(佐藤 けんいち:著述家・経営コンサルタント、ケン・マネジメント代表)

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 新型コロナウイルスCOVID-19)によるパンデミックは現在進行中の事態であるが、過去の事例と比較検討すると思考の幅が拡がる。歴史に学べ、というわけである。

 その代表格ともいえるのが、第1次世界大戦の末期、1918年に発生した「スペインインフルエンザ」(いわゆる「スペイン風邪」)だ。当時、スペインは交戦国ではなく中立国であったため、比較的正確なデータが公表された。そのことによりスペインの国名が冠せられてしまったが、実際の発生源は米国だとされている。

 日本も含めた全世界に感染が拡大した結果、当時の世界人口の約3割にわたる5億人が感染、最大規模で5000万人が死亡したとされている。膠着化していた世界大戦の集結を早めたとさえ言われるくらいだ。

 さらにさかのぼれば、14世紀から17世紀にかけて欧州と地中海世界を中心に暴れまくった「黒死病」もまた、比較検討する対象として論じられている。「黒死病」については、私もこの連載コラムで取り上げた(参考:「繰り返される中国とイタリアの悲劇的な濃厚接触」)。

 今回は、それとはちょっと違う観点から、過去の巨大事故を比較対象にして、今回のパンデミックが今後に及ぼす影響について考えてみたいと思う。同質の事例を過去にさかのぼるのではなく、異質だが関連性のある事例で比較検討してみるというアプローチである。

「見えない敵」であるウイルスと放射能

NBC兵器」という概念がある。「N」とはNuclear、「B」はBiological、「C」はChemicalの略である。核兵器、生物兵器、化学兵器のことだ。それぞれ放射能、細菌とウイルス、化学物質を兵器として使用する。この3つには共通点がある。それは、いずれも「目に見えない」ということだ。

 匂いをともなうことのある化学物質はさておき、ウイルスや細菌だけでなく放射能もまた、目に見えず、手で触ることも、匂いを嗅ぐこともできない。ウイルス放射能も、いわゆる五感で感じることができない点は共通している。

 放射能は線量計で検知して数値で「見える化」できるのに対して、ウイルスは感染して発症するか、検査キットで陽性反応がでない限り「見える化」されない。その意味では、ウイルス放射能より怖いという側面もある。もちろん、放射能は後遺症が長年にわたって残ることは言うまでもない。

 大きな違いはといえば、放射能は風によって拡散するが、ウイルスは人間が媒介になって拡散することだろう。放射能は風向き次第であり、風向きさえ事前にわかれば回避行動をとることも不可能ではない。ウイルスは人間から人間へと感染が連鎖していくが、感染源が追跡可能なら回避行動はとれる。とはいえ、いったん感染爆発状態となると、ロックダウンでもしない限り、回避行動は困難になる。目に見えない恐怖なのだ。

 ウイルス放射能は、兵器として使用されることがなくても、大規模事故によって拡散することがある。原子力発電所や化学プラント、ウイルス研究所の事故が大規模化した事例は少なくない。

 覚えている人はあまりいないかもしれないが、1984年には、インドのボパールで殺虫剤製造の化学プラントが大爆発し、毒ガスその他の化学物質が周囲にまき散らされ1万人以上が死んだ大惨事が発生している。米国の多国籍企業ユニオン・カーバイド社の工場であった。いまなお後遺症に苦しんでいる人も多く、史上最大の化学事故とされている。

 その2年後の1986年にソ連で発生したのが、チェルノブイリ原発事故だ。言うまでもなく史上最大の原発事故である。国際原子力機関(IAEA)の公式見解で死者4000名、さらに数十万人が強制移動を余儀なくされただけでなく、いまなお放射能の後遺症に苦しむ人びとも多い。

 日本では2011年の「3・11」の翌日に福島第1原発の事故が発生したが、規模としてはチェルノブイリが依然として史上最大である。しかも、ソ連国内だけでなく、風向きの影響で北欧のスウェーデンまで放射能が達したことで、はじめて原発事故であることが発覚したのである。

新型コロナは「生物学的チェルノブイリ」か?

 まもなくチェルノブイリ原発事故が発生した4月26日をふたたび迎えることになるが、新型コロナウイルスパンデミック化とともに、「チェルノブイリ」という固有名詞が原発事故とは異なる文脈で再浮上してきたことに注目したい。

 米国の政治研究者の一部では「バイオロジカル・チェルノブイリ」(Biological Chernobyl)という表現がされるようになってきた。

「生物学的チェルノブイリ」という表現が示唆しているのは、中国共産党による初動の遅れと情報隠蔽が災害を悪化させたという点が、ソ連共産党のもとで発生したチェルノブイリ原発事故に匹敵、あるいはそれをはるかに凌駕するものがあるのではないか、ということにある。自己複製できないウイルスは生物ではないが、ネーミングとしてはインパクトがある。

 また、この表現の背景には、新型コロナウイルスは、なんらかの事故によって漏出したものだという前提がある。コウモリなど動物由来のウイルスがヒトに転移したのだとしても、実験に使用した動物(もしくはウイルス)がずさんな管理によって生物研究所の外部に漏出したのではないか、という疑いが濃厚だ。

 実際、新型コロナウイルスの発生源については、中国人の医学研究者2名の共同執筆による The possible origins of 2019-nCoV coronavirusという論文では、武漢市内の2つの研究所から漏出した可能性が高いことが指摘されている(参考:「失踪した中国人研究者の『消されたコロナ論文』衝撃の全訳を公開する」)。

 この論文は、発表後ただちに当局によって削除されたが、それだけ中国共産党にとっては痛いところを突いており、信憑性が高いと見るべきではないか。なお、この英語論文は、現在でもネット上で閲覧可能である。ぜひ確認していただきたい。

 毒物研究の世界的権威で、1995年オウム真理教によるサリン事件では日本の警察に捜査協力もしている台湾出身のアンソニー・トゥー博士は、「生物兵器研究所から細菌やウイルスなどの病原体が漏れ、騒動になることはよくある」と指摘している(参考:「燻る『新型ウイルス=生物兵器』説、専門家が解説」)。傾聴に値する見解といえよう。この件についてはのちほど取り上げることにする。

スウェーデンで発覚したソ連の原発事故

 まずは、1986年4月26日に発生したチェルノブイリ原発事故の初動の遅れと情報隠蔽について、振り返っておこう。先にも見たように、風向きの関係で風下にあったスウェーデン放射能が検出されたことで、はじめて原発事故が発覚したのである。

 1963年に成立した「部分的核実験停止条約」を監視するため、中立国スウェーデンには国境沿いに無人放射能探知機が多数設置されていた。4月27日、それらの探知機が大気中の放射能レベルの異常な増加を検知し始める。だが、この日が日曜日であったこともあって、誰一人問題にすることがなかった。

 首都ストックホルムの北にあるフォッシュマルク原発でも、翌朝の4月28日午前7時に高レベル放射能が検知された。原発内の3つの原子炉で検査が行われたが、漏洩は特定できなかった。だが、事態を重く見たスウェーデン政府は、午前9時半に原子炉を停止させ、作業員や周辺住民の避難を開始した。

 また、この日の午後から防衛研究所の観測所や気象庁データ、さらには空軍の偵察機によるバルト海上でのサンプル採集の結果、原子炉事故にともなって発生するセシウム137ヨウ素131の比率が異常に高かったこと、風向きの関係から、放射能の発生源がソ連領内の原子炉からのものであることを特定したのである。

 ただちにスウェーデン政府はソ連政府に照会したが、ソ連政府は「説明できる情報はない」と否定的な回答を繰り返すのみ。しびれを切らしたスウェーデン政府が、国際原子力機関(IAEA)に報告すると詰め寄った結果、ついにソ連政府は午後7時に一転してチェルノブイリ原発でのメルトダウンの事実を認めたのである。事故発生からすでに69時間が経過していた。事故発生は、4月26日の深夜、午前1時23分のことだった。

事故の情報を隠蔽したソ連共産党

 当時のソ連共産党書記長は、1985年3月に就任した当時54歳の改革派ゴルバチョフだったが、事故から18日後になって国営テレビ放送で「原発事故にかんする報告」を行っている。

チェルノブイリ・クライシス』(竹書房2011 完全復刻版)によれば、報告のなかでゴルバチョフは以下のように述べているという。「事態の重大性は明白だった。それを早急に、適切に評価する必要があった。われわれは確実な初期情報を入手すると直ちにソ連の人びとに知らせ、外交経路を通じ、諸外国の政府に伝えた」。

 直ちにソ連の人びとに知らせたというのは、明らかな虚偽である。ソ連国内向けの放送では、事故から18日経過時点でも、ソ連国民にはウソをついていた。当時のソ連においては、5月1日メーデーから5日間が国民の休暇になるだけでなく、5月9日の「独ソ戦戦勝記念日」がきわめて重要な政治イベントであったこともあり、事故情報が意図的に隠蔽されたようだ。

 ベラルーシの作家でノーベル文学賞の受賞者スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチは、原発事故から10年後に多数の人びとへの聞き書きをもとにした『チェルノブイリの祈り-未来の物語』(岩波現代文庫、2011)を書いているが、この本を読むと、地方政府の共産党書記長が、事故から5日後のメーデーの時点でも情報開示していなかったことがわかる。チェルノブイリ原発はウクライナに立地していたが、風向きの関係で北に隣接するベラルーシが最大の被害地となったのである。

 中国の武漢で発生した新型コロナウイルスにかんしても、中国政府の初動の遅れと情報隠蔽が被害を拡大したことは疑いない。

 人民解放軍がすでに2019年11月段階で情報を把握していたこと、最高指導者の習近平も情報を知っていながら、その情報を軽視して2020年1月17日から18日にかけてミャンマーを訪問、適切な指示を出していなかった。解任された武漢市の市長の記者会見における発言は、共産党の官僚組織にビルトインされた上意下達が生み出す、「事なかれ主義」という人災であったことを全世界に知らしめた。

 この点において、新型コロナウイルスは「バイオロジカル・チェルノブイリ」と呼ばれて当然であろう。初動の遅れと情報隠蔽が、感染爆発を全世界規模のパンデミックに拡大させた最大要因なのである。

炭疽菌漏出事故がソ連で発生していた!

バイオロジカル・チェルノブイリ」という表現が使用されたのは、じつは今回が初めてではない。1979年3月にソ連の工業都市スヴェルドロフスク(現在はエカチェリンブルク)で発生した炭疽菌(たんそきん)漏出事件が、「バイオロジカル・チェルノブイリ」と呼ばれているのである。

 この漏出事故は、ソ連共産党によって徹底的に情報隠蔽され、極秘扱いとされており、ソ連崩壊後までソ連国内でも国際的にも知られることはなかった。もしかすると、現在でもこの事件について知らない人が多いに違いない。

バイオロジカル・チェルノブイリ」という表現を初めて使ったのは、ソ連の生物兵器研究の実質的責任者で、ソ連崩壊後に米国に亡命したケン・アリベック博士である。ロシア名は、カナジャン・アリベコフという。カザフスタン出身の微生物学者だ。

 アリベック博士が米国亡命後の1999年に出版した『バイオハザード』(二見書房、1999)で、スヴェルドロフスク炭疽菌漏出事故の詳細がはじめて明らかにされた。事故の概要は以下のとおりだ。

 1979年4月3日に、スヴェルドロフスクの生物兵器施設の第19区炭疽菌乾燥プラントから、ヒューマンエラーによって乾燥炭疽菌が漏出、潜伏期間を経た数日後に発病者が発生、最後の感染者が報告された5月19日までに96名が発病し、66名が死亡した。炭疽菌はヒトからヒトへの感染はないとされるが、情報隠蔽のため確かな数字をつかむことは困難である。

 ソ連共産党当局は事故を把握しながら、周辺住民に対して情報隠蔽ともみ消しを行い、初動の遅れから住民被害を拡大させたのである。というのは、1972年に「生物毒素兵器禁止条約」が成立し、ソ連もまた条約に調印していたにもかかわらず研究を続けていたからだ。当時のスヴェルドロフスクの州委員会第1書記は、ソ連崩壊後の新生ロシア共和国の初代大統領となったエリツィンであった。

 ちなみに、スヴェルドロフスクの生物兵器研究所は、帝国陸軍731部隊(通称、石井部隊)が満洲で培養していた細菌兵器の情報ファイルをソ連軍が接収し、その情報をもとに第2次大戦後に設置されたものだ。

 アリベック博士の本が出版された2年後には、炭疽菌テロが米国内で実行されている。乾燥炭疽菌の白い粉が入った封筒がマスコミや上院議員に送られるというバイオテロが、「9・11」後に2回にわたって行われたのだ。死者5名、負傷者17名が出ている。

 この炭疽菌テロ事件は全米を震撼させた。以後、米国は生物兵器によるバイオテロにはきわめて敏感になっている。

アフターコロナ時代に中国共産党は生き延びられるか

 先にも見たように、チェルノブイリ原発事故の際には、その前年に改革派のゴルバチョフが書記長に就任していた。ソ連共産党最後の最高指導者である。長い余生を送っている現在89歳のゴルバチョフは、日本でいえば徳川慶喜のような存在だ。

 社会主義政治経済体制の再構築を意味する「ペレストロイカ」を推進したのがゴルバチョフだが、硬直化した官僚制度のためチェルノブイリ原発の事故情報が思うように集まらなかったことに業を煮やしていた。そこで導入したのが「グラスノスチ」であった。言論・思想・集会・出版・報道などの自由化・民主化のことである。

 一方、ゴルバチョフ改革によって民衆がパワーをもった結果、1991年末のソ連崩壊につながったとみなした中国共産党は、鄧小平時代にソ連崩壊プロセスを徹底的に研究している。最高指導者の習近平は終身書記長に就任し、テクノロジーによる情報統制と国民監視による締め付けを強化、強権体質を強化して中国共産党の崩壊を絶対に阻止しようと決意している。

 だが、武漢発の新型コロナウイルス情報の隠蔽が行われたことに対して、中国国民の不満が高まっていることは周知の通りだ。はたして中国共産党は、今後も盤石の状態を維持できるのかどうか。

 1986年当時のソ連は、79年から始まったアフガン戦争が泥沼化し膠着状態に陥っていた。衰退過程にあったソ連は米国が仕掛けた軍拡競争で経済が疲弊し自壊したが、2020年時点では、米中は覇権をかけて死にものぐるいの戦いの最中にあり、パンデミックの最中にも停戦状態にはない。

 とはいえ、中国経済はけっして盤石の状態ではない。日本のバブル経済崩壊時に匹敵する不良債権を抱え、しかも少子高齢化には歯止めがかからない。社会保障制度の不備のため消費主導の経済構造の改革も進まず、中国経済は見かけほど強靱なものではないことは、以前から指摘されているとおりだ。改革を先送りすることで、かろうじてバブル崩壊を食い止めているに過ぎない。

 もちろん、バブルが崩壊したからといって、ただちに国家破綻するわけではない。現在の中国は、ソ連崩壊時のソ連とは違う。中国共産党新型コロナウイルスパンデミックでただちに崩壊に至るとは考えにくい。

 だが、以下のような動きが始まっていることに注目したい。いずれも新型コロナウイルスパンデミックに対して中国政府イコール中国共産党の責任を問うものだ。

 米国ではすでに中国政府を相手にした集団訴訟の動きが出ている(参考:「米国で連発、新型コロナ拡散で中国相手に集団訴訟」)。弁護士社会の米国では集団訴訟はよくある話だが、すでに腕利きの弁護士が一枚絡んだ訴訟も動き始めているという。また、米国議会でも中国共産党を非難する機運が高まっている。

 英国の新保守主義系のシンクタンク、ヘンリー・ジャクスン・ソサエティ(HJS)からは、「Coronavirus Compensation? Assessing China’s Potential Culpability And Avenues Of Legal Response」(「新型コロナウイルスの補償?-中国の過失責任の見込みと法的対応への道」)というタイトルリポートが今年4月に出ている。人命被害を除いたG7加盟諸国の経済損失の総額はリポート発表時点で約4兆米ドル(日本円で約440兆円)になるとしている。

 英国では、ボリス・ジョンソン首相が新型コロナウイルスに感染し、一時期はICUに収容される事態まで発生している。米国の意に反して、5Gの基地局の導入に中国企業のファーウェイを採用することを表明していた英国だが、見通しが不透明になってきた。

 報道によれば、英国政府のある高官は、「中国は覚醒する時が来た。そうでなければパーリア国家(pariah state)になる」と、警告している。「パーリア」というのは、「賎民」とか「のけ者」という意味だ。きわめて強い表現である。

 新型コロナウイルスパンデミックとの戦いは現在進行形であり、ウイルスの封じ込めに向けて国際協調が求められることは言うまでもない。だが、もうすでに「アフターコロナ時代」に向けての動きが始まっているのである。それは経済だけではない、さまざまな局面で大きな地殻変動が始まろうとしているのである。

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チェルノブイリ原発4号機を覆う巨大シェルターの正式稼働開始式典に出席したウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領(左)(2019年7月10日、提供:Ukrainian Presidential Press Service/ロイター/アフロ)