(山田敏弘:国際ジャーナリスト)

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 新型コロナウイルスはいったいどこから来たのか——。今も世界中で感染拡大が続くなか、その発生源について議論が注目を集めている。

 5月3日マイク・ポンペオ米国務省長官は米TV局のインタビューに応じ、質問者の「新型コロナウイルスは人工または遺伝子操作されたものだと考えるか?」という問いに、こう答えている。

「いいですか? 優れた専門家らは現時点で人工だと考えているようだ。この段階でそれを信じない理由はない」

 しかも発生源を調べているインテリジェンス・コミュニティ(国家情報長官室が取りまとめる16ある米情報機関をまとめてこう呼ぶ)にも言及。現在、「インテリジェンス・コミュニティが調査を続けている」としながらも、こう述べた。

「このウイルスが武漢にある武漢ウイルス研究所から出てきた大量の証拠があると言える」

 ウイルスが武漢の研究所から発生したのが事実とすれば、中国は国際社会から猛烈な批判を浴びることになる。このポンペオ氏の発言は、瞬く間に世界中で波紋を広げた。

豪州で報じられたインテリジェンス文書

 つい最近、欧米のインテリジェンス機関が新型コロナウイルスと中国についてまとめたレポートの内容が明らかになった。だがそこでは、ポンペオ発言を裏付けるような事実までは、触れられていなかった。

 オーストラリアのサタデー・テレグラフ紙は、5月2日、「ファイブ・アイズ」がまとめた15ページのインテリジェンス文書を入手し、記事にしている。「ファイブ・アイズ」とは、米国と英国、カナダオーストラリアニュージーランドの英語圏5カ国の諜報機関が、インテリジェンス(機密情報)を共有する協定のこと。今回すっぱ抜かれたこの文書は、世界的な諜報機関のCIA(米国中央情報局)やMI6(英国秘密情報部)、ASIS(オーストラリア機密情報局)などが集めた情報の分析を垣間見ることができる貴重なものである。

 いったいどういう内容だったのか。

 このインテリジェンス文書では、主に5つのポイントから、今回の新型コロナウイルスに対する中国政府(文書では“PRC”と書かれている)の動きを強く批判している。

口封じ、ネット検閲、証拠隠滅

 1つ目のポイントは、医師や科学者やジャーナリストの口封じをしていることだ。

 最初に声をあげた医師や研究者などが拘束されたり、行方不明になったりしているとも指摘されている。また武漢ウイルス研究所で感染した「第一号」感染者と噂された研究者は行方不明になっていると言及。文書では、行方不明になった人たちが具体的にリストアップされている。

 さらに中国当局は、例えば「SARS variationSARS 変異)」「Wuhan Seafood market(武漢 生鮮市場)」「Wuhan Unknown Pneumonia(武漢 謎の肺炎)」という単語をインターネットで検索し、片っ端から削除しているという。中国が誇るネット検閲システムや、人海戦術によるサイバー工作で、徹底して情報操作を行なっていることに触れている。

 2つ目は、中国政府による証拠隠滅だ。中国の国家衛生健康委員会(NHC)からは関連の研究所からウイルスのサンプルなどを廃棄するように指示が出され、生鮮市場の露店は漂白殺菌されている。上海にある研究所も「調整」を理由に封鎖され、初期の生ウイルスの遺伝子データなども公開していないと文書は指摘する。中国科学技術部が論文などを事前チェックするように指示も出されている。

 3つ目は、人から人への感染を、事実に反して当初から否定していたこと。台湾や香港から懸念の声が上がっていたにもかかわらず、中国政府はその脅威を初期の段階で過小評価(または隠蔽)し、中国寄りと批判されているWHO(世界保健機関)もその主張に乗っかった、とインテリジェンス機関は結論付けている。スパイ機関などもWHO(特にテドロス事務局長など)と中国政府との関係に注目しているようだ。しかもそうした親密な関係によって、世界的な感染拡大への措置を遅らせた、と文書は指摘している。

中国人の入国制限を批判した中国

 4つ目は、中国政府が、米国などの行った中国人旅行者に対する入国制限を非難し、諸外国の人々を危機に晒したことだ。中国は自国内での国民の移動を大幅制限していたにもかかわらず、米国やイタリアオーストラリアなどに対し、中国人に対する入国禁止の措置を取らないよう主張した。

 5つ目は、透明性という概念を軽視したばかりか、独立した調査を求めたオーストラリアなどに「貿易を止める」などと脅迫したこと。

 そしてこの文書は、「中国での流行拡大についての真実は秘密に覆われている」とし、中国政府が責任逃れをしていると批判している。

 ただそんな責任逃れを、米国のトランプ大統領は見逃さないと息巻いている。4月23日に「彼ら(中国政府)に責任を取らせる方法はいくらでもある」とし、損害賠償請求も示唆。また、英国の元MI6長官のジョン・サワーズも、何らかの形で中国に責任を取らせるべきだ、と語っている。

 さらに、米国、ドイツイタリアイスラエルエジプトなどでは、民間団体やNGOなどが訴訟に乗り出している。法的に政府を訴えるのにハードルは高いが、その議論も含め、今後もこの流れは続くだろう。

 では、そもそもなぜ今回のインテリジェンス文書がオーストラリアから出てきたのだろうか。

 オーストラリア中国共産党とは関係がよくない。というのも、中国政府はオーストラリアに多額の資金を流し込んで土地購入を進めたり、政界での影響力を広げようと様々な工作を展開したりしていることが近年明らかになっている。中国系国会議員に資金提供したり、地方で成功した中国系ビジネスマンを政界に送り込もうと買収工作したりもしている。また反対に、中国人スパイオーストラリアに亡命申請するといった事態も最近起きている。

 そんな現実から、オーストラリア政府や政府関係機関は中国に対して厳しい姿勢で対抗しているのだ。そうした事情からすれば、今回の文書が、オーストラリアから出てきたことは何ら不思議ではない。

中国政府の責任追及を求める動きは止まらない

 米国では、国家情報長官代行のリチャード・グレネルが、「インテリジェンス・コミュニティは、新型コロナウイルスが人工または遺伝子操作されたものではないという幅広い科学的合意と意見を同じくする」と述べ、「武漢の研究所での偶発的な出来事による結果かどうか」についても引き続き分析を進めると語っている。

 欧米のインテリジェンス関係者は筆者の取材に、新型コロナウイルスの発生源について「実のところ、現場はスパイ活動に苦労している」とし、「情報機関でもまだその答えは明確には出ていない」と吐露している。今後もスパイ機関による調査は続けられるだろうが、現時点でポンペオ国務長官が指摘するような「武漢ウイルス研究所から出てきた」とする確たる証拠を掴んではいないようだ。

 ポンペオ国務長官は、冒頭のインタビューで「インテリジェンス・コミュニティの指摘は見ている。それらが間違っていると考える理由はない・・・重要なのはこういうことだ。中国共産党は、いま世界に降りかかっているすべての惨事を防ぐことができるチャンスがあった・・・中国共産党が、独裁国家のやる偽情報を出したり隠蔽したりしたことによって、このとんでもない危機は起きたのである」とも述べている。

 ウイルスの発生源が研究所なのか海鮮市場なのかはともかく、米国にとっては、中国共産党への責任追及が何よりも重要だ、ということだろう。これは現在、対中強硬派の影響力が強いトランプ政権が強調したいメッセージである。

 多くの国では現在も眼前のコロナ対策に手いっぱいの状況だ。だがしばらくして、新型コロナウイルスによる混乱が徐々に沈静化していけば、世界はいかにその被害が大きかったかを改めて目の当たりにするだろう。そのとき、中国の責任を追及する声は世界中から一気に高まるのではないだろうか。

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4月29日、記者会見するポンペオ国務長官(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)