(加藤 博章:日本戦略研究フォーラム主任研究員)

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 在韓米軍駐留経費負担交渉が暗礁に乗り上げている。2019年11月以降、米国と韓国は、第11次防衛費分担金特別協定(SMA)の締結に向けた交渉を続けてきた。しかし、2020年4月現在、交渉は妥結の気配を見せていない。

 ここでは、駐留経費負担交渉の概要を紹介し、これが今後の東アジアにおける安全保障環境と日本にどのような影響をもたらすのかを考える。

「米韓防衛費分担金特別協定」とは?

 そもそも、何故韓国は在韓米軍の駐留経費負担を始めたのだろうか。韓国が在韓米軍の駐留経費負担を始めたのは、1991年のことである。当時、冷戦は終結し、東アジアにおいても米国との2国間同盟の意義が問われ始めていた。こうした中で、韓国は米国をつなぎとめるために、在韓米軍の駐留経費負担を始めた。それが米韓防衛費分担特別協定である。

 協定の有効期限は、協定ごとに異なっている。2009年の第8次協定と2014年の第9次協定の有効期間は5年であるが、2019年の第10次協定の有効期間は1年であり、2019年12月31日に期限を迎えた。今回の交渉は期限の切れた協定を更新するものである。

 防衛費分担金は、1991年の第1次協定では約1億5000万ドルだったが、その後増加し続けており、第10次協定では約9億ドルに達している。防衛費分担金は、在韓米軍に勤務する韓国人労働者の賃金や、兵舎・環境施設など在韓米軍施設の建設支援、弾薬の貯蔵、航空機の整備、鉄道・車両輸送支援などのサービスおよび物資支援等に充てられる。

 2017年に米国でトランプ政権が誕生すると、米国は同盟国に対して、米軍経費の更なる負担を求めるようになった。韓国に対しても、経費負担の増額を求め、第10次防衛費分担金交渉においても、約10億ドルの負担を求めていた。結局、第10次防衛費分担特別協定では、約9億ドルと米国の要求よりも少ない金額で合意したが、米国の要求が受け入れられ、協定の有効期限を1年とした。

妥結する見込みは少ない第11次交渉

 第11次防衛費分担金協定交渉においても、トランプ政権は約50億ドルの負担を求めている。一方、韓国は5倍にも及び増額は認められないとして、交渉は難航している。結局、2019年12月31日の第10次協定の期限を迎えても、交渉は妥結せず、2020年4月1日からは、在韓米軍に勤務する韓国人労働者の無給休職が開始される事態となっている。

 しかし、こうした事態を迎えても、交渉が妥結する見込みは少ない。韓国では4月15日国会議員改選の総選挙を予定している。世論調査では、文在寅大統領を支持する勢力を中心に、在韓米軍に対する韓国の負担増に反対する声が多い。そのため、総選挙が終了する前に交渉を妥結させることは、総選挙に悪影響を及ぼす可能性が高い。他方、米国は11月大統領選挙を控えており、韓国との交渉に譲歩するメリットを見出せない状況でもある。そのため、米韓双方共に、交渉妥結に向けた展開は予想しづらい状況となっている。

東アジアの安全保障環境に対する影響

 第11次米韓防衛費分担金協定を巡る交渉が暗礁に乗り上げている状況は、米国を中心とした同盟国にとっても他人事ではない。2017年文在寅政権の誕生以降、米韓関係は良好とは言えない状況が続いてきた。また、2018年の徴用工訴訟や日本の対潜哨戒機に対する韓国軍艦のレーダー照射など、日韓関係も悪化の一途をたどっている。こうした状況の中で、米韓が防衛費分担金を合意できないという状況は、米国を中心とした同盟網の弱体化を表していると言えよう。

 トランプ大統領は、交渉が妥結しなければ在韓米軍を撤退させると公言している。このまま交渉が妥結しなければ、そのような事態も十分にあり得る。

 他方、現在の状況では韓国が在韓米軍撤退を引き止めるために更なる譲歩をすることも考えづらい。最悪の場合、在韓米軍撤退を喜んで受け入れる可能性もある。

 こうした状況は、東アジアの安全保障環境全体にとっても、重要な問題である。米韓関係の悪化は、中国や北朝鮮に対する抑止力を低下させる。しかし、米韓に対して、他の国が仲介できる状況でもない。結局は、米韓が冷静になって交渉を続けるしかないのである。

負担増の要求に日本はどう対応すべきか

 米韓の交渉が日本に及ぼす影響はどのようなものだろうか。日本でも、在日米軍駐留経費負担に係る特別協定が2021年3月に期限を迎えることから、今後新たな協定に向けての交渉が本格化する。その際、米国は日本に更なる負担を求める可能性が高い。

 米韓同盟と日米同盟はその性格が違っており、米韓関係と日米関係は異なる関係である。しかし、同盟国に対する負担増を求めるトランプ政権の姿勢は一貫しており、日本だけが特別扱いされることは難しいと考えるべきだろう。

 米国から負担増を求められた場合、日本はどのように対応すべきか。日米同盟維持の為に米国の負担増を受け入れるのか、負担増ではなく日本事態の防衛力強化を図り、日米同盟を維持するのか、それとも負担増を受け入れず日米同盟を弱体化させ、自主防衛の道を開くのか、選択肢はさまざまである。

 しかし、現状の日米関係を毀損してまで、日米交渉をこじらせることは日米双方にとってデメリットしかない。防衛力強化は、在日米軍駐留経費の問題がなくとも達成すべき課題である。在日米軍駐留経費という問題にこだわらず、日本自体の防衛力強化と同時に、日米交渉により、両国の国益に適う「知恵」が求められていると言えよう。

[筆者プロフィール] 加藤 博章(かとう・ひろあき)
 1983(昭和58)年東京都生れ。名古屋大学大学院環境学研究科社会環境学専攻環境法政論講座単位取得満期退学後修了(法学博士)。防衛大学校総合安全保障研究科特別研究員、独立行政法人国立公文書館アジア歴史資料センター調査員、独立行政法人日本学術振興会特別研究員(DC2)、東京福祉大学国際交流センター特任講師を経て、現在日本戦略研究フォーラム主任研究員、防衛大学校総合安全保障研究科兼任講師、関西学院大学国際学部兼任講師。
 主要共編著書に『あらためて学ぶ 日本と世界の現在地』(千倉書房)、『元国連事務次長法眼健作回顧録』(吉田書店)、『戦後70年を越えて ドイツの選択・日本の関与』(一藝社)、主要論文に「自衛隊海外派遣と人的貢献策の模索」(『戦略研究』)、「ナショナリズム自衛隊」(『国際政治』)がある。

◎本稿は、「日本戦略研究フォーラム(JFSS)ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。

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