アメリカが開発した本格的な攻撃ヘリコプターにはAH-1コブラ」とAH-64「アパッチ」の2種類があります。しかし両者のあいだには試作で終わった機体がありました。本当はそれが本命でありAH-1は繋ぎの存在でした。

その後の本格的攻撃ヘリの概念を形作ったAH-1「コブラ」

陸上自衛隊も運用するAH-1コブラ」は、世界初の本格的攻撃ヘリコプターとして1960年代初頭、アメリカで生まれました。すでに誕生から半世紀以上経っていますが、当初はあくまでも本格的な攻撃ヘリの運用が軌道に乗るまでの中継ぎであり、ここまで長く使われることは考えられていませんでした。

AH-1コブラ」の開発元はベルで、試作機が1965(昭和40)年9月7日に初飛行しました。アメリカ陸軍に採用されると、当時、激戦が続いていたベトナム戦争に実戦投入され、その洗練された機体形状とともに注目を集めます。

それまでの攻撃ヘリコプターは、汎用ヘリコプターや輸送ヘリコプターなどに武装を施した単なる改修型で、AH-1コブラ」のように機体形状まで一新したものではありませんでした。

AH-1コブラ」は、高速化のため空気抵抗の減少を図り機体をスリム化し、ヘリコプターとして初めて操縦席のタンデム配置(前後にシートを設けること)を取り入れました。また、進行方向と関係なく撃てるよう旋回銃塔を搭載し、様々な武器を搭載できるよう機体側面に小翼を付けるなど、以降の攻撃専用ヘリコプターグランドデザインを形作った機体でもあります。

しかし冒頭に述べたように、アメリカ陸軍の計画においてAH-1コブラ」はあくまで中継ぎであり、より高性能で本格的な攻撃ヘリコプターの開発計画、通称「AAFSS(高性能空中火力支援システム)」プロジェクトAH-1コブラ」の導入と並行して進められていました。

AH-1コブラ」が初の本格的攻撃ヘリといっても、エンジンやローターなどは既存のUH-1汎用ヘリコプターからの流用だったのに対して、AAFSSの方はすべて新規開発でした。AAFSSプロジェクトで選定されたのは、ロッキード(当時)のAH-56「シャイアン」で、AH-1コブラ」から遅れること2年、1967(昭和42)年9月21日に初飛行しています。

本命「シャイアン」とん挫! 「コブラ」の運命が変わる

こうしてAH-56「シャイアン」は誕生しましたが、高性能を求め過ぎた結果、盛り込まれた新機軸部分のトラブルとそれにともなうスケジュールの遅延、開発コストの高騰を招きます。しかも、そのあいだに攻撃ヘリ自体の運用構想が変化したほか、試作機が墜落事故を起こしたことで採用は見送られ、開発中止となりました。

本命のAH-56「シャイアン」の量産化がなくなったことで、アメリカ陸軍はAH-1コブラ」を改良し続けながら使うことにします。

なお、そののちAH-1コブラ」の後継として誕生したAH-64「アパッチ」の開発が始まるのは1970年代に入ってからであり、試作機の初飛行は1975(昭和50)年9月、部隊運用の開始は1986(昭和61)年からです。長期間にわたる後継機不在が、ある意味AH-1コブラ」の運用国拡大と生産数の増加につながったといえるでしょう。

2020年現在でも改良型の運用が、日本をはじめ世界10か国以上で続いています。最初に導入したアメリカ陸軍はAH-64「アパッチ」で更新し、AH-1コブラ」は退役しましたが、アメリカ海兵隊AH-64「アパッチ」を導入せず、AH-1J、AH-1T、AH-1Wとその都度改良型を開発し、現在は最新型であるAH-1Z「ヴァイパー」の導入を進めています。

ちなみに、日本では専守防衛の観点から「対戦車ヘリコプター」という名称を用いました。しかし、戦う相手は戦車以外にもあるとして、後継のAH-64D「アパッチ・ロングボウ」は「戦闘ヘリコプター」という名称が使われています。

陸上自衛隊のAH-1S「コブラ」(下)とAH-64D「アパッチ・ロングボウ」(上)(柘植優介撮影)。