新型コロナウイルスの感染拡大のキーワードは「人から人へ」と「濃厚接触」であろう。

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 現在進行形の新型コロナウイルスの感染拡大の状況をこのキーワードに基づいて文化人類学や地政学などの視点から分析し、その謎を追ってみたい。

国境と新型コロナウイルスの感染拡大

 新型コロナウイルス感染はとどまるところを知らず、国境を越えて世界に拡大している。これについて幾つかのサンプルについて観察してみたい。

イタリアを起点とした欧州への感染拡大:シェンゲン協定の役割

 イタリアにおける新型コロナウイルスの感染拡大は中国からもたらされた。

 それが国境を越えてフランスドイツスペインポルトガル、英国などに拡大した理由はシェンゲン協定による「人の往来」であろう。

 シェンゲン協定は、ヨーロッパの国家間において国境検査なしで国境を越えることを許可する協定である。これが新型コロナウイルスの感染拡大を促進したのは間違いなかろう。

 このことに鑑み、EU圏への入域は、シェンゲン協定加盟国、EU加盟国と英国の市民のみが入域できることとなる。

 EU非加盟国民の入域は、滞在許可証を保持している場合や、第三国の保健関係者などのいくつかの例外を除き、認められない。

 また、EU内部における国境の「完全な閉鎖」は行われないが、移動は必要最小限に制限される。

 国別の具体例として、ドイツ3月16日に、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、隣接するフランススイスオーストリアルクセンブルクデンマークの5カ国との間で国境検問を実施すると発表した。

 また、フランス3月17日から、フランスを含めEUおよびシェンゲン圏への入境が閉鎖され、EU域外の国とEU圏内の国の間の渡航を30日間停止している。

イランからの周辺国への感染拡大:軍事的緊張が抑制か?

 欧州におけるイタリア発の新型コロナウイルスの拡大とは対照的なのがイランから周辺国家への拡大が抑制されていることである。

 日本経済新聞の『新型コロナウイルス感染 世界マップ』をご覧になれば分かるように、イラン4月14日現在感染者数7万1686人)と隣接・連接する諸国家では、トルコ(同じく5万6956人)を除いて感染拡大は抑制されている。

 コーカサスのアゼルバイジャン(同じく1058人)、アルメニア(同じく1013人)、グルジア(同じく252人)、シリア(同じく25人)、イラク(同じく1352人)などの例を見れば分かる。

 その原因は、軍事的な緊張により人の往来が限られるからだろう。

 トルコが例外的に爆発的増加を見せているのは、人口の多さ(8200万人)とイスラム文化特有の濃厚接触によるものだろう。

“島国”の中国は周辺国への感染拡大を抑制

 中国発の新型コロナウイルス中央アジア諸国(カザフスタンキルギスタジキスタントルクメニスタンウズベキスタン東南アジア諸国、モンゴルロシアなどには拡大していない。

 その理由は中国が“島国”であるためだろう。

 中国は四方を海に囲まれているわけではないが、通過不能の地形や荒地に囲まれており、周辺地域から事実上隔離されている。

 中国の北方には人口まばらで横断が困難な、荒涼としたシベリアモンゴル大草原地帯が控えている。南西には通過不能なヒマラヤ山脈がある。

 ミャンマーラオスベトナムと接する南部国境は山あり密林ありで、東には大洋が広がる。カザフスタンと接する西部国境だけが大人数の移動が可能だが、それでも、楽な移動はできない。

 このようなわけで、周辺国は新型コロナウイルスの感染拡大を免れた。

 ここで注目すべきは北朝鮮だろう。

 北朝鮮にとって中国はいわば「命綱」である。人の往来も一定程度はある。同国は、食糧不足が深刻で人民は飢餓の線上にある。それゆえ、恐らく感染が拡大しているものと思われる。

非常事態に素早く対応、軍事体制と民主主義が両立している中規模国家

 この点で注目されるのが、イスラエル、韓国、台湾である。

 いずれも、一定程度新型コロナウイルス感染の抑制に成功しており、致死率も低水準のままである。

 これら3か国は、民主主義国家で日々仮想敵国と厳しく対峙し、臨戦態勢にある。

 3か国は国家の規模がコントロールするうえでコンパクトで、有事への備えが物心両面で整っているので、その仮想敵・敵国がイラン、中国、北朝鮮などの国家であとうと新型コロナウイルスであろうと、対処するうえでは同じなのかもしれない。

島国は感染対処に有利

 ドイツフランスイタリアスペインに比べ英国のコロナウイルス感染者数は少ない。アイルランド4月9日現在感染者数5709人)もそうだ。

 日本、台湾、フィリピンインドネシアなどの島国は例外なく少ない。

 その理由は、申すまでもなく水際作戦ができるからだ。ただ、水際作戦は生半可なことでは、成果は得られない。斯界専門のある大学教授は水際作戦についてこう指摘する。

「水際作戦については、そのやり方で結果は左右されると思うが、無症状のウイルス保有者がいることや、潜伏期が長いことを考えると、入国者をチェックするようなやり方の水際作戦は基本的に無効である(労力の割に効果は限定的だ)」

「もちろん、入国者全員を一定期間隔離して留め置く、もしくは完全に鎖国状態(シャットアウト)にすれば、物理的にウイルスが持ち込まれることはないわけだが、そこまで徹底できるかどうかだ」

 同教授の指摘通り、島国で防疫体制が完備しているとみられた米国も、水際作戦による新型コロナウイルス感染拡大を阻止できなかった。

新型コロナ感染と「濃厚接触文化」の関係

 現在、新型コロナウイルス感染が拡大している上位20か国を見ると、米国、スペインイタリアフランスドイツ、英国、ベルギーオランダスイスカナダ、ブラジル、ポルトガルロシアオーストリアスウェーデンの15か国と、キリスト教国(旧・新教・ロシア正教)が多いことが分かる。

 非キリスト教国は、中国、イラントルコイスラエル、韓国の5か国である。

 このうち、韓国はキリスト教の影響が強く、クラスターになったのは教会だった。

 大邱市にある「新天地大邱教会(新天地イエス教証しの幕屋聖殿)」――韓国のキリスト教の土壌から発生した新宗教団体――で「スーパースプレッディング」が起こったほか、「恩恵の川教会」でもクラスター感染が起った。

 また、イスラエルユダヤ教旧約聖書に基づく)はいわばキリスト教とは兄弟関係にあり、以下述べる「濃厚接触文化」を持っている。

 キリスト教に関係ないのは、中国、イラントルコの3か国だが、このうち、イラントルコイスラム教国であるが特有の「濃厚接触文化」を持っている。

 男女は別々だが、御祈り場などにおいてキリスト教の比にならぬ程の濃厚接触がある。

 このように、キリスト教国やイスラム教国で感染者が多いのは、仏教国にはない「濃厚接触文化」(筆者の造語)があるからではないかと推察する。

 キリスト教国を例に「濃厚接触文化」について説明する。

 イエス・キリスト教の教えの核心には「愛」があると言われる。イエスが教えた「愛」には2種類あり、一つは神に対する「愛」で、もう一つは「隣人愛」である。

 筆者は、キリスト教の教える「隣人愛」――『自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい』――を体現する行為として、ハグやキスそれに握手があるのではないかと思う。

 新型インフルエンザ防疫の観点から見れば、ハグ、キス、握手は濃厚接触そのものである。あるオランダの科学者によると、情熱的な10秒間のキスで約8000万個の細菌・ウイルスを共有することになるらしい。

 新型コロナウイルス感染が拡大している上位20か国にキリスト教国家が多いのはこのようなことも理由の一つではないだろうか。

濃厚接触文化」の強弱からは、ラテン系>ゲルマン系>スラブ系なのではないか。

 ちなみに、新型コロナウイルスへの抵抗力には民族差があるような気がする。スラブ民族(東欧、ロシア)の抵抗力は、西欧のラテン系・ゲルマン系民族よりも、優れているのではないか。

 東欧・ロシアは西欧よりも寒冷であり、医療的進歩も劣っていると思われるのに、新型コロナウイルス感染拡大が低調なのは不思議である。

 あえて言えば、新型コロナウイルスへの抗体力はスラブ系>ゲルマン系>ラテン系ではないか。

 余談だが、国別セックスの年間回数データを見ると、世界各国は日本の2~3倍である。

 セックスは、究極の濃厚接触である。日本で感染爆発(オーバーシュート)が起きない理由の一つではないだろうか。

 また、欧米にみられる「土足文化(土足で部屋に上がる習慣)」も、新型コロナウイルスの「自宅持ち込み」に繋がるような気がする。

 新型コロナウイルス感染が拡大している欧州、米国、イランは「土足文化」で、この習慣がない日本、韓国、台湾、東南アジア地域では新型コロナウイルス感染拡大の抑制に成功している。

 中国が、早期に沈静化できた背景にも「土足文化」がないことが一定の作用をしたのではないか。

連邦国家はパンデミックに強い
日本は都道府県の活力を

 欧米先進国で致死率を低水準に抑えているドイツ(致死率2.36%)と米国(致死率3.97%)の共通点は、共に連邦国家であることだ。

 致死率が高水準のイタリア(致死率12.73%)、スペイン(致死率10.36%)、フランス(致死率10.78%)、英国(致死率12.47%)は連邦国家ではない(英国は連合王国)。

 このことは、連邦国家における地方政府(州政府)の権限が強いと、早急に地方(州)独自の政策を強力に推進出来るため、非常事態には行政が有効に機能することを示しているのではないだろうか。

 この点、ロシア4月14日現在感染者数1万5770人)も連邦国家なので、コロナの蔓延をある程度抑制できているのではないか。

 さらに言えば、イスラエル、韓国、台湾が新型コロナウイルス感染の抑制に成功しているのは、国家の規模が米国やロシアドイツの連邦国家単位の規模に相当する(コンパクト)からともいえよう。

 このような視点から、安倍晋三総理は、いったん大方針である非常事態宣言を宣した後は、都道府県知事に一切を任せるべきである。

 安倍総理西村康稔経済再生相を通じ小池百合子都知事の判断・処置に些事にまで口を出すのは愚策だ。現下の非常事態は戦争状態と同じだ。

 陸上自衛隊教範の「野外令」には、「指揮の要訣」について以下のように記している。

「指揮の要訣は、指揮下部隊を確実に掌握し、明確な企図のもとに適時適切な命令を与えてその行動を律し、もって指揮下部隊をしてその任務達成に邁進(まいしん)させるためにある。この際、指揮下部隊に対する統制を必要最小限にして、自主裁量の余地を与えることに留意しなければならない」

 上記に照らせば、安倍総理の非常事態宣言が遅きに失したこと(適時適切でなかったこと)と、都道府県知事に任せられない狭量さは今後改めてもらいたい。

 元自衛官の私からあえて申し上げれば、安倍政権のこのたびの危機管理を見る限りにおいては、尖閣事態などの国防上の危機に適切に対処できるかどうか心もとない。

 我が国の最高指揮官たる総理は、このような事態に臨んでは的確な状況判断と果断な決心、田中角栄氏並みのブルドーザーのような実行力が求められる。

 世論やメディアに何と批判されようとも「国民の命を守るため」には自己の信念に基づいて積極果敢に難局を切り開く気概を示してもらいたい。

緯度の差による新型コロナ感染の違い
南北回帰線内では低調

 新型コロナウイルスの主戦場は、中国、欧州、米国、イランとすべて北回帰線(北緯23度26分)以北である。

 すなわち、北回帰線以南では、流行が低調に見える。北回帰線が通過する台湾はもとより中国内の香港、マカオも流行が低調なのは、北回帰線以南になるからではないか。

 北回帰線以南には、東南アジアインドイランおよびトルコを除いたイスラム諸国も含まれている。

 それらの国々は先進国に比べて衛生状態が劣り、人口密度も高いものの、新型コロナウイルス感染の拡大は見られない。

 新型コロナウイルスの感染は暑気の中では進まないのかもしれない。

 それが事実だとすれば、中東、アフリカ、南米(アルゼンチンとチリ以北の国々)は、新型コロナウイルスの猛攻撃からは逃れられるかもしれない。

 また現在低調ではあるがオーストラリアニュージーランドでは秋(3~5月)から冬(6~8月)にかけて新型コロナウイルスが猛威を振るうかもしれない。

 しかし、両国が島国であることで水際作戦が奏功し、ゲルマン系国家であることで、新型コロナウイルスへの抗体力が比較的強く、致死率が低水準に止められることを願うばかりである。

 なお、来年夏季開催の東京オリンピックにとっては、朗報と言えるのではないか。

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