新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない中、再び憲法改正に関する話題が注目を集めている。なぜ今、憲法改正なのか? 誰がどんな発言をしているのか? あらためて検証してみたい。

安倍晋三 首相
新型コロナウイルス感染症への対応も踏まえつつ、国会の憲法審査会の場で、与野党の枠を超えた活発な議論が展開されることを期待したい」
「緊急時に国民の安全を守るため、国家や国民がどのような役割を果たし、国難を乗り越えていくべきかを憲法にどのように位置づけるかは極めて重く大切な課題だ」
産経新聞 4月7日

 安倍晋三首相は4月7日の衆院議院運営委員会で、憲法改正についての議論に関して強い意欲を示した。カギになっているのは「緊急事態条項」だ。

「宣言」とは似て非なる「条項」

 同日の夜、安倍首相は「緊急事態宣言」を出した。これによって都道府県知事は、住民に対して不要不急の外出を自粛するよう「要請」できるが、強制力のある措置は限られている。しかし、緊急事態条項はそうではない。上記の安倍首相の答弁を引き出した、日本維新の会の遠藤敬衆院議員の質問を見てみよう。

遠藤敬 日本維新の会・衆院議員
「国が国民生活を規制するに当たり、ある程度の強制力を担保するため緊急事態条項が不可欠だ」
同上

 遠藤氏は、憲法改正によって一時的に国民の私権を制限する「緊急事態条項」を創設することを提案。「一方的な私権制限には反対だが」と前置きした上で、事態の早期収拾のために「緊急事態条項が不可欠」と語った。上記の安倍首相の発言は、遠藤氏の発言を受けてのものだ。

「全く必要ない、究極の火事場泥棒だ」

 4月6日共産党小池晃書記局長は与党が衆院憲法審査会開催を提案したことについて、「『緊急事態』の名前が同じだからということか。全く必要ない、究極の火事場泥棒だ」と痛烈に批判。「国民が国会に求めているのは不安を解消する抜本的な経済支援や、医療崩壊を招かない手だてだ」と語った(共同通信 4月6日)。

 憲法学者の木村草太氏も「新型インフルエンザ等特措法の『緊急事態宣言』に乗じて、憲法上の『緊急事態条項』の議論を進めようとするのは火事場泥棒です。両者は、全く別物です」と解説している(BuzzFeed 4月10日)。

そもそも「緊急事態条項」とは何なのか?

 では、「緊急事態条項」とは何なのだろうか。自民党2012年憲法改正草案で緊急事態条項を新設。首相が武力攻撃や大規模災害などで緊急事態を宣言すれば、国会の関与なしに内閣が法律と同じ効力を持つ政令を制定できるよう提案した。また、その場合に国民は、国やその他の機関の指示に従わなければならなくなる。さらには、2018年安倍首相が主導してまとめた「改憲4項目」では、大規模災害に限って国民の権利を一時的に制限したり、国会議員の任期を延長できるよう提案されている。

 つまり、「緊急事態条項」に基づいて緊急事態を宣言すれば、国会の十分な審議を経ずに、内閣の権限で国民の権利を制限することが可能になる。また、基本的人権の「保障」は解除され、「尊重」に止まる。内閣が「どうしても必要だ」と判断すれば、人権侵害も可能になるということだ(THE PAGE 2016年3月14日)。

 木村草太氏は「緊急事態条項」を「内閣独裁条項」と表現する(BuzzFeed 4月10日)。『憲法に緊急事態条項は必要か』などの著書がある永井幸寿弁護士は「国民ではなく国家のために『人権の保障』『権力分立』を一時停止する。場合によっては人権を犠牲にする制度です」と警告している(毎日新聞 2月14日)。

新型コロナはいい“お手本”?

馬場伸幸 日本維新の会・衆院議員
「どういう緊急事態が起これば、どういう発動がされるのか、何のためにされるのかということはね、国民は全然分かってないと思うのですね」
「こういう新型コロナウイルスの問題はまさしくいい『お手本』」
毎日新聞 2月14日

 新型コロナウイルスの感染拡大に関して、緊急事態条項が話題に上ったのは今回が初めてではない。口火を切ったのは、1月28日の衆院予算委員会での馬場伸幸衆院議員(日本維新の会)の発言だった。

 憲法改正の緊急事態条項について、国民の理解を深めるために新型コロナウイルスの感染拡大がいい「お手本」になるという主旨の質問で、安倍首相は馬場氏に対して「憲法に緊急事態をどのように位置づけられるかについて、大いに議論すべきものと認識をしております」と同調した。

 ここから自民党の「緊急事態条項」発言が怒涛のように続く。

中谷元 自民党・元防衛相
「法律で対応できれば一番いいが、できないとなれば改憲議論が必要だ」
産経新聞 1月29日

 1月29日、谷垣グループの会合での発言。1月28日、政府は新型コロナウイルスによる肺炎を「指定感染症」とする政令の閣議決定を行ったが、施行日となる2月7日までの周知期間を疑問視。緊急事態条項に触れて「改憲議論が必要」と述べた。

憲法改正の大きな一つの実験台」

伊吹文明 自民党・元衆院議長
「周知期間を置かなくてもよくするには憲法を変えないと」
憲法改正の大きな一つの実験台。緊急事態の一つの例」
朝日新聞デジタル 1月31日

 二階派の重鎮・伊吹氏の発言はもっとストレートだ。1月30日に行われた二階派の会合で憲法改正の必要性を説き、新型コロナウイルスの感染拡大を「憲法改正の大きな一つの実験台」と言ってのけた。「公益を守るために個人の権利をどう制限していくかという緊急事態(条項)の一つの例としてね」とも語っている(毎日新聞 2月4日)。

松川るい 自民党・参院議員
「予算委では、新型コロナウィルスについて指定感染症の施行を早めるべきとの声が相次ぎました。憲法に緊急事態条項があれば!」
ツイッター 1月30日


 ツイッターでの発言。しかし、その翌日、安倍首相が「指定感染症」にする政令の施行を2月1日に前倒しすると発表。憲法に緊急事態条項がなくても大丈夫だと1日で判明してしまった。

現行法の中では本当にできないのか?

小泉進次郎 環境相
「私は憲法改正論者だ。社会全体の公益と人権のバランスを含めて国家としてどう対応するか、問い直されている局面だ」
産経新聞 1月31日

 1月31日記者会見での発言。

下村博文 自民党・選対委員長
「人権も大事だが、公共の福祉も大事だ。直接関係ないかもしれないが、(国会での)議論のきっかけにすべきではないか」
共同通信 2月1日

 2月1日に行われた講演会での発言。小泉氏、下村氏ともに「人権」について言及している。

 一方、立憲民主党枝野幸男代表は1月31日記者会見で、「感染症の拡大防止に必要な措置は、あらゆることが現行法制でできる」「人命に関わる問題を憲法改正に悪用する姿勢が許されない」と厳しく批判(時事ドットコムニュース 2月1日)。また、枝野氏、国民民主党玉木雄一郎代表、自民党石破茂元幹事長は「悪乗り」と口を揃えた。

 与党である公明党山口那津男代表も、憲法改正から距離を置いている。緊急事態条項についての改憲論の盛り上がりに対して、「まず現行法でできる限りのことをやり、対応できないときは立法措置を検討するのが議論の順序だ」とクギを刺した(産経新聞 2月4日)。

安倍晋三 首相
緊急事態宣言と党の改憲案は全くの別もの」
西日本新聞 4月12日

 批判の高まりによって、安倍首相3月14日新型コロナウイルス対策の特別措置法が施行された際の記者会見では、緊急事態宣言と緊急事態条項を切り分けてみせた。新型コロナウイルスの感染が急速に拡大していく中、議論は一度消えたかに見えたが、それでも自民党は一貫して衆院憲法審査会の開催を求め続けてきた。

このタイミングで“憲法会合”に約50人が出席

 3月19日には自民党新藤義孝衆院憲法審査会・与党筆頭幹事が幹事懇談会を開きたいと提案したが、立憲民主党の山花郁夫憲法調査会会長が拒否。なお、この日は政府専門家会議が「爆発的な感染拡大(オーバーシュート)を伴う大規模流行につながりかねない」と提言した日だった。

 新藤氏は4月3日にも「緊急事態における国会機能の確保」をテーマに衆院憲法審査会を開くよう打診したが、ここでも野党は拒否。そんな流れの中で、日本維新の会の遠藤敬氏が再び国会で「緊急事態条項が不可欠」と発言し、安倍首相がそれに呼応した形だ。

 4月10日自民党憲法改正推進本部は、感染拡大防止のために大半の党会合が中止になっている中、憲法論議に取り組む姿勢をアピールするために会合を「強行」。約50人が出席した(毎日新聞 4月11日)。

もっとやるべきことがあるのでは?

 日本維新の会の議員がきっかけを作り、安倍首相がそれに応えて、自民党の議員たちが盛り上がるというパターンだが、日本維新の会は昨年11月にも遠藤氏を中心に改憲をアピールしている(このときは「国民投票法改正案」について)。産経新聞日本維新の会について、存在感が「埋没した状態から脱却」するために「政局に左右されない改憲論議」を求めていると解説していた(2019年11月22日)。

安倍晋三 首相
「私の手で成し遂げていきたい」
読売新聞 2019年12月9日

 昨年末、憲法改正について、自民党総裁任期が終わる2021年9月までの実現に強い意欲を示した安倍首相。しかし、任期中の国会の回数や国民投票までの期間を考えると、改憲の日程はかなり厳しくなっている。

 緊急事態条項を突破口にして、なんとか改憲の糸口をつかもうとしているようだが、いい加減あきらめたらどうだろうか。他にもやることは山のようにあるはずだ(犬を抱いた動画のアップではない)。

(大山 くまお

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