『どこかへ行こうと』昭恵夫人が安倍首相“コロナ警戒発言”翌日に大分旅行

週刊文春」の記事。またしても昭恵さんホームラン

 安倍首相新型コロナウイルスから「自らの身を守る行動を」と警戒を呼びかけた翌日に旅行というのもすごいが、読みふけってしまったのは旅行の内容である。「ドクタードルフィン」を自称する医師の松久正氏が主催する〈神ドクター降臨 in Oita〉というツアー。昭恵さんは、大分県宇佐市の「宇佐神宮」参拝のみ合流したと松久氏が証言している。

 この松久氏は、

ドクタードルフィンの超高次元医学(診療)では、薬や手術というものを一切使いません。患者自身で問題(人生も身体も)を修復する能力を最大限に発揮させます〉

 という「診療方針」らしい。新型コロナウイルスについては、

〈不安と恐怖が、ウィルスに対する愛と感謝に変わった途端、ウィルスは、目の前で、ブラックホールから、突然、喜んで、消え去ります〉

 とフェイスブックで述べているという。どうやらこれが昭恵夫人に響いたっぽい。

 昭恵さんの神出鬼没で不特定の人と接触する行動は今こそ政府として対策を取るべきだと私は以前から主張しているが、今回改めて気になったのは昭恵さんの「思想」「スピリチュアル志向」である。そこに一連の昭恵夫人騒動や事件の本当のカギがあるのではないか?

朝日新聞「安倍昭恵氏の思想とは」

 過去の新聞記事を探してみた。私の「昭恵さんスクラップ」からこちらの記事を紹介したい。

「安倍昭恵氏の思想とは」(朝日新聞2017年4月6日

 ズバリである。これが書かれたのは昭恵さんが森友学園への関与で注目されていた頃。注目したいのは「文化・文芸」欄で特集されていること!

 というのも森友問題の前まで昭恵さんはよく「家庭内野党」と言われていた。今となっては目頭が熱くなる懐かしいフレーズだが、

《脱原発に共鳴し、巨大防潮堤の建設に疑問を呈し、有機農法に取り組む。左派的イメージの言動で、右派的な夫との〈違い〉が注目されてきた昭恵氏。》(朝日・同)

 たしかにそうだった。しかし森友をきっかけに論壇では昭恵さんの思想に新たな角度から光が当てられているという。だから「文化・文芸」欄なのである。

《焦点は、スピリチュアルへの傾斜と国粋的な傾向とが共存しているように見える点だ。》(朝日・同)

首相公邸に5人の秘書がいた昭恵さん

 まず登場するのはノンフィクション作家の石井妙子氏。

 石井氏はこの年、「文藝春秋2017年3月号で「安倍昭恵『家庭内野党』の真実」を書いていた。特筆すべきはその号が発売された前日に、朝日新聞に森友学園国有地払い下げ問題の一報があったこと。つまり森友問題発覚の前から「一体、首相夫人とは公人なのか、私人なのか」、「昭恵さんの行動原理は何なのか」が一つのテーマになっていたことがわかる。

 今回石井氏のルポを読んでみると、昭恵さんにインタビューするために首相公邸へ出向いたところ、5人の秘書がいたことが最初に書かれている。

《首相夫人に公費で、これだけの秘書がつくようになったのも、第二次安倍政権からという。やはり夫人といえども、公人なのだと改めて思うと同時に、「女は結婚によって人生が大きく変わる」と常々講演会などで語る彼女の言葉が自然と思い出された。》

安倍夫妻の共有点「『日本の伝統』を称賛」

 昭恵さんは首相に対して「家庭内野党」と言われてきたが実は「ふたりは価値観の基礎の部分を共有」していると石井氏は指摘する。以下は石井ルポをまとめた前出の朝日記事。

《共有点の一つは、「日本の伝統」を称賛し、それが敗戦を機に米国によって奪われたと考える傾向だ。》

 例えば昭恵さんは日本古来の伝統だった大麻栽培が戦後は米国によって禁止されてしまった、との考えを示しているが、それもここから。さらに、

《もう一点として「信仰」も挙げた。水は人間の思いを受け取ると主張した「水の波動」理論で知られる江本勝氏(2014年死去)。昭恵氏がその主張や神道に共鳴している点を紹介しながら石井氏は、首相夫妻が「信仰」的なものも媒介にして深く結びついている可能性を示唆した。》(朝日・同)

 この部分、石井ルポを読むとさらに詳しい。「水の波動研究者」「スピリチュアルマスター」と自称した江本勝氏と関係が深かったのは昭恵さんではなくむしろ安倍家であったという。付き合いは父・晋太郎の代から続いていた。

《江本は福島県放射能汚染水を「愛と感謝の祈り」を日本中から送れば浄化できると主張。これを信じた昭恵もネットを通じて、江本先生からのメッセージを実践しようと呼びかけている。》(「安倍昭恵『家庭内野党』の真実」)

 いかがだろうか。どこか今回の〈不安と恐怖が、ウィルスに対する愛と感謝に変わった途端、ウィルスは、目の前で、ブラックホールから、突然、喜んで、消え去ります〉というドクタードルフィンの言葉に似てないだろうか。

「祈る」ことで何かが解決すると思っていたら……

 朝日記事では、前年(2016年)に昭恵さんにインタビューした社会学者の西田亮介氏の言葉も紹介している。

《戦前の強かった日本が好きだという心情と、スピリチュアルエコロジー。それらが混然一体になっている感じでした》

 西田氏は昭恵さんへのインタビューで「主人自身も特別な宗教があるわけじゃないんですけど、毎晩声を上げて、祈る言葉を唱えているような人なんです」という言葉も引き出していた。

 信仰の自由があるし、特別な信仰がなくても自然とか自分より大きなものを敬う気持ちはとても大事だと私も思う。

 しかし、もし偉い人が「祈る」ことで何かが解決すると思っていたら……首相会見でポエム的なメッセージや精神論が多いのはここに「要因」の一つがあるのでは? と余計な下世話も考えてしまった。

 布マスク2枚配布や星野源動画との「コラボ」は側近の進言をそのまま取り入れたというが、それほど身内重用なら夫人の影響だって高いだろう。石井ルポにはこんな考察もある。

《「あなたは天命で神によって首相に選ばれた」と信じきっている妻の言葉よりも強い励ましはないはずだ。年の若い、この妻は夫にとって、それこそ天衣無縫な巫女のような存在なのではないだろうか。》

 これを読んでしまうと、昭恵さんの言動は単なる「お騒がせ」レベルのネタではないように思えてきた。

著書『「私」を生きる』名言の数々

 気になったので昭恵さんの著書『「私」を生きる』(海竜社、2015年)を読んでみた

 2007年に首相夫人という「型」がなくなったとき、「五十歳からの人生に向けて、安倍晋三の妻としてより、一人の女性、安倍昭恵としてどう生きるか考えたい」と思ったのだという。

 “名言”がたくさん出てくる。

・あえて入念な下調べをせず、特定の目的意識も持たず、とにかく現地に行ってみて、自分の目で現状を見る、そこにいる人たちの話を聞く。そのなかで直感的に「取り組みたい」と思ったことを、次の活動につなげる。

・別に霊感があるわけではありませんが、私にはそれが神の声に感じられました、自分が進む方向はいつも、このように決まります。

・その直感的な判断が間違っていたということはほとんどありません。私は、自分の直感をとても大事にし、信じています。

「権力」の源を十分自覚している昭恵さん

 話を戻す。

 この本を読むと昭恵さんは本当に楽しそうだ。人目を気にしていた第一次政権の反省から「自分の心にまっすぐに」行動したら各地で歓迎されたからだ。嬉しいに決まってる。

 しかし気になるのは「個人」を全開にしているようで「首相夫人」という看板を出して庶民がありがたがっている様子に満足げなところだ。自分の「権力」の源を十分自覚している。

 そしてさらに今回わかったこと。過去の「安倍昭恵氏の思想」記事やルポ、インタビューを読んでみると、この時期でもいろんな人に会い、全国を飛び回るのは「私がみんなに元気を与えられる」という強烈な自分信仰があるように思えるのだ。

アメノウズメ」に因んだ居酒屋「UZU」

 著書では昭恵さんが経営する居酒屋「UZU」についても書かれている。

《そもそも、UZUという店名が、古事記の天の石屋戸のエピソードで活躍する、アメノウズメという神様に因んだものです。》

《天の石屋戸という洞窟にお隠れになってしまったアマテラスオオミカミを外に連れ出そうと神々が画策した“大宴会”で、アメノウズメがおもしろおかしく踊り狂い、まんまと計画を成功させた、というあのお話です。》

 昭恵さんは「石屋戸を開いて世の中を少しでも明るくしたい」「新しい価値観を発信し、世の中に新たな渦を巻き起こしたい」と述べている。

 そういえば今回昭恵さんがドクタードルフィンツアー一行と訪れた宇佐神宮は「一説には卑弥呼の墓があるとも言われる」(「週刊文春4月23日号)という。

 アメノウズメとか卑弥呼とか、もしかして自分もその系譜だと思ってないだろうか? だとしたら壮大な勘違いである。

 昭恵さん、家にいてください。

(プチ鹿島)

「文藝春秋」2017年3月号でインタビューを受けた昭恵夫人 ©文藝春秋