朝の通勤時間帯、人身事故や事故渋滞など思わぬ災難は避けようがありません。とはいえ、働く人にとっては遅刻はなんとかして避けたいもの。社会人としてのマナーでもあり、人によっては終業時間がずれ込むからです。

遅延が起こるたび、ネット上には「人身事故で遅刻確定→残業確定」「1時間運転見合わせで電車が来ない…遅刻、残業確定じゃねぇか。どうしてくれる」などの声が上がっています。一方で、自分では防ぎようのない事故である以上、遅れた分の残業をすることについて疑問を抱いている人もいます。

弁護士ドットコムにも車通勤をしている人から、「事故渋滞による遅刻をした場合、遅れた分の残業を強要するのは正しいことなのでしょうか」という相談が寄せられています。就業規則には、残業に関する記載はないそうです。

このような場合、残業手当は発生するのでしょうか。また、残業の強要は認められるのでしょうか。徳田隆裕弁護士に聞きました。

●残業代はどうなる?

ーー遅刻により、本来の終業時刻を過ぎて仕事をする場合、それは「残業」になるのでしょうか。また残業代(残業手当)は発生するのでしょうか。

「1日8時間を超えて残業した場合、労働者は、会社に対して時間単価の125%の残業代を請求できます。

たとえば、相談者の会社が、所定労働時間(労働契約で定められた労働時間)9時から17時、休憩が1時間の会社だったとします。

始業の9時から18時を超えて働いた場合(1時間休憩)、18時を超えて働くと残業代を請求できます。

遅刻のため、10時に出社したとしても18時に退社していれば(1時間休憩)、所定労働時間の7時間以内のため、残業代を請求できません」

●残業を命令するためには?

ーー人身事故や事故渋滞の影響で遅刻をしてしまった場合、遅れた分の残業を強要することは法的に問題ないのでしょうか。

「会社が労働者に対して残業を命令するためには、(1)36協定を締結して労働基準監督署に届け出ること、(2)労働者の残業義務を基礎づける契約上の根拠(就業規則など)があること、の2つが必要になります。

(1)会社が労働者に1日8時間を超えて残業してもらうためには、36協定届に、『時間外労働をさせる必要のある具体的事由』を記載する必要があります。

たとえば、『納期のひっ迫または臨時的な受注の集中』、『機械類のトラブルへの対応』、『予算または決算業務の実施』、『顧客または取引先からのクレームへの対応』といった事由が記載されることが多いです。

(2)36協定の締結、届出のみでは、労働基準法上の規制を解除する効果しかありません。そのため、これとは別に就業規則などの契約上の根拠が必要となります。

たとえば、就業規則に『会社は、業務の都合その他必要があるときは、社員に時間外または休日に勤務させることがある』という条項があれば、(2)の要件を満たします。

36協定届に記載されている『時間外労働をさせる必要のある具体的事由』にあたり、就業規則に残業の根拠条文があれば、会社は労働者に対して、残業を命令することができます。そのため、人身事故や事故渋滞の影響で遅刻をしてしまった場合でも、上記の要件をみたせば、会社が遅れた分の残業を命令しても法的には問題はありません」  

ーー無効になる可能性は?

「もっとも、会社に残業を命令する業務上の必要性が実質的になかったり、労働者にその日残業できないやむを得ない事由がある場合には、会社の残業命令が権利の濫用となり、無効になる可能性はあります。

なお、相談者の会社の就業規則には、所定労働時間を超える労働、つまり残業については明記されていないようです。そのため会社は(2)の要件を満たさないので、残業を強要することはできません」

【取材協力弁護士】
徳田 隆裕(とくだ・たかひろ)弁護士
日本労働弁護団、北越労働弁護団、過労死弁護団全国連絡協議会、ブラック企業被害対策弁護団に所属し、労働者側の労働事件を重点的に取り扱っています。「未払残業・労災・解雇から働く人を守る金沢の弁護士ブログ」(https://www.kanazawagoudoulaw.com/t「okuda_blog)を開設して、労働問題について情報発信をしています。
事務所名:弁護士法人金沢合同法律事務所
事務所URL:https://www.kanazawagoudoulaw.com/

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