3月16日夕刻、さいたま地裁前のバス停。黒いジャンパーに白いマスク姿の痩せた男が、一人の女性をジッと待ち伏せしていた。

「ヤーーッ!」

 女性の短い悲鳴が辺りに響くと、男は仰向けの女性に馬乗りになり、胸部に包丁を突き立てた――。

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 殺人で逮捕されたのは文教大学准教授で犯罪心理学が専門の浅野正容疑者(51)。被害者は妻で、さいたま少年鑑別所に勤務する法代さん(53)だった。

「5時半に退勤後、鑑別所の敷地内の宿舎から自転車で出かけるところだった。浅野にいきなり引き倒され、防御創はなし。刺創は2カ所で、胸内の失血が死因です」(大手紙記者)

 事件時、浅野が所持していたリュックには、6枚の“メモ”が残されていた。

「『首を刺す』という犯行計画や、法代さんの行動パターンが書かれ、犯行に使用する道具も列記されていた。押収した交通系ICカードから、何度も現場を訪れ、綿密に下見したと見られています」(同前)

温厚で人気の講師だった浅野容疑者

 岐阜県出身の浅野は県立岐阜高を卒業後、一橋大社会学部に進んだ。横浜国立大大学院心理学を学び、95年、国家公務員一種の心理職に合格。少年鑑別所や刑務所で勤務する中、法代さんと出会い、結婚した。

 07年より文教大学臨床心理学科の専任講師に。

「現場を知る元公務員の教員として、ゼミは警察官や公務員の専門職を目指す学生に人気でした」(大学広報)

 浅野は08年から「埼玉犯罪被害者援助センター」の理事を務め、相談員の指導も行っていた。大学のゼミの学生が人柄を語る。

「温厚で、寝ている学生がいても『眠いよね』と怒らなかった。就職の相談にも親身に乗り、援助センターの被害者相談の現場を学生に見せたりしていました」

 一方、妻の法代さんも少年院などで少年たちの更生に尽力していた。

国家公務員一種採用の法務教官で、少年院長を務めていてもおかしくないキャリア。『子どもたちや家族のことを第一に考えたので、産休や育休を多くとりました』と話していました。非常に真面目で、いつも笑顔を絶やさなかった」(上司)

 法代さんと浅野の間には20代、10代、10歳未満の3人の娘がいた。

「彼女が一番下の子と歩いていたので声を掛けたら、子供は母親に促され、はずかしそうに『こんにちは』と挨拶してくれた」(同前)

冷え切っていた夫婦仲

 だが、夫婦の仲は以前から冷え切っていたようだ。

「子供は『小さい頃に喧嘩をし、仲が悪いと思っていた』と語っている。数年前から口論も絶えなかったようです」(捜査関係者)

 浅野は事件直前に、大学近くの団地で一人暮らしを始めていた。住人が語る。

「事件の1週間ほど前、郵便受けの前で『こんにちは』と声を掛けると、目を合わせた後、逃げるように階段を駆け上がって行きました」

 前出の学生は「最近、先生は疲れているように見えた」と話し、こう続ける。

「先生は『公務員時代は加害者支援の立場だったけど、被害者側からは“加害者に支援という言葉を使わないでほしい”という声もあるんだよ』と話していた。加害者と被害者、両方に細かく気を配る先生でした」

 動機を黙秘している浅野。学生には「『知識』よりも『創造』を大切に」という言葉を贈っていたが、犯罪心理学の知識では、溢れる殺意を止められなかった。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2020年4月2日号)

犯行現場には供花が