(尾藤 克之:コラムニスト、明治大学サービス創新研究所研究員)

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 東京都内でタクシー事業を営むロイヤルリムジン(江東区)が、コロナウイルスの影響による経営不振を理由に、グループ会社を含む5社で約600人いる乗務員全員を解雇する報道がされました。

 解雇した従業員には、「休ませて休業手当を支払うより、解雇して雇用保険の失業給付を受けたほうがいいと判断した」「終息すれば再雇用したい」などと説明したそうです。

 ところが、実はこれは会社都合の解雇という形を免れるための口実なのではないかとの指摘があり、その後、解雇通告された運転手が、会社を相手取り、地位確認の仮処分を東京地裁に申し立てる事態となっています。

 ロイヤルリムジンの例にもれず、新型コロナウイルスの影響によって、業績が急激に悪化している企業は珍しくありません。今後も同様のリストラが拡大することは必至です。その範囲も、個人事業主やフリーランス、非正規、そして正社員へと波及していきます。私たちは、防衛策を考えておかなければなりません。

正社員でも安泰ではない

 リストラはまず、アルバイト契約社員などに対して行われるはずです。それでも間に合わず、正社員の雇用にまで手をつけなければいけないと判断した時、経営者側はどのような手法をとるのでしょうか。ある会社で実際に起こった事例を紹介しましょう。

<都内にあるデザイン会社A社の事例>

 A社に勤務する鈴木さん(仮名)は、営業部門の部長職として勤務していました。ある日、社長に呼ばれて、「会社の業績が悪いから今月末で退職してもらいたい。鈴木さんの部門業績も停滞気味なのでこれ以上会社にいてもらっても困る。これは取締役会の決定事項だから拒否はできない」と退職勧奨を受けました。

 鈴木さんは、動揺しつつも受け入れました。「残念ですが仕方ありません。営業活動の立替金があるので、まずはそれを精算してください」と、会社側へ金銭の精算を求め、それで退職しようとしたのです。

 ところが社長は拒否しました。「お前が勝手にやったこと」だと言うのです。さらに鈴木さんが、有給休暇、残業代の支払いを求めたところ、社長は激高し、その後の話し合いまで拒否されてしまいます。やむなく鈴木さんは、外部の労働組合ユニオン)に入会しました。

 ユニオンは会社側に団体交渉を申し入れましたがこれも拒否されてしまいます。正当な理由のない団体交渉拒否は不当労働行為にあたります。そこでユニオンは、東京都労働委員会に救済申し立てをしました。一般的に、紛争が労働委員会などに移行すれば、会社は和解に向けた協議を開始するものです。労働委員会も双方が歩み寄り早期解決するように促しました。

 しかし、正社員に手をつけるような会社は余力がない場合も少なくないのです。和解までのバックペイも必要になります。そのような負担を避けるために懲戒解雇という強硬手段に打って出る会社があるのです。鈴木さんも、理由なき懲戒解雇を受けました。

 ユニオンが労働委員会に申し立てをした後、鈴木さんはすべての顧客の担当を外され、新規開拓のみを命じられていました。鈴木さんは、これまで培った人脈を通じて営業活動を行いましたが、会社はそれを仕事と認めませんでした。すぐに、鈴木さんは戒告処分を受けます。さらに、その2週間後に「業務命令違反」を理由に懲戒解雇を受けてしまったのです。

 当時のことを、鈴木さんは次のように述べています。

「数社の契約獲得が可能でしたが、会社は勝手な仕事をしたとの理由から業務命令違反と判断しました。さらに、業務命令違反行為だから勤務とは認めないとの理由で不就労の処分を受けました。すでに、解雇は予想していましたが、実家の両親宛てに懲戒処分の内容証明郵便が何回も届きました。両親は高齢で病弱でしたので精神的に堪えました」

裁判所に訴えた結果は・・・

 鈴木さんは、東京地方裁判所へ解雇無効による地位確認と未払い賃金の支払い、損害賠償を求めて訴訟を起こしました。1年半をかけて、ようやく和解勧告まで進みましたが、会社側は応じる気配がありません。無い袖は振れないとして、示談する気はないのです。その後も、あらゆる引き伸ばし工作を仕掛け、地裁判決が出るまでに2年余りを要しました。

 ところが、判決が確定したにもかかわらず会社側は未払い賃金、賠償金の支払いをしません。実は、このように裁判に負けても支払いに応じない事例は非常に多いのです。また、強制執行には多額の費用がかかる上、強制執行しても確実に取り立てができるという保証はなく、勝訴しても泣き寝入りを余儀なくされるケースは少なくありません。

 昨今、ブラック企業として話題になるのは、長時間残業や残業代の未払い、パワハラなどが中心ですが、このように社員を陥れて、裁判に負けても開き直って一銭も支払わない会社があるのです。今回のような人員整理をすると、労働者はなかなか太刀打ちできません。このようなブラック企業には、社会全体で対処する仕組みが必要でしょう。

 懲戒解雇は、違法行為や違反行為を犯した社員に対して、会社から課せられる制裁罰です。再就職は極めて困難となり、失業給付を受ける場合や税制面でも一定の制約を受けることになるなど、退職後の生活にも大きな影響を及ぼします。しかし、このようなリストラに巻き込まれないとも限りません。そのためには、付け入られる隙を見せないことが大切です。

SNSはリスクが大きい

 この裁判の過程で、被告が提出してきた証拠には考えにくいものがありました。業務命令違反の証拠として提出してきたものに改ざんが加えられていたからです。鈴木さんは、会社と紛争になってから営業日報の提出を義務付けられました。しかも、分単位で報告をさせる細かいものです。

 また、鈴木さんはFacebookを利用していました。会社との紛争以降はFacebookの投稿を控えていましたが、過去の投稿内容が問題視されました。

 実は、Facebookの会員が、2020年4月1日午前0時に投稿したとします。その場でログアウトした状態で同じページを強制的に読み込むと、2020年3月31日午前8時00分と表示されます。Facebookの本社はカリフォルニア州シリコンバレーにあります。日本との時差は、16時間あり、日本が進んでいます。そのため16時間の誤差が生じるのです。Windows10以降では修正されましたが、Windows7以前には、このような誤差が生じていました。

 会社は鈴木さんの日報と、Facebookのタイムラインを証拠として提出しました。会社の主張は次のようなものでした。

「鈴木氏の日報では仕事をしていたことになっている日時がある。しかし、Facebookでは、同じ時刻に友人と飲み会を開いたことになっている。日報とFacebookを照合したところ半年で10回もこのような虚偽報告があった。これは業務命令違反であり仕事として認めることはできない。よって懲戒処分は不当ではない」

 さらに次のように追い討ちをかけます。

「残業代の不正受給、交通費の不正受給。これは横領である。横領は刑事罰であるから、刑事事件としての起訴も視野に入れている」

 結果的には、鈴木さんがFacebookの正規画面を新証拠として提出するのですが、裁判を遅滞させるには十分すぎる効果がありました。裁判では正しいものが勝つとは限りません。裁判官に与える印象がかなりの影響を及ぼすからです。

 このケースは私たちに警鐘を鳴らしていると思います。まず、会社と労働問題の齟齬が発生した場合、なかなか太刀打ちができません。速やかに専門家に依頼したほうがいいでしょう。弁護士に依頼するなら、労働問題に詳しい専門家を探すことをお勧めします。

 また、会社はいざとなったらあなたのSNSの内容までチェックして、自らの主張の正当化に利用しようとします。いらぬ嫌疑をかけられやすいので社内でのSNSの利用には慎重になるべきでしょう。

 今後、悪質な解雇事例が急増することが予想されます。謂れなき理由で解雇されてしまうような悲劇に遭わないために、会社に付け込まれるような行動や誤解を生むようなSNSの使い方をしないように、われわれはいまから注意しなければなりません。

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