良い睡眠を取るのは難しい

 みなさんは、毎日ぐっすり眠れていますか?

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 夜決まった時間に眠くなり、ベッドに入ったらすぐコテンと入眠し、夜間は一切起きることなく、決まった時間に爽やかに目が覚め、気力と体力の充実を感じる・・・。

 この現代社会において、いったいどれぐらいの人がそんな睡眠を取れているのでしょうか?

 現代では、睡眠にまつわる様々な情報が氾濫しています。

 人は何時間眠るのがベストなのか、良い睡眠を取るためにはどうすればいいのか、寝具はなにがいいか・・・など実に多彩な情報があふれています。

 睡眠についての情報がこれだけあるということは、逆説的に、「良い睡眠を取ることが、いかに難しいか」ということを示しています。

 睡眠というのは、寝て、起きるだけのことですが、非常に奥が深く、難しい。

 みなさんの中にも、

「横になってもなかなか眠れない」

「もっと長い時間眠りたい」

「質の良い睡眠が取りたい」と思っている方が多いのではないでしょうか。

 そして、このコロナ騒動の中では、良い睡眠を取り、生活のリズムを保つことがますます困難になっています。

 なぜなら、睡眠障害にはいくつかの原因がありますが、そのほとんどが、リモートワークや自宅待機(以下、リモートワーク)によって悪化する可能性が高いからです。

 今回から数回にわたって、睡眠障害リモートワークの関係、そしてその対処法について解説していきます。

 まずは睡眠のメカニズムについて解説します。

 睡眠は、2つのシステムによってコントロールされていると言われています。

 1つは「体内時計」。

 みなさんもどこかで聞いたことがあるのではないでしょうか。

 この体内時計の中枢は、脳の視交叉上核という場所にあり、人間の場合はおよそ24時間周期(後述します)のリズムを刻んでいます。

 体内時計でコントロールされている現象は多岐にわたりますが、まずなにより大きいのは睡眠-覚醒のリズムです。

 夜になると眠くなり、朝が来ると目を覚ますというリズムがあるのも体内時計のためです。

朝昼晩で別の体を持っている

 誰しも、学生時代などに徹夜をしたことがあると思います。徹夜をすると明け方ごろに猛烈な眠気に襲われますが、ある一線を越えると眠気がやわらいだ、という経験はないでしょうか?

 これも体内時計によるリズムのためです。体内時計によれば、覚醒する時間帯なので、眠気がいったん軽減されるのです。

 体内時計によるリズムは、人間だけではなく、植物にも備わっています。

 たとえば、アサガオを暗い場所に置いておくと、日の光を浴びなくても、約24時間ごとに花が咲きます。

 この現象も、アサガオがやはり約24時間周期のリズムを持っているから起きるのです。

 睡眠以外にも、体内時計がコントロールしているものとして、ホルモンの合成・分泌、体温や血糖値の調節などがあります。

 そしてその結果、体の各臓器の働きも、時間帯によって差が生じます。同じものを食べるとしても、朝と夜では消化吸収の度合いが変わるし、同じ薬を飲むにしても、朝と夜では効果に差が生じるのです。そのため、どのタイミングで食事するか、薬を投与するかといったことを研究する、「時間栄養学」、「時間薬理学」という学問まであります

 私たちは、朝、昼、夜では別の体を持っていると言っても過言ではありません。

質の良い睡眠につながる生活習慣

 睡眠をコントロールしているもう一つのシステムは、体の状態をある一定に保とうとする「ホメオスタシス」という機能です。

 たとえば、前日が睡眠不足だった場合に、いつもより早く眠くなったり、眠りが深くなったりして、帳尻を合わせようという仕組みです。

 しかし、ホメオスタシスではなく、もう一つ体内時計があるという説もあり、睡眠の詳細なメカニズムについては、実は専門家の間でも意見が分かれています。

 ここでは、まず大きな流れとして体内時計があり、付随するいくつかの要素があって睡眠は成り立っている、という理解で結構です。

 脳科学はひと頃よりは大いに解明が進んだといえ、まだまだ分からないことが山のように残っています。

 しかし、専門家はさておき、私たち一般の人にとっては、実はそれは大した問題ではありません。

 一般の人にとって大切なのは、どうインプットすれば、どうアウトプットされるかということにつきるからです。

 今回の睡眠の場合には、どのような生活習慣(インプット)が質の良い睡眠(アウトプット)につながるのかということです。

 その過程は、別にブラックボックスでも構いません。

 たとえば、「笑顔を作って脳内物質であるセロトニンを出し、幸せになろう!」といった記事を時々見かけます。

 これはこれで事実の可能性もあり、もちろん構わないのですが、本当にセロトニンが出ているのか、はたまた実はドーパミンなのかなどは、あまり本質的な事柄ではないはずです。

 大事なことは、笑顔を作ったら(インプット)、幸せになるかどうか(アウトプット)だからです。

 このことは、脳科学全般に当てはまることだと思います。

体内時計をリセットする社会的制約

 さて、体内時計の話に戻ります。

 体内時計の周期は人によって違うのですが、ほとんどの人は「24時間より長い」と考えられています。

 以前は1日25時間というのが定説でしたが、現在では、おおむね24時間10~20分の間に入ると報告されています。

 ということは、人体にとっては本来24時間10~20分で1日なので、何もなければ生活リズムは少しずつずれていくはずです。

 しかし、多くの人は地球の自転である24時間周期に合わせて生きています。

 つまり、どこかで体内時計を毎日リセットする仕組みがあるのです。

 その仕組みの一つは「社会的な制約」です。たいていの場合、仕事や学校の始業時間は決まっているので、それに合わせて起床し、食事をし、通勤・通学をします。

 その強制力があるから、1日24時間のサイクルを保つことができるのです。

 しかし、このコロナ騒動の中、非常に多くの人がリモートワークを余儀なくされています。

 その結果、1日24時間のサイクルを保つための社会的な制約が緩んでしまっていて、生活リズムを崩す人が続出しています。

 学生時代の夏休みを思い出してみてください。学校があった時よりも、朝の起きる時間はどんどん遅くなっていきませんでしたか?

 親に怒られて起きださない限り、ベッドから出るのが億劫だったのではないでしょうか?

 それと同じ現象が、いま起きているのです。

リモートワークで放棄される社会性

 ここでもしかすると、「いや、私はそれでも構わない」という人もいるかもしれません。

 確かに極端な話をすれば、独身のクリエイターなどで、たとえ毎日20分ずつずれていって、72日(3日×24)かけて元に戻るというサイクルになったとしても、大きな弊害のない可能性はあります。

 このように、体内時計のリズムそのままに過ごすことを、専門用語で「フリーラン(free-run)」と言います。

 多少、魅惑的な響きすら感じます。

 しかし、一般的な仕事をしていて、テレビ会議であったとしても他者とのコミュニケーションが定期的に必要である人、家族などの同居人がいる人であれば、やはり自由気ままにフリーランするわけにはいかないでしょう。

 同じ時間に情報や経験、感情を共有できなれば、生まれた齟齬が少しずつ積み重なっていき、社会的な生活を送るのが困難になっていく可能性が高いからです。

 リモートワークのメリットはたくさんありますが、「社会性を放棄できる」という項目は、基本的には入っていません。

 やはり、いくらかの努力を引き受けて、何時に起きるかはさておき、属するコミュニティの共通ルールとしての24時間サイクル自体は保たなければなりません。

 そのためには、体内時計を毎日きちんとリセットする必要があるのです。

失われる曜日感覚

 リセットのためにもっとも大切なのは、「朝に日の光を浴びること」です。

 眼の網膜から自然に入力された光の情報には、全身の体内時計をリセットする働きがあることが分かっています。

 これは晴れの日でなければ効果がないわけではありません。

 曇りでも、雨でも、体内時計をリセットするだけの光量は保たれています。

ですので、朝起きたら、できるだけ早めにカーテンを開け、外界の光を浴びる。可能であれば、外に出てちょっと散歩をする。

 それが24時間サイクルを保つための、もっとも大事なポイントです。

 また、毎日の食事をできるだけ同じ時間に取るなど、1日のイベントをできるだけ固定することも大切です。

 今までの生活であれば、それもなかなか難しかったかもしれません。

 たとえば、突発的な仕事が入ることで、食事の時間や帰宅時間、就寝時間がずれたりすることもあります。

 その結果、平日は多少睡眠時間が短くても、土日に多めに眠って疲労を解消する、という人も多かったのではないでしょうか。

 しかし、現在はどうでしょう?

 もちろん個人差がありますが、リモートワーク中心であれば、時間の融通はかなり利くはずです。

 習い事や子どもの学校もないので、曜日の感覚が無くなっていき、平日と土日の境界すら薄れてきてはいないでしょうか?

 仕事と休息が1日のうちに混在し、「毎日が土曜日」という感覚の人もいると思います。

 特にフリーランスの場合は、いつでも仕事ができるので、明確な休日を設定することが難しくなってしまいます。

 しかしこの状況にも実はメリットがあります。自分の生活リズムの真の姿が見極めやすくなっているのです。

「平日は睡眠時間が短くて、土日に多めに眠る」のであれば、平日も土日も、自分にとって、もっとも適した生活リズムでは暮らしていない、ということになります。

 しかし、毎日を同じようなリズムで過ごしていれば、自分は何時間眠ればコンディションがもっとも良く、体内時計を無理なく合わせられるのか、といったことを判断するのに役立ちます。

 こんな経験は、人生でもう2度とないかもしれません。ぜひ、自分の体のリズムに、耳を澄ませるようにしてみてください。

 次回はリモートワークが睡眠にもたらす、もう一つの悪影響について解説します。

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