(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

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 米国のコロナウイルス感染はなお燎原の火のごとく燃え広がっている。トランプ政権は各州や民間の力を得て、強制措置をも含めて官民一体の対策を進めている。だが、そんな米国の状況を踏まえて日本をみると、米国で起きたような爆発的な感染拡大を懸念せざるを得ない不吉な感じに襲われる。

 その理由を簡単にいえば、日本では同ウイルス感染の検査がきわめて少ないことに加え、感染予防のための人間同士の接触を厳格に抑えていないことである。

 東京で感染者が急増している様子は、とくにその懸念を深刻にさせる。現実の感染者は実はケタ違いに多いのに、検査が少ないからわからないだけなのではないか。

 そんな心配を覚えているとき、日本のベテラン産業医が非公式に書いた新型コロナウイルスについての感染の仕組、その防御策の指針を受け取り、読む機会があった。この指針は、日本社会の現在の実態を踏まえながら、新型コロナウイルスに感染しない、感染を広げないための行動規範を日本の一般社会人の立場に立って、懇切かつ論理立てて記していた。その内容は、きわめてわかりやすく、具体性と論理性があり、説得力にあふれていた。

 この指針を書いたのは、日鉄日新製鋼の診療所長など主要企業での産業医を長年、務めてきたさいたま市立病院 名誉院長、慶應義塾大学医学部客員教授(外科学)の遠藤昌夫医師である。今回のウイルス禍では、とくに首都圏の主要企業で働く人たちの悩みに対応し、診察もおこなってきた。

 私はこの3カ月ほど、まずは東京で、そしてワシントンで、中国発のこの邪悪なウイルスが広がる様子を詳細に追い、両政府の対策をみてきた。その過程で、同ウイルスの特徴や感染の防止について、文字どおり山のような解説や指針を見聞きしてきた。だが今回読んだ指針ほど簡明で説得力に富むガイダンスは記憶にない。日本でいよいよ「緊急事態宣言」を迎えたこの新局面で、できるだけ多くの人に読んでもらいたいと素直に感じた。そこで、以下ではその指針の要旨を紹介したい。

高性能な「N95マスク」は必要ない

 まずは「コロナウイルス感染の仕組み」についてである。

(1)ウイルスの表面から突き出している「突起」が鍵となって、ヒト細胞表面の鍵穴とマッチすると、ヒト細胞内に入り込みます。鍵と鍵穴がマッチしなければ感染は起きません。

(2)ウイルス自体は脆弱な存在であり、単独では数日しか生きられません。そのため、生きているヒトから生きているヒトへと渡り歩かないかぎり、存在し続けることはできません。

(3)ウイルスのコロナ(王冠)状の突起物は蛋白質でアルコールや次亜塩素酸、洗剤などにより容易に変性します。変性すると感染力を失います。

(4)はしかや風疹、結核のように空気感染は起きません。そのため、空気感染防御のための(微粒子を95%以上捕集できる)「N95マスク」などは必要ありません。

(5)ウイルスは咳やくしゃみなどにより発生した患者の鼻咽頭分泌物、気管分泌物のミスト(霧状物)に乗って飛散して、それを吸い込んだヒトに入り込みます。ミストを防ぐには通常のマスクで十分です。

(6)感染はまた、ミストが付着したヒトの手指を介して、目、鼻、口などの粘膜から入り込みます。

(7)感染ルートは上記の2経路だけです。未感染者が徹底してこの2経路を遮断すれば、難しい対策をとらなくても、2週間で感染の蔓延は終焉するはずです。

 以上のようなコロナウイルス自体の弱さと感染経路を知ると、人と人との接近や接触の自粛こそが最大の防疫対策であることがすぐわかる。ウイルスは人間の細胞の内部に存在しない限り、数日でみな死に絶えるのだ。

 同時に、空気感染はなく、感染者の分泌物を他の人が吸い込む、あるいは手などを経由して粘膜に入る、という2種類の感染ルートしかないという。だから米国でいうソーシャル・ディスタンシングSocial distancing:他人とは常に1.8メートルほどの間隔を保つこと)の効用があるわけである。日本ではこの人間同士の距離保持がまったく守られていないようだから、感染が拡大し続けても不思議はないことになる。

手には常にウイルスが付いていると思え

 遠藤医師はさらに一人ひとりがするべきこと、避けるべきこととして以下の項目を挙げていた。産業医の助言らしく、主対象は企業に勤める人たちとする内容である。

(1)家を出るときから帰宅までマスクを装着する。マスクをつけて、さらに眼鏡をかけていれば、無意識に手が顔に触れるのを防止することができます。

(2)自宅から会社までの移動では、不特定多数が触れる部位(自動販売機、電車のつり革・つかまり棒、エスカレーターのベルトなど)には必ずウイルスがいるとみなし、頻繁に手を洗うか消毒する。

(3)コンビニなどで売っている使い捨ての手袋を着用して外出するのも一案です。手袋をしていればどこに触っても大丈夫ですが、念のため手袋の上から洗浄・スプレーをすることを勧めます(ただし、手袋を外す時に外側に触らないように!)。

(4)仕事場に入ったら手を洗うか、消毒する。仕事場のドアノブにもウイルスがいる。自分の仕事用デスクと椅子を除菌液ペーパータオルで清拭する。

(5)トイレでは、用を足す前と部屋を出て扉を閉めた後に、手指の消毒を実施する(トイレのドアノブにもウイルス!)。

(6)ヒトと会う時、対面して話すときにはマスク、相手にもマスク装着をお願いする。握手、ハグはしない。名刺交換をしたら手指を洗浄するか消毒する。会食の時には、料理を取り分けたり、共通のトングを利用しない。お互いのスマホをのぞいたり、相手のスマホには触らない。相手にも触らせない。

(7)買い物の際には、カート買い物カゴ、陳列してあるどの商品もすでに不特定多数のヒトが触っているので、買い物が終わったら手指を洗浄するか消毒する。自分の手には常にウイルスが付着していると思って、手洗い所や消毒液スプレーを見かけたらこまめに手洗いスプレーをする。

(8)帰宅後はまず、洗顔と手洗いをする。洋服を着替えたら再び手洗い。出入り口のドアノブを清拭する。念のために家の中でもトイレの後と、食事前には手を洗う。

 上記の対策をすれば95%の確率で感染を防げるはずです。頑張って下さい。

*  *  *

 以上が遠藤医師の助言だった。そんなことはとっくに知っている、わかっている、実行していると、いう反応もあるだろう。だがこの緊急時、念には念を入れて、という意味で読んでいただければ幸いである。私自身にとっては、ああ、そうなのかと気づかされた点が少なくなかったことを強調したい。

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