科学者

量子加速器からの生還 image by: Sergey Velichkin/TASS

 頭を入れたらまずいものはたくさんあるが、荷電粒子を加速する装置、粒子加速器もその1つだろう。最大で光速近くまで粒子を加速させているのだから。

 1978年7月13日は、36歳のロシア人科学者、アナトーリ・ブゴルスキーにとって、最悪の日となってしまった。

 粒子加速器に問題が生じたため、装置の中に頭を入れて故障部品の確認をしていたところ、 76電子ボルト陽子線の進路上に彼の頭が入ってしまったのだ。

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粒子加速器の陽子線が頭を貫く

 ブゴルスキーは、ロシア、セルプホフ市プロトヴィノにある高エネルギー物理研究所で働いていた。粒子加速器に問題が生じたので、強力な陽子線が放たれる装置の中に頭を入れて故障部品を確認しようとした。

 そのとき装置は作動していないはずだったが、実はまだ動いていた。危険を知らせるはずのアラームが、前の実験の間、オフにされたまま、もとに戻されていなかったのだ。

 たちまち、目に見えない陽子線が彼の頭を貫き、脳に打撃を与えた。本人は痛みは感じなかったようだが、千個の太陽よりも明るい光を見たという。


Anatoli Bugorski【Acelerador de Particulas】

致死量をはるかに超えた放射線を受ける

 ブゴルスキーは、自分が陽子ビームを浴びたことは自覚していたが、このことは誰にも言わなかった。そのまま、静かに自分の仕事を完了させ、自分が加速器に頭を入れたことを日誌に書き、どんな症状が起こるのか不穏な思いで待った。

 その夜、顔の左側が腫れ始め、眠れぬ夜を過ごしてから、ブゴルスキーは医者へ行った。そしてモスクワの放射能汚染専門のクリニックへ駆けこむことになった。

 ブゴルスキーが浴びた電離放射線量は、20~30万ラド(吸収線量の単位)とも言われる。これほどの高エネルギーの放射線を浴びた人間はいない。

 致死量をはるかに超えた放射線を受けたため、ブゴルスキーがモスクワの病院に運ばれた時、医師らは彼の死を予測した。

 しかし、集束ビームだった為、陽子線が通過したのはごく狭い範囲だったようで、死を免れたようだ。

 陽子線は彼の頭の後ろから入り、鼻から抜けていた。陽子線が通過した部分の脳は焼け、組織や神経を破壊して、顔の片側を麻痺させたが、骨髄や消化管などバイタルな部分は免れた。

 頭の後ろや顔の傷は時間がたてば治ったが、顔の左側には麻痺が残り、左耳の聴力を失い、まれにてんかん発作を起こすようになった。しかし、知能は以前と変わらず優れていた。

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事故後のアナトーリ・ブゴルスキーの腫れた顔。右は頭蓋を通過した陽子線の経路

現在も生き続ける奇跡のサバイバー

 18ヶ月後、ブゴルスキーは職場に戻ったが、1年に少なくとも2度はモスクワの病院に通わなくてはならなかった。

 彼は相変わらず科学を追い求め、事故後に博士号を取得した。事故が起きたU-70陽子シンクロトロン室で物理実験のコーディネーターの地位を守り続けた。

 原子力関連については秘密というソビエト政府の方針により、ブゴルスキーは10年以上、この事故のことは口外しなかった。チェルノブイリの悲劇の後、初めて彼の事故のことが明るみに出た。

 アナトーリ・ブゴルスキーは、ただ生き延びただけでなく、自分に傷を負わせた粒子加速器よりも長生きした。

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アナトーリ・ブゴルスキー image by:Global Look Press

 ソ連が崩壊して経済体制が変わり、政府の資金が枯渇して、プロジェクトそのものが頓挫、結局は放棄された。

 ブゴルスキーは、今でもプロトヴィノで暮らしていて、2020年6月25日で78歳になる。

 市が彼の前の職場である研究所向けの予算を削ったため、てんかん治療の薬代を捻出するのに苦労している。1996年、障害者申請をしたが、却下されている。

References:amusingplanet / web.archive / qzなど/ written by konohazuku / edited by parumo

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http://karapaia.com/archives/52288323.html
 

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