ニューヨーク商品先物取引所で20日、WTI 5月物の価格が1バレルマイナス37.63ドル(清算値)となり、原油価格が史上初のマイナスを記録した。

今年初めには、米国とイランの間で軍事的緊張がこれまでになく高まり、WTI原油価格は1月5日に64.72ドルまで値上がりしていた。その当時からは想像できない数字だが、それだけ新型コロナウイルスによる影響が深刻という証でもある。

では、マイナスになるというどういうことか。プラスの場合は、買い手がお金を払って売り手から物を得るが、マイナスの場合は、売る側が買う側にお金を払ってでも引き取ってほしいという構図だ。もちろんそんな都合の良い話がやってくるわけないのだが、今回は極めて異常な事態と言っていい。

原油安は何をもたらすのか

新型コロナが広範囲に与えた影響で原油の需要が大幅に減少し、国際原油価格が下落を続けている。では、そのことによるメリットとデメリットは何だろうか。

まず、原油価格が下がるということは、当然安く購入できるということだ。日本は原油の9割をイランサウジアラビアなど中東地域に依存しているが、テロや紛争が長年絶えない中で原油価格の乱高下に翻弄されてきた。

その日本で、原油安でまず思い浮かぶ身近な恩恵はガソリン価格の低下だろう。実際、資源エネルギー庁の「石油製品価格調査4月22日 結果概要版)」によると、4月20日時点のレギュラーガソリン1Lあたりの店頭現金小売価格は130.9円で、1月20日時点の151.6円をピークに13週連続で下落している。

一方、原油価格の低下は大きなリスクも伴う。

UAEカタールバレーンなどといった湾岸諸国は、その多くをオイルマネーに依存している。たとえば、カタールには所得税消費税などがなく、電気や水道などの光熱費、病院などの医療費、幼稚園から大学までの教育費などが全て無料で、カタール国民1人あたりのGDPも日本とは比較にならないほど高い。

だが、これらは莫大なオイルマネーによる成功なのである。原油価格の下落が長期間にわたって続くと、今までのような潤った生活はできなくなり、他の国々と同じように、税金を払い、医療費や教育費も一定額を支払うことになるだろうが、それに反発する国民のデモや暴動が激しくなるリスクもある。

これはカタールだけでなく、UAEクウェートサウジアラビアでも同じような話になるだろう。

また、カタールではカタール国籍者より圧倒的多くの出稼ぎ労働者が働いているが(カタールの人口の8割から9割)、彼らの給与は決して高くなく、衰退する石油産業のしわ寄せは、まず出稼ぎ労働者たちにやってくる。

ビルや道路の建設に従事する出稼ぎ労働者の存在なしに、今のカタールの近代化はない。オイルマネーの長期的下落は、国家そのものの発展や繁栄に悪影響を及ぼす可能性もある。

「LIMO[リーモ]の今日の記事へ」

産油国の不安定化による負の連鎖

そして、ロシアベネズエラシェールオイルを持つ米国などの産油国にとっても大きな打撃だ。供給が需要を上回る状況が長く続くと、各国の石油産業の衰退が進み、賃金低下や失業など深刻な影響が出てくる。

産油国であるイランでは、米国による経済制裁によって雇用状況が悪化し、若者たちの不満は極めて高い状況にある。そこに今回の原油安が拍車を掛けるならば、イラン経済が受けるダメージは測り知れない。

原油価格の下落によって、ガソリン価格が安くなると嬉しくなる人もいるかも知れないが、潜在的には、その長期化は産油国の経済の衰退、デモや暴動、テロなどを誘発し、原油価格のさらなる不安定化を招くリスクがあるのだ。