、ペンシルベニア大学宗教学の博士号候補アリ・カルジョー=ラヴァリーは書いている。

 イスラム以前の近東の悪魔の描写は、頻繁に魔術的、護符的な目的のために利用された。こうしたイラストが描かれた当時に、アレイスター・クロウリーのようなオカルティストがやっていたようなことだ。

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イランの写本に描かれた怪物たち

 写本に描かれている56のイラストすべてが、悪魔的な怪物を表わしているわけではないという。角があり、フォーク状に分かれた舌をもつ生き物の中のほかに、大天使ガブリエルミカエル、十二宮に関連する獅子や子羊、蟹、魚、蠍などの生き物も見られる。

 しかし、大部分はやはり悪魔がメインといっていい。ボルヘスは、風変わりな生き物たちをなにから産み出したのだろうか? 彼が視力を失う前にこのイランのこのイラストを見ていたのなら、間違いなく大喜びしたことだろう。

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 カギヅメ、4本の角、突き出した赤い舌をもち、縞模様の腰巻をつけた青い男は不気味だし、口髭、ジャガイモのような鼻、ブチ模様のある皮膚をしたヤギ男は、どうにも食えないごった煮のようだ。

繰り返し出てくる不穏なテーマは、ベッドで眠る者のところに現れる悪魔。寝ている者の歯を引っこ抜いたり、目をえぐり出したり、サメの歯がついた尾をもつ、爬虫類と猫をかけ合わせたような姿の悪魔が、足を舐めているシーンもある。

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 こうしたイラストには、オランダの画家ヒエロニムス・ボスを思わせる遊びの要素がある。彼はこうした奇怪な創造物に相当真剣に取り組んでいたようだ。

 大昔のイラストレーターも、同じだったのかもしれない。健康や金、家など物質的な物に執着する人間どもの苦しみの産物としてのイラストについて、こんな疑問がわくかもしれない。

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 ぬくぬくと布団にくるまって寝ている人間の目をえぐりとったり、足を舐めたりする悪魔を想像したとき、このアーティストはどんな具体的な心配ごとに悩まされていたのだろうかと?

 Public Domain Reviewでは、こうした奇妙なイラストをもっとたくさん見ることができる。

References:openculture/ written by konohazuku / edited by parumo

全文をカラパイアで読む:
http://karapaia.com/archives/52289610.html
 

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