新型コロナウイルスの世界的流行は未だに収束の気配がなく、流行を抑えたかにみえた国でも新たに集団感染が発生するなど、予断を許さない状況にある。誰もが解決のための決定打を欲しているだろう。

 そういう背景もあってか、最近の我が国で活発化している動きがある。30年近く検討されているものの実現に至ってない病院機能を備えた船舶(病院船)導入議論が、「感染症対策に役立つ」という触れ込みで再び勢いを見せてきたのだ。

病院船関連議連が2つも設立

 2月27日には与野党の議員により「超党派・災害時医療等船舶利活用推進議員連盟」が設立。また、3月3日には、これまた超党派の「病院船建造推進超党派議員連盟」が7年ぶりの総会を開き、会の名称を「病院船・災害時多目的支援船建造推進議員連盟」(病院船議連)と改め、陳情活動を行っている。両議連は既存船舶を含むか、新たに建造するかで差異はあるものの、病院機能を有する船舶を導入しようという主張は一致し、政府・国会への働きかけを強めている。

 病院船はかつて国外派遣や災害対策等を名目としてたびたび導入が議論されては見送られてきたが、今回は新型コロナ流行を受けて感染症対策名目としてよみがえった形だ。5月5日日本経済新聞が伝えるところによれば、造船大手が病院船建造プランを抱えて「省庁詣で」を本格化させているという。造船会社が絡んだと思しきプランの話も流れてくるが、病院船どころか揚陸用ホバークラフトを搭載した揚陸艦を思わせるような案もある。

高まる期待は本当か

 そして、今回のコロナ禍を受けて、病院船を期待する記事がいくつか見られた。流行が深刻なアメリカで、世界最大の病院船マーシー級2隻が出動したことが大きく報道されたせいもあるだろう。筆者も武漢からの帰国者が問題になった1月頃は、「感染者・感染の可能性がある人の一時隔離施設として病院船は使えるかな」程度には考えていた。だが、その後のダイヤモンド・プリンセス号の状況を見て、病院船の感染症対策への利用は問題が多いと考えを改めた。

 以前、筆者は文春オンライン等で病院船についての記事(米軍の病院船『マーシー』来航 災害時に「海からのアプローチ」は必要か?)を書いたことがあるが、紹介や基本事項、メリットデメリットを筆者なりに中立的にまとめたつもりでも、「病院船の必要性がわかりました」みたいな反応をされたり、今回のコロナ禍で導入を訴える側から引用されたりして困惑したことがある。

 そこで本稿では、コロナ禍を契機に過熱する病院船導入論に関して、わずかなりとも冷却を試みるべく、コロナ禍明らかになった問題、それ以前からの病院船の問題、そして我が国の病院船導入議論の問題について記述したい。

活躍できなかった世界最大の病院船

 今回のコロナ禍を受けてニューヨークロサンゼルスに出動したマーシー級病院船は、現在世界最大の病院船だ。任務に応じて最大1,000の病床を備え、1,200名の医療スタッフを擁する。500以上の病床を備えれば大病院とされるから、マーシー級が病院としても大変な規模であることが分かるだろう。だが、鳴り物入りで出動した割には、その活動は冴えなかった。

 当初、新型コロナ対応で圧迫されている地域医療の負担を軽減すべく、新型コロナ患者以外の診療を行う方針だったが、ニューヨークに派遣されたマーシー級病院船コンフォートは、最初の1週間で移送された患者は50名にも満たない状況で、後に新型コロナ患者も受け入れるよう方針を転換したが、最終的に治療したのは発表によれば182名に留まっている。並の大病院を超える規模のマーシー級を1ヶ月投入したわりには、この実績は少ないとみるべきだろう。

 ロサンゼルスに派遣されたマーシーでは、乗組員の中から新型コロナ感染者が発生したため、活動が一時中止される事態になっている。コンフォートでも乗組員と患者から感染者が出ており、まさに踏んだり蹴ったりの状況だ。

自衛隊には病院船ノウハウはない

 国内の病院船に関する知見も心許ない。第二次大戦以前は、日本軍は多数の病院船を運用していたが、戦後の自衛隊で病院船の運用経験はない。現在、世界で新造された病院船で最も新しいのは、中国海軍の920型病院船(通称「和平方舟」)だが、中国海軍は以前から病院船を運用しておりノウハウは蓄積していた。

 そもそも、これまで国が行った病院船の検討では、感染症対策はその対象から外れていたのだ。東日本大震災を受けて、内閣府(防災担当)では「災害時多目的船に関する検討会」を設置し、2012年3月に報告書を公開しているが、巨大地震等の大規模・広域災害を対象としたもので、感染症事案は検討外としている。

 また、今回のコロナ禍を受けて、病院船の調査・検討と併せて行われていた既存船舶を活用した実証実験が中止されている。実証実験が中止になったにも関わらず、一足跳びに病院船導入を進めるのはおかしいだろう。なにより、まだ世界的流行が収束しておらず、防護や治療についての研究や教訓も進んでいない。そうした情報が不十分な中で導入に踏み切って、果たして効果的な病院船運用ができるか疑問である。

病院船は自衛隊能力を強化するか?

 病院船の導入は災害対応の他にも、有事での自衛隊の能力を強化するという主張もある。が、それにも筆者は懐疑的である。

 朝鮮戦争以後、米軍の負傷兵の死亡率は長い間改善がみられず、1991年湾岸戦争でも負傷兵の24%ほどが死亡していた。それがイラク戦争では10%と大きな改善をみせる。この要因としてボディーアーマーの普及と、前線で緊急の外科処置を行う小部隊の運用、それに迅速な搬送システム等が挙げられる。初期の搬送はヘリで迅速化され、米本国で治療が必要な患者の搬送に関しては、ベトナム戦争時は本国搬送まで45日かかっていたのが、イラク戦争では4日と大幅に短縮された。この搬送システムには、イラクに派遣された自衛隊も助けられている。

 こうした戦場医療の革新が死亡率低下をもたらした訳だが、それにマーシー級病院船が関与したという話を筆者は寡聞にして知らないし、搬送システムにも病院船は含まれていない。

 仮に自衛隊が将来遭遇する可能性のある有事を想定するなら、病院船導入よりも搬送システムの高度化、各地の自衛隊病院の能力拡充といった施策の方が、自衛隊にとり費用対効果が大きいと考える。感染症対策に限っても、今回のコロナ禍において、武漢からのチャーター便帰国者や、ダイヤモンド・プリンセス号の患者約260名を受け入れた自衛隊中央病院が高く評価されたことからも、効果は高いだろう。

「病院船における戦艦大和」になるか

 世界最大の病院船である米海軍マーシー級だが、自衛隊医官による病院船に関する論文の中で、マーシー級について「病院船における戦艦大和か」と医官が発言し、少なからぬ艦艇部隊関係者から賛同を得たという話がある(『防衛衛生』2000年4月)。大きすぎる、遅すぎる、費用対効果が悪すぎる、という観点からだ。

 この分析は見過ごせない。前記の医官は、医師の視点からはマーシー級の病院機能を評価している反面、自衛官の視点からは軍が運用する船舶として辛辣な評価を下しているのだ。政治的事情だろうが、これまで国が行ってきた検討でも、有事の際の自衛隊の船という要素は検討されていない。運用側の検討も経ずして建造した結果、運用を任されるだろう自衛隊の負担になっては本末転倒である。

 そして、河野太郎防衛相に病院船新造の陳情を行った病院船議連の会長は、日刊工業新聞が伝えるところによれば「どうせ造るなら世界最高水準の病院船を造るべきだ」と訴えたという。この議連は全長約200メートル、幅約30メートル、35,000総トンという、マーシー級に次ぐ規模の巨大な病院船の建造を訴えている。先の戦艦大和を踏まえると、嫌な予感しかしないアピールである。

せめて教訓を待て

 前述したように、新型コロナウイルスの世界的流行は未収束であり、その対応も各国とも手探りの状態で、マーシー級ら病院船活用の教訓も出ていない。本当に感染症対策に活用できる病院船を建造したいなら、今は研究と知見の集積を待つべきではないか。

 現在、専用の病院船を持つ国は、筆者が知る限り空母を運用する国よりも少ない(離島を巡る非軍用の小型の病院船を除く)。現在の海上自衛隊もそうだが、大型艦や支援艦艇に手術室を備えるなど、病院機能を併設するか増設可能な形で済ます国が多い。空母以上に希少な船を保有するのなら、もっと慎重であるべきだろう。

 なにより、感染症対策を謳うなら、平時からの感染症情報の収集・研究の要である、国立感染症研究所の機能強化が先に来るのが筋と考えるが、病院船に関しては超党派議連が2つも立ち上がっている反面、こちらの動きは明らかに鈍い。病院船1隻の建造費は規模にもよるが数百億はかかるが、現在の感染症研究所の年間予算は100億にも満たない。感染症対策を名目にするなら、やるべきことは別にあるだろう。

 何事も優先順位を整理しようぜ。

2020年5月17日追記:議連の名称を「災害医療船舶利活用推進議員連盟」としておりましたが、正しくは「超党派・災害時医療等船舶利活用推進議員連盟」でした。お詫びして訂正します。

(石動 竜仁)

ニューヨークに到着した米軍の病院船「コンフォート」(米インド太平洋艦隊サイトより)