ライオネル・メッシ 写真提供: Gettyimages

一流クラブで大活躍する選手が必ずしも代表チームでも結果を出せるとは限らない。とてつもない勝利をクラブで重ねたスター選手が、国を背負ったワールドカップユーロなどで優勝を獲得できずに引退したケースも少なくない。

今回はバルセロナミランレアル・マドリードなどで多くのタイトルを手にしたが、代表チームで結果を出せていないスター選手をご紹介する。

パオロ・マルディーニ 写真提供: Gettyimages

マルディーニ

ミランレジェンドであるパオロ・マルディーニは自分のバイオラフィーで自身のことを「失敗作」と自嘲し、代表経験についてこう語っている。「イタリア代表選手として多くの素晴らしい選手とプレーしたが、何も優勝できなかった。それがきっかけとなり、2006年ワールドカップ前にリッピ監督から連絡が来た際に代表選手の座を譲ることにしたんだ。そして、私が出場しなかった大会でイタリア代表は優勝。運が良いとは言えないね」

確かにマルディーニはついていない。ワールドカップの決勝トーナメントでは3回のPK戦に敗北(1998年の準々決勝、1990年の準決勝、そして1994年の決勝)。2000年ユーロではゴールデンゴール(延長戦の勝利チーム決定方式の1つ)で負けた経験もある。

レジェンド級の活躍を見せたマルディーニが、バロンドールをに手が届かなかった理由でもある。

リオネル・メッシ 写真提供:GettyImages

メッシ

リーガ10回、チャンピオンズリーグ(CL)4回、クラブワールドカップ3回など、リオネル・メッシは数え切れないほどのタイトルバルセロナで手に入れた。ブラウグラナ(バルセロナの愛称)の歴史の中で最もゴールを生み出した男でもある。

しかし、同郷のレジェンドディエゴ・マラドーナに並ぶためには足りないタイトルが1つある。それがワールドカップ優勝だ。

メッシは代表の試合において、スペインで見せている活躍ができていない。特に無得点に終わった2010年ワールドカップが印象的だ。

アルゼンチン代表チームクオリティーは原因の1つだろう。弱いチームではないがヨーロッパの名門代表チームと比べると、力の差がはっきりと見える。(特に守備の面では)

ヨハン・クライフ 写真提供: Gettyimages

クライフ

2016年に亡くなったヨハン・クライフは、現代サッカーに最も影響を与えた男の1人だ。選手時代はバルセロナアヤックスで大活躍を見せ、監督としてのフィロソフィージョゼップ・グアルディオラなどの若手指導者の基礎となった。しかし、代表では2大会連続でワールドカップ決勝で敗北。優勝を逃し続けた。(1974年1978年

特に1974年大会の決勝は忘れられない試合となった。オランダ代表は決勝まで無敗で進み、失点もわずかに1つだけ。その失点も相手チームから決められたものではなく、オウンゴールから生まれたものだった。決勝戦では歴史のあるドイツ代表が相手だったが、試合開始からオランダは力を見せた。素晴らしいパスワークオランダ代表は敵陣まで押し込み、試合開始から2分も経たない内にPKを獲得。早々に先制した。

最終的にドイツ代表のフィジカル的なサッカーに耐え切れず2-0で敗れたオランダ代表。しかし、オランダ代表が生み出した新しいプレースタイルサッカーの大部分が変化したと言っても過言ではない。そしてその代表を輝かせていたのは他の誰でもないクライフだったのだ。

ラウル・ゴンザレス 写真提供:Gettyimages

ラウル

ラウル・ゴンサレスレアル・マドリードエースであり、ロス・ガラティコスでリーグ6回、CL3回など、多くのタイトルを手に入れた。そして、ロナウドに続き、このクラブの歴史の中で2番目に多くの得点を奪った男でもある。

出場試合数も凄まじい。リーガでは550試合、CL戦では144試合、代表チームでも100試合以上に出場した。通算で1063試合に出場したまさに怪物だ。

しかし、彼でさえ代表選手としては何も獲得することできなかった。しかし、彼が代表を引退すると(2006年スペイン代表の黄金時代が始まる。2008年2012年ユーロ、そして2010年ワールドカップ優勝を手に入れたのだ。マルディーニと同じく、ラウルにも運がなかったと言えるだろう。