1.サンキューカードの展開でモチベーションが上がった

皆さんは、「サンキューカード」というものをご存じでしょうか?

一緒に働く職場の仲間に、助けてもらったり、教えてもらったり、残業を代わりにやってもらったりして、お世話になった人に"ありがとう"の言葉に感謝のメッセージを添えてカードで渡すというものです。

社員がお互いに感謝の気持ちを伝え合うことで、社員同士のコミュニケーションが活発になり、モチベーションアップを図るという人事施策です。

JALやザ・リッツカールトンホテル東京で展開され、従業員がやる気になったと話題になりましたが、特にお金がかかる訳でもなく、社員の承認欲求を満たすものなので多くの企業で導入されました。

サンキューカードに書かれている「ありがとう」はさまざまで、カードを直接手渡しするものもあれば、全員が閲覧できるような状態にしたり、スマホアプリにしてやり取りしたりするパターンなど各社独自の方法で実施されています。日ごろお世話になっている人に感謝の気持ちを持っていてもなかなか直接言葉にするのは恥ずかしいですが、こういう制度があれば、確実に伝えることができます。

2.慣れてきたらやらなくなった?

ところが、段々慣れてくると「効き目がなくなってきて自然消滅してしまった」という話もよく聞きます。前回少し触れましたが、人のやる気は「衛生要因」と「動機づけ要因」の2つに区分できるというモチベーション理論(F.ハーズバーグ)が有名です。

人間の仕事における満足度は、特定の要因が満たされると上がり、不足すると下がるという単純なものではなく、「満足」に関わる『動機付け要因』と「不満足」に関わる『衛生要因』は別であるとする考え方です。

満足に関しては、「目標の達成」「誰かに承認された」「仕事そのもの」「働き甲斐」「責任がある」「昇進した」などが相当します。

このような項目が満たされると満足感を得られますが、欠けているからといって不満を持つ訳ではないとされています。

一方、不満足に関しては「給与が低い」「作業条件が劣悪」「会社の方針が気に入らない」「上司のマネジメントが嫌だ」「人間関係がギスギスしている」などがあります。確かにこう感じると不満足感が増幅します。

ところが、これらが満たされたからといっても満足感に繋がるかというとそういう訳ではなく、単に不満足が少し解消される意味しか持たないとされています。

3.企業通貨は満足と不満足の両方を満たすものか

話を元に戻すと、サンキューカードで「ありがとう」と言われて承認欲求が満たされ、やる気になっても(動機づけ要因)、慣れてきてそれが当たり前になってきたり、いちいちカードを渡すのが面倒になったりするのでしょう。

考えてみると、上司や先輩から褒められて、評価されているな、という実感があっても給与が上がらなかったり、賞与が少なかったりしたら、満足と不満が入り混じった複雑な感じがします。

平成時代のデフレ経済下で、企業は従業員に対して『費用対効果』(コストに合った成果を出す)を意識するように指導してきましたが、それに呼応するかのように社員の方にも「割に合わないことはしたくない」と言って労力に見合ったリターンを求める人が増えてきました。

そういう背景もあって動機づけ要因(褒める)と衛生要因(金銭的なメリット)を兼ね備えているように思える企業通貨に期待を寄せる企業が増えてきたのでしょう。

4.給与・賞与だと難しかったことが「企業通貨」だとできるかも

給与や賞与にもっと「遊び心」はあってもいいという新しい概念が「企業通貨」です。

設計次第で、人件費の節減や、社員の定着率向上、企業ブランディング、もっというと報酬価値を上げる事ができる新しい人事ツールといえるかもしれません。

世の中には年収が低くてもモチベーション高く働いている人もいれば、すごく高い年収をもらっていてもやる気のない人もいます。

報酬の価値はもらう側が決めるので、会社がどんなに高い賃金を支払っても、社員が慣れてしまえば、ありがたみはなくなってしまうのです。

会社が何でもやってくれる時代はとうの昔に終わっている事は、多くの人たちは気づいており、後悔はしたくないから自分でやりたいことをやる人たちが増えてきています。企業の人事部もそういった仕組みをうまく作れるかが他社との差別化になるのではなかと気づいているのでしょう。

図らずもコロナショックが起こったことを契機として、労働時間、労働日数、業務内容を選択できる仕組みが定着する可能性があります。そして近い将来、報酬の受給方法も社員が選ぶことができるような時代が来ることは容易に考えられます。

企業通貨や福利厚生ポイントにはその先駆けとして一気に浸透するかもしれません。

執筆者プロフィール

麻野 進(あさの・すすむ)

株式会社パルトネール代表。大企業から中小・零細企業まで企業規模、業種を問わず組織・人事マネジメントに関するコンサルティング、講演・執筆活動を行う。
専門は「マネジメント」「出世」「管理職」「リストラ」「中高年」「労働時間マネジメント」「働き方改革」など。
人事制度構築の実績は100社を超え、年間1,000人超の管理職に組織マネジメントの方法論を指導し、企業の組織・人事変革を支援している。
著書に「イマドキ部下のトリセツ」(ぱる出版)、「課長の仕事術」(明日香出版社)、「最高のリーダーが実践している『任せる技術』」(ぱる出版)などがある。

書誌情報

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