―[自衛隊ができない100のこと/小笠原理恵]―


その87 中国海警局の船に日本の漁船が追尾された件

◆そもそも中国は謝罪するような国ではない

 米国のドナルド・トランプ大統領が、新型コロナウイルスによるパンデミックを「米史上最悪の攻撃」と呼び、旧日本軍による1941年の真珠湾(Pearl Harbor)攻撃と2001年9月11日の米同時多発攻撃よりもひどい、と述べたことが報じられています。ジョンズ・ホプキンス大学の新型コロナウイルス感染状況ダッシュボードによると、全世界で感染者417万8156人、死者は28万6353人です(5月12日現在)。中国武漢から始まったこの新型コロナウイルス禍は「ワクチンや特効薬」ができるまで続くようです。

 世界を未曾有の恐怖に陥れた中国発の新型コロナウイルス問題。当の中国は「反省して大人しくしているのか?」というとまったく違うようです。そもそも、中国は世界の混乱に乗じて、その領土・領海を拡大しようと考える国です。いくつか例を挙げます。

・中国の人民解放軍は、その海軍基地・海南島から太平洋の間にある戦略拠点・東沙諸島での演習を8月に計画。
南沙諸島では、4月に中国海警局の船がベトナム漁船に体当たりして沈没させる事件。
南沙諸島で新たに行政区を設置すると発表。実効支配強化。


 中国は新型コロナウイルス感染により世界各国の軍事力が損なわれていることをチャンスと考え、あからさまな領土拡大の野心を見せつけています。各国が中国に感染拡大の責任を取れと賠償を要求しても、当の中国に謝罪したり反省する様子はありません。それどころか、この隙に勢力の拡大を狙おうという動きが日本の尖閣諸島沖でもありました。

尖閣諸島領海でさらにエスカレーション・ラダーが上がる

 5月12日衆議院本会議において長尾敬議員が尖閣諸島沖の中国船の動向について重大な発言をしています。中国は日本の領海に対し、さらに強い圧力を加えてきたのです。

「今月8日、中国海警局の船が尖閣諸島周辺の日本領海に侵入、さらには、操業中の日本漁船を追尾した問題に関し、中国外務省の報道官は昨日11日、『日本の漁船は中国の領海で違法に操業していたため海域から出るよう求めた。日本の海上保安庁の違法な妨害にも断固として対応した』などと正当化しました。

 尖閣諸島国際法上も、歴史的にも、我国が実効支配する日本固有の領土であり、その周辺海域が『中国領海である』などという発言は、到底認められるものではありません。中国政府に対し強い憤りをもって、断固抗議いたします。

 日本政府には、武漢からウィルスを世界中に撒き散らした責任追及と合わせて、毅然とした態度で、中国の『力による支配』を排除し、尖閣諸島を、日本の主権を、断固守り抜くことを強く求めます」


国際法だけでは国は守れない

 多くの日本人は「日本の領海で日本の漁船を外国の警察の船が追い回した」と聞くと、きっと「何か大きな秩序を守る組織が非道な外国の振る舞いを処罰してくれれば一見落着」といった感覚で見ているかと思います。しかし、今回中国がやったことは明らか国際法違反ですが、だからといって「それを処罰してくれる機関」などどこにも存在しないのです。

 国際海洋法条約では、すべての船舶は、沿岸国の領海内であっても無害である限り通航の自由があります。たとえ外国の軍艦や中国人民武装警察部隊海警総隊(海警)所属の公船であっても、同様に領海内の無害通航権を有しています。

 しかし、今回の事案のように、我が国の領海内において操業中の日本の漁船を、外国の法執行機関の公船が追い回すなどということは明白な国際法違反であり、絶対に無害通航とは認められません。しかも、彼らは「自分たちの領海内で違法操業する外国船を取り締まっている」と言っているわけですから、いずれ追尾するだけでなく日本の漁船を拿捕するようなことも十分起こり得るのです。これまでのレベルを超えて、中国海警の公船は一段と攻撃的になったと言えます。

 海上保安庁は自国の漁船を守るために体を張ってこれを阻止しています。もし、日本の漁船が一隻でも中国の海警に拿捕されれば、我が国の領海内での違法な法執行を日本が許したという既成事実になります。また、追尾される危険を避けて漁に出る日本船が減れば、それだけ中国の船が日本の領海を自由に航行するようになってしまいます。

 外国の「民間船舶」が日本の当局の指示に従わず、正当な理由なく領海内を徘徊し続けた場合は、無害通航が成立せず、海上保安庁による臨検、逮捕等の法執行が可能です。一方、「軍艦や公船」などに対しては、国家は自国領海の通航に係る自国法令の遵守を要請するとともに、要請が無視された場合、領海から直ちに退去することを要求できます(国連海洋法条約第30条)。

 しかし、「領海内で無害でない通航をしている外国の公船が、領海からの退去要求に従わない場合」に執りうる具体的な措置は、国連海洋法条約には規定されていないのです。もちろん、民間の商船のように臨検、逮捕はできません。

 ときどき「では打ち払え! 撃沈せよ!」という勇ましい意見を持つ人がいますが、そうなると、今度は日本が国際法的に違法行為を行ったことになります。挑発に乗って短気を起こしてしまえば、国際社会から非難されるのは日本のほうなのです。

 また、日本が武器を使用して中国の公船を阻止したとなると、中国側は「横暴な日本から自国の公船を守るため」と称して軍艦を出してきます。それに対してこちらも護衛艦で対処するようになれば、取り返しがつかない事態に至ってしまいます。

 これまで中国は、少しずつ公船を増やし、切れ目なく尖閣諸島沖をローテーションで周遊しながら人員や予算の乏しい海上自衛隊を消耗させてきました。とはいえ、中国海軍にとって、憲法9条で両手両足を縛られた海上自衛隊などは敵ではありません。何より、最も脅威だった米軍の第七艦隊の力が弱まるチャンスを虎視眈々と狙っていたのです。

 そして今、新型コロナウイルスの感染拡大で米国も米軍も大きな痛手を負っています。今なら日米同盟、日米安保も機能しないだろうと考えているのかもしれません。

 新型コロナウイルス問題で景気は冷え込み、失業者があふれると予想されています。社会不安が懸念されますが、逆に言えば慢性的な人員不足に悩んでいた自衛官を増員する機会は今しかありません。

 先ほどご紹介した長尾議員の「中国の『力による支配』を排除し、尖閣諸島を、日本の主権を、断固守り抜くことを強く求めます。」という国会発言に強く賛同いたしますが、国を守り抜くためには決意だけでは足りません。今こそ自衛隊の増強と増員のために力を注いでほしいと切に願います。沖縄の海で日本人の命が奪われることのないよう、憲法改正を含めた法律・制度・予算改革を強く求めたいと思います。

小笠原理恵】
国防ジャーナリスト。関西外語大卒業後、広告代理店勤務を経て、フリーライターとして活動を開始。2009年ブログキラキラ星のブログ(【月夜のぴよこ】)」を開設し注目を集める。2014年からは自衛隊の待遇問題を考える「自衛官守る会」を主宰。自衛隊が抱えるさまざまな問題を国会に上げる地道な活動を行っている。月刊正論や月刊WiLL等のオピニオン誌にも寄稿。日刊SPA!の本連載で問題提起した基地内のトイレットペーパーの「自費負担問題」は国会でも取り上げられた。『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)を上梓

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