(桃田 健史:自動車ジャーナリスト)

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 今(2020年4月)から2年ほど前は、なにかと話題になった自動運転。全国各地で始まった社会実証や、アメリカでの実証中の死亡事故など、自動運転に関連するニュースが世の中を騒がせた。だが、最近は自動運転に関する報道が一気に減った印象がある。

 そうした中、自動運転絡みで大きな動きがあった。

延期される大々的な「自動運転実証」お披露目

 日本自動車工業会は4月22日、「自動運転実証公開の延期のお知らせ」というニュースリリースを出した。

 日本自動車工業会は2020年7月6~12日の7日間、羽田空港地域、羽田空港から臨海副都心・都心部、そして臨海副都心地域で★「自工会 2020年自動運転実証」の開催を予定していた。企業10社が参加して約80台の自動運転車を用いて行う大規模な自動運転実証のお披露目だ。★そのお披露目を延期するという。

 延期の理由は、新型コロナウイルス感染症の拡大による影響だ。いつまで延期されるのかは現時点で公表されていないが、開催の趣旨からすると、来年(2021年)6~7月頃になるのではないだろうか。東京五輪に対応するためである。

 安倍総理は2018年3月の未来投資会議で、「2020年東京オリンピックパラリンピックで自動運転を実現する。信号情報を車に発信し、より安全に自動運転できる実証の場を東京臨海部に整備するなど多様なビジネス展開を視野に一層取組を強化する」と発言している。

 この実証試験は、内閣府が中心となり、関係各省庁、民間企業、大学・研究機関等が連携する「戦略的イノベーション創造プログラム」(通称「SIP」)の一環である。オールジャパン体制による自動運転技術を世界に向けて発信するため、国が主導で計画を進めた。

 2014~2018年度が法整備や技術の基盤をつくる第1期とされ、2019年度からは通信との連携を主体とする第2期に入っている。今回延期が決まった実証試験は、東京五輪を見据えて行われるいわば第2期のハイライトであった。

現実を直視するようになった技術者たち

 実証実験の延期は、今後の自動運転の実用化に向けてどのような影響を及ぼすのか?

 筆者はこれまで、SIP自動運転実証に関わる様々な分野の企業に定常的に取材してきた。その経験から言うと、自動車メーカーの技術者たちは今回の延期に対して冷静に対応していると思う。

 なぜならば、2018年後半頃から欧米では、国や大手メーカーが自動運転実用化に向けて慎重な姿勢を示すようになり、それを受けて日本メーカーの間でも自動運転の普及に対する慎重論が出てきたからだ。

 背景には、レベル3で行う「テイク・オーバー・リクエスト(TOR)」の難しさがある。

 自動運転には1~5まで5つのレベルがあるが、レベル3以上はシステムが運転の主体となる。運転の責任を車のシステムが担うということだ。ただしレベル3では、車のシステムが走行継続が困難だと判断した場合、車内での音声や表示、またはシートの振動などを通じて、手動運転(レベル2以下)への切り替えをドライバーに要求する。これが「TOR」という考え方だ。逆にドライバーのほうから車のシステムに自動運転を要求することもTORである。

 TORで最も重要なのは、いつ、どのような状況で行われ、その結果がどうなったかを記録することだ。運転の主体が変わるため、運転の責任の所在を明確にする必要があるのだ。TORに関するデータを車内に一定の期間保管することについて、日本では法的な整備も進んだ。2019年9月13日には道路交通法の一部改正が閣議決定され、レベル3の実用化が可能になった。こうして、法的にも技術的にもTORを伴うレベル3の普及に向けての準備が整った。

 しかし、実際にレベル3を実用化するためには、解決すべき大きな問題がある。それは「交通ルールを守ることによって、安全な走行ができなくなる」という問題だ。

 筆者はこれまで一般路や高速道路で、様々なレベル3実験車両に試乗してきたが、法定速度で走行していると何度も「あおり運転」された。レベル2までは、ドライバーがいわゆる実勢速度を判断して加速することで交通の流れに乗ることができる。ところが、システムが法定速度を順守するレベル3では、交通の流れのなかで結果的に邪魔者扱いされるのだ。

 自動車メーカー各社は、こうした現実を承知の上でこれまで技術開発を続けてきた。だが、多くのエンジニアは今でも「本当にこれで良いのか?」という疑問を持っていると思う。

 ホンダは2019年7月に和光事業所で一部メディア向けに最新技術説明会・ホンダミーティングを開催し、「2020年夏を目途に、渋滞時のみレベル3となる自動運転技術を量産化する」と発表した。しかしそれ以降、ホンダから詳しい情報開示はない。

「MaaS」の初期バブルは終焉へ

 レベル3では緊急時にドライバーが運転を行うが、レベル4は「高度運転自動化」と言われ、TORを伴わない。特定のエリアですべての運転制御を車両システムが行う。レベル4については、専用の走行空間を設定した公共的な交通システムとしての普及が見込まれている。この分野は近年「MaaS」(モビリティ・アズ・ア・サービス)という概念の中で議論されてきた。

 筆者は取材者の立場だけではなく、福井県永平寺町エボリューション大使という行政側の立場でも、MaaS関連で数多くの事案に接してきたが、2019年は様々な事業分野で「猫も杓子もMaaS」といった感じのMaaSバブル状態になったように感じる。

 それを踏まえて今言えるのは、2020年は各企業が足元の事業の立て直しを優先するなか、MaaS初期バブルは終焉することになるだろう、ということだ。新型コロナウイルス感染症の影響で、人々は自動運転のあり方について改めて考えることになる。

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