いま最も世間を騒がせている、山口県周南市金峰の連続殺人放火事件。

 事件にいたるまでの情報が出るにつれ、保見光成容疑者と集落の人々との間で、諍いやトラブルがあいついでいたことが明らかになってきた。

 いまだ事情は定かではないが、狭い集落内でのトラブルの末に恨みつらみが募り、ついに爆発したという経緯には間違いないようである。インターネットなどでも、事件そのものより、そこに至るまでの「田舎における、濃密な人間関係の恐ろしさ」といった点が話題にされがちだ。確かに、日本の山村のような小さく閉じた共同体では、一度生まれた怨恨はよほどのことがない限り消えず、むしろ雪だるま式に大きくなっていく場合が多いのだろう。

 その点、昔の人々の方が、人間関係による恨みつらみと上手に付き合っていたのかもしれない。例えば「丑の刻参り」などに代表される呪いの儀式だ。憎い相手に見立てた藁人形を五寸釘で打ち込んでいく丑の刻参り......。そんな呪術など非科学的なオカルトだ、と切って捨てるのは簡単だが、人々の行き場のない呪いをぶつけて発散させるというカウンセリング機能を持っていたことは確かだ。心の闇を発散するシステムとして、当時は有効に機能していたのだろう。

 

 実は、そんな丑の刻参りがいまだに行われている神社が、岡山県には存在する。

 岡山県新見市の、育霊神社。松江か倉敷から単線を乗り継いで3時間、最寄り駅からもタクシーを使ってようやく到着するという、文字通りの陸の孤島。さらに本殿があるのは猫山という山の中であり、参道とは名ばかりの急斜面を登っていかなければならない。

 

人を呪わば穴二つ」と言うように、呪いにはリスクがつきものだ。丑の刻参りも、実行している様子を他人に目撃されれば、呪いの全てが自分にはね返るとされている。その点、育霊神社は人知れず呪いをかけるには最適な場所といえよう。猫山に生える大ぶりの杉の木には、ほぼ全て釘を打ったような穴がぽっかりと空いている。七百年前から現在にいたるまで、儀式が行われ続けた証だ。

 この山は鎌倉時代、斉藤尾張守影宗によって山城が築かれていた場所である。戦となり落城した際、影宗の娘である依玉姫とその愛猫は、近くの祠に身を潜めた。腹をすかせた依玉姫のため、猫は里まで下りて食べ物を調達してきたという。だが敵兵がこの猫を見つけ殺してしまい、その死骸を見つけた姫も哀しみのあまり自害して果てる。全てを聞いた影宗は、姫と猫のために祠を建てると、その前で敵のものどもへの呪いの儀式を行った。すると猫を殺した兵や、敵将たちが次々と狂い死にしていったという......。

 それから現在にいたるまで、この神社は呪いの現場として信仰を集めたのだった。

丑の刻参り? まだやる人もいますよ。去年探した時も見つかったしね」

 社務所にいる宮司さんにお話を伺うと、そんな答えが返ってきた。さらに神社に保管してある藁人形を、特別に見せてくれるという。"呪物"と書かれた箱の中に、幾つもの藁人形が詰め込まれている。年月日の書かれた藁人形を見比べてみると、昔のものの方が、やはり一層おどろおどろしい。

 

「人間の弱い心が、他の人を呪ってしまうんです。嫁姑の人間関係なんかが多いですね。悪口を右から左に流せないんでしょう」

 刻参りにやってくるのは、中国地方から山陰地方の、それほど都会とは言えない地域の人々が多い。地方の濃密な人間関係の中で、どこにも発散できない呪詛を携えてくるのだろう。そんな人々の心の闇をとりさるため、毎年、定期的に境内に残された藁人形を回収し、丁寧に呪いを解いていくという。

「ここは呪いを行うための神社ではなくて、呪いを解くための神社なんです」

 呪われた人々を安心させ、かつ呪いをかける人々の心にも警鐘を鳴らし続ける。育霊神社とはそのためにあるのだと、宮司さんは笑顔で語られていた。

 おどろおどろしい呪術とはいえ、それによって精神が安定し、現実の暴力に辿りつかないようなブレーキとなれば、むしろ有効な手段と言えるだろう。呪う心、呪われる心の両面のケアを行う育霊神社のような場所があれば、金峰のような悲惨な事件は起こらなかったのかもしれない。

育霊神社:岡山県新見市哲西町大野部3959


Written Photo by 吉田悠軌



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