【お断り】
この記事の掲載直前の2020年4月8日夕方に、江原河畔劇場グランドオープンが、当初予定していた4月29日から延期されることが発表されました。記事内容やコメントなどは、取材当時(3月)のものであることをお断りさせていただきます。

 

2020年春に、拠点を兵庫県豊岡市に移すことをアナウンスしていた、平田オリザが主宰する劇団「青年団」。その新しい本拠地となる[江原河畔劇場(略称ERST/アースト)]の正式オープンに先駆けて、3月28・29日にプレオープン公演として『隣にいても一人』を上演。その記念すべき瞬間に立ち会うべく、28日に現地に向かった。


昨年夏の「第0回豊岡演劇祭」以来となる豊岡訪問。今回は春の「青春18きっぷ」期間中だったので、あの時と同じく鈍行列車で地道に現地に向かう。道中は車窓から見える桜の花を楽しんだり、福知山駅途中下車して、大河ドラマ『麒麟がくる』で盛り上がっている、明智光秀ゆかりの福知山城に足を運んだりした。この「ついで観光」も、今後豊岡まで青年団を見に行く時の、大きな楽しみとなるだろう。

福知山城と桜。福知山は京阪神からのアクセスの要となる地点なので、この辺りに宿泊するのも旅の一つのテクニックだ。

福知山城と桜。福知山京阪神からのアクセスの要となる地点なので、この辺りに宿泊するのも旅の一つのテクニックだ。

そんな感じでゆるゆると電車を乗り継ぎ、15時過ぎには劇場の最寄り駅・JR江原駅に到着。駅前のあちこちには「江原河畔劇場」の幟が立っていて、街全体がお祭……とまでは行かなくても、少なからず高揚している感じがする。ここからERSTまでは、関西風に説明すれば「駅前から川に向かってズーッと真っすぐ行って、突き当りを左にシュッと曲がってすぐ」という感じ。徒歩2分程度の距離なので、まず迷いようがないだろう。

ちなみにJR江原駅は、神鍋高原や出石の城下町の最寄り駅ということもあり、特急列車も停車する。また京阪神方面の高速バスの停留所は、劇場のすぐ目の前にあり、この春から停留所の名前も「江原河畔劇場」に変更された。また「コウノトリ但馬空港」もタクシーで15分と比較的近距離にあり、羽田空港からだと最速で約2時間10分でERSTに到着できるという(伊丹空港で乗継あり)。各地からのアクセスは、予想以上に便利なのだ。

(上)[江原河畔劇場]外観。(下)[江原河畔劇場]客席。

(上)[江原河畔劇場]外観。(下)[江原河畔劇場]客席。

河畔の名前通り、円山川沿いに建つERSTは、昭和10年に旧日高町役場として建設され、その後「豊岡市商工会館」として利用されていた建物をリノベーション。赤い屋根と、薄黄色のレンガ調の壁がどこかメルヘンティックで懐かしい。当初は屋外に屋台を出して、にぎにぎしく来場者を出迎える予定だったそうだが、残念ながらコロナの影響で自粛。代わりと言っては何だが、マスク&手袋をして、消毒スプレーを手にするスタッフが多数待機して、徹底的な衛生管理を行っていた。

劇場の内部は、一階は約150席の小劇場。ただしこの日はソーシャル・ディスタンス対策で、90席程度に調整されていた。二階部分はほぼまるまるスタジオとなっていて、稽古やワークショップはもちろん、発表会などで劇場的に利用するのも可能。スタジオの大きな窓からは、緑豊かな山々と、悠々と流れる円山川の風景が一望できる。見学中、たまたまその場に居合わせていた平田オリザいわく「川がこんな風に真っすぐ見える所は珍しい。ここからの景色が一番のオススメです」と話してくれた。

(上)[江原河畔劇場]2Fスタジオ。プレオープン時はまだリノベーション中だった。(下)2Fスタジオから見える円山川の風景。

(上)[江原河畔劇場]2Fスタジオ。プレオープン時はまだリノベーション中だった。(下)2Fスタジオから見える円山川の風景。

またロビースペースは、いくつかの椅子が設置されているが、これはほとんど青年団の舞台で使ったものの再利用だそう。熱心なファンなら、どの公演で使ったものかを想像するのも一興だろう。また一際目を引くグリーンのパネルも、実は『S高原から』の舞台セットの流用とのことだ。ロビーの隅にはキッチンがあり、将来的にはここにカフェスペースを設ける計画もあるそうなので、楽しみにしたい。

開場時刻になると、子ども連れからお年寄りまで、様々な年齢層の人たちが少しずつ劇場に入り始めた。今回のプレオープンは、平田いわく「劇場近隣の方々へのお披露目が主目的」ということで、実際に来場者の9割は地元の人という雰囲気だ。開演直前まで劇場のすべての入口を開放し、換気を十分に行った上で上演が始まった。

[江原河畔劇場]ロビー。

[江原河畔劇場]ロビー。

『隣にいても一人』は、もともと2000年に北海道の「劇団演研」に書き下ろし、その後青年団のレパートリーとして幾度も上演してきた作品。「地方から生まれた作品なのと、上演時間も(1時間程度と)短いので、青年団の芝居の入門編として良い作品では」という理由で、プレオープンの演目に選ばれた。

離婚寸前の夫婦(天明留理子・太田宏)の、それぞれの妹(福田倫子)と弟(伊藤毅)が、ある朝起きたら夫婦になっていた……というカフカ的なシチュエーションを通して「夫婦とは何か?」という問いを投げかけつつも、兄弟・姉妹同士ならではのアットホームな会話が中心なので、時に笑いながらリラックスして観ることができる。確かに「これが青年団ですよ」ということをしっかりと、しかし肩肘張らず伝えるのにピッタリの舞台だった。

プレオープンで上演された、青年団『隣にいても一人』。

プレオープンで上演された、青年団『隣にいても一人』。

この芝居の後には平田が登場し、観客との短いトークを展開。「単に劇場ができたというだけでなく、文化の東京一極集中を大きく変えるような試みの、記念すべき第一歩です。みなさんと一緒に発展していけるような劇場にできれば」とあいさつ。その他にも、クラウドファンディングによって無償化が決定した児童劇団を、観光名物になるようなクオリティにすることや、川沿いにウッドデッキを作り「高校生のデートの場所になって、ここで告ると成立するみたいなスポットにしたい」と思わぬ野心を語り、会場から笑いが起こった。

この公演後、平田に少しだけ取材する時間をいただいた。その一問一答は以下の通り。

プレオープンで上演された、青年団『隣にいても一人』。

プレオープンで上演された、青年団『隣にいても一人』。

──早い段階で、プレオープンを実施した理由は。

一つは予算の関係があって、年度内に仮でもいいからオープンしなければならいという事情がありました。でもやっぱり一番は、地元へのお披露目を一刻も早くしたかったこと。グランドオープンはGW中なので、外からの集客が中心になり、地元の人はもてなす側に周ります。プレオープンはその前に、地元の方々に「こんな形になりました」ということを、見ていただくという位置づけです。

──地元のお客様の反応は、見ていていかがでしたか?

[城崎国際アートセンター](注:豊岡市城崎温泉エリアにある文化施設。平田はここの立ち上げに大きく関わっている)でも何回か公演をしていたので、半分ぐらいはうちの芝居を観たことがある人だったと思います。豊岡は[豊岡劇場](注:映画好きの間では有名な映画館)があったりと、昔から文化レベルが高い地域でもあるので、もともと都市部とそんなに反応の違いはないです。年齢層がちょっと高いぐらい。

劇場前進の役場や商工会議所の面影があちこちに。

劇場前進の役場や商工会議所の面影があちこちに。

──しかも今豊岡市は、教育のカリキュラムに演劇が入っているので、その子どもたちが成長する頃には、かなり目のこえた観客が多い土地となるのでは。

そうなんです。演劇が教育機関と連動し、しかも大学(注:2021年開校予定の「国際観光芸術専門職大学(仮称)」)まであるというのは、世界的にも珍しい。子どもたちが演劇に当たり前のように触れ、自分たちもある程度経験しているという環境です。しかも青年団が水準なので、レベルが高い(笑)。今年から開催される「豊岡演劇祭」は、玉石混交でいろんな劇団が来るので、この地域の方々の批評眼は確実に育っていくはず。「豊岡で評価されたら本物」みたいに言われるようになればと思います。

──この劇場を、青年団の稽古場兼発表の場として使うのはもちろんですが、他の劇団も利用できますか?

私たち以外の若手の劇団……特に関西は表現の場がすごく限られてしまっていると思うので、そういう方たちにどんどん使ってもらえたらいいなと。ただ貸館はもともと想定してなかったので、安全管理上知り合いの劇団じゃないと今は貸せない状態。主催公演という形にして、他の劇団にも使っていただけるようにできればと思っています。

[江原河畔劇場]グッズ。現時点ではTシャツとトートバッグを販売。

[江原河畔劇場]グッズ。現時点ではTシャツとトートバッグを販売。

──終演後のトークで「地元の皆さんと一緒に発展していける劇場に」という抱負を述べてましたが、この劇場でも何か具体的なアクションがあるのでしょうか。

今回のプロジェクトの大きな特徴の一つは、地元の観光業や地場産業と積極的に連携していくことで、それは今まで演劇ではあまりやられてこなかった部分だと思います。この劇場でも、豊岡鞄の販売や地酒の試飲などができるようにする予定です。あと江原は、但馬観光の結節点でもあるので。出石でお蕎麦を食べて、ERSTで芝居を観て、神鍋高原や城崎温泉に宿泊するとかの観光ルートができれば、街づくりにも貢献できると思います。

──そうなると今年の「豊岡演劇祭」の内容が気になる所ですが。

演劇祭は2週間の開催で、この劇場を基点に、出石や豊岡や城崎、さらに但東や竹野にも会場を設ける予定です。最初は4月中に詳細を発表する予定だったんですが、このウイルスの状況が落ち着いた頃に頃にしようと。日本演劇界が驚くようなラインアップになっているので、せっかくなら万全の体制で発表したいですからね。

江原から大阪方面の鈍行列車の終電は、意外と21時近くまであるので(特急の方が終電が早い)、駅前で夕飯を食べて帰ることにした。江原駅周辺は、平田いわく「結節点」というだけあり、駅前には意外と飲食店が多いし、ビジネスホテルも数件あるし、しかもERSTとは駅をはさんだ反対側のエリアには、大型のスーパーや100円ショップもある。ただし一番近いコンビニは、ERSTからは10分以上歩かないといけないらしい。

[江原河畔劇場]夜間の外観。

[江原河畔劇場]夜間の外観。

幸い芝居の折り込みチラシの中に「日高・神鍋高原グルメガイド」という冊子があったので、それを見て20時過ぎでも開いている駅前のラーメン屋に。ガイドを見る限り、21時までやってるお店は結構あるようだ。ちなみにこの辺りで一番遅くまで開いているのは、偶然にも劇場の目の前にある炉端焼きの店。23時半まで営業というのは大いに重宝しそうだが、人が集まりそうな日曜定休なのが惜しいと言えば惜しい。

ラーメン屋の女主人にERSTの話を振ると、当然ながら劇場の存在はご存知だった。「劇場ができたら人が来ると言われてるけど、本当に来てくれるかしらね」と、期待と不安混じりの質問をされたので「いや、ここに実際遠くから観に来た人間がいますから」と答えると、安心したような笑顔を見せた。何となく映画『フィールド・オブ・ドリームス』の「それを造れば、彼が来る」という啓示を思い出すやり取りだった。

平田オリザ(青年団)。

平田オリザ(青年団)。

そして正式に開館したあかつきには、地元の方々が期待した通りに、日本各地から大勢の人が芝居を観るために、この地に足を運んでくる……という構図が実現してくれたらいいのだが、とにもかくにもコロナの影響がいつまで続くのかにかかっている。時節柄「絶対足を運ぶべきだ」と言い切れないのが非常にもどかしくなるような、いろんな夢と楽しさにあふれた視察旅行だった。まずはグランドオープンと、平田が「日本演劇界を揺るがせる」と豪語する「第一回豊岡演劇祭」のラインアップの発表が待ち遠しい。

取材・文=吉永美和子

平田オリザ(青年団)。