【日本人アナリスト浜野裕樹の奮闘|第4回】 2014年W杯の“チーム・ケルン”で触れた分析の世界

 アナリストの仕事とは、数字を集積したり、特定の試合映像を切り取ったりすることが目的ではない。膨大なデータが示す真実を、監督やコーチ、そして選手に分かりやすい表現にできるように、解釈して伝えることだ。

 ドイツ3部リーグのビクトリア・ケルンでアナリストとして働く浜野裕樹氏は、「例えば1試合のゲームレポートが数字やらグラフばっかりで30ページもあったとしたら、誰だって見る気なくなるんですよね、普通」と笑う。

 2014年ブラジル・ワールドカップ(W杯)で優勝したドイツ代表をサポートした“チーム・ケルン”で分析の世界に触れ、大手分析会社の「プロゾーン/STATS」で現場と研究の橋渡しの重要性を学んでいた浜野氏は、どのような情報が求められているのか、どうすれば指導者の手助けになるかを常に考えながら働いている。

「監督が決断をする時には直感的なものもあるけど、そこで何か情報があって一押ししてくれると大きな手助けになることがあります。これってチーム・ケルンのバックボーンにあったテーマでもあって、分析チームが監督が欲しい情報でサポートすることで、監督が余計なことを考えないようにしてあげるというのがあったんですね」

 生きたデータとはなんだろうか。必要な情報とはなんだろうか。ブラジルW杯ではチーム・ケルンチーフを務め、現在もドイツサッカー連盟で活躍するシュテファン・ノップから、こんな話を聞いたことがある。

「例えばだけど、テレビ解説者が『あのFWは運動量が少ない』と批判するようなことがあるよね。でも、実際の試合における貢献度という点で見た時に、そのFWが試合を決定づけるゴールを挙げていたらどうだろう? 全体的に見たら運動量という数値は少ないかもしれないが、重要な場面で非常に効果的な動きを見せた点は高く評価すべきだろう。つまり、求められる『正しい動き』ができていたということなんだ。選手をデータで評価づける時には、この『試合における影響力』という考えを外してはいけない」

 試合後にはいつもスタッツが公表される。走行距離、ボール保持率、シュート数、ダッシュ数、ボールコンタクト数。そうした数字が一つの側面を示しているのは間違いない。だが、それだけを材料に試合を語るのも違うのではないだろうか。

どの数字にどんな意味があるのか、理解できる形に落とし込むことが大切

 試合の中では、それぞれ選手の立ち位置と体の向きで見える景色は全然違う。自分はフリーでパスを受けられると思っているのに、ボール保持者のほうは「今は出せない」と思うことは多々ある。そうした状況で出されたパスと、なんでもない時に出されたパスとを同じに数えることはできない。

 データは、ただ眺めているだけだと数字の羅列でしかない。だからどの数字にどんな意味があって、自分たちを改善するためにはどのデータをどのように活用したらいいかを、彼らが理解できる形に落とし込むことが大切になる。

 そうしたポイントを見つけ出し、具体的なイメージが湧くように“翻訳”していく。例えば指導者視点からすると、選手に対して『パスをもらいたい選手はパスを受けられる位置にタイミング良く動け』というニュアンスで伝えようとすることがある。それで感覚的に分かる選手はいい。

 でも、分からない選手は分からないままだ。そうした時にデータや映像から選手の特徴までを考慮して、実際に起こった事象に対して「こうした状況では意識して2メートルくらいピッチ中央へ寄ってみるといいですよ」みたいに、ある程度以上、具体的に「どのようにアプローチをしたらいいのか」を提示できたら、好変化をもたらすことができるかもしれない。そうしたサポートで、指導者の意図を表現することもできるかもしれない。

 何を求められているのか。そこが分からないとアナリストの仕事にはプラスアルファの価値を生み出せない。浜野氏も、そこを理解したうえで取り組む大切さを感じている。

「SAPの人とかシュテファン(ノップ)にも、『今このIT時代にコミュニケーションってなんだって考えたんだ』という話を聞いたことがあります。哲学めいたことなんですけど、『コミュニケーションにもいろいろあるじゃないか。ミーティングもそうだし、グラウンドでの会話もそうだし。でもミーティングに集中できていない選手もいるかもしれない。内気で自分が言いたいことを言えない選手もいるかもしれない。そういう選手には違うアプローチをしてあげないといけないよね。じゃあ、こういうのはどう? 映像を使って他の選手と話をする。それでも違うんだったら、ホテルの部屋で携帯をいじりながら見て、そこから何か生まれたり。コミュニケーションすべてをカバーできるんじゃないか、俺たちは。それが目標だ』と言っていました」

 コミュニケーションのあり方は一つではない。それぞれに適した取り方を探り出すこともまた、アナリストにとって大切な技能の一つと言えるのかもしれない。(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

日本人アナリスト浜野裕樹が分析をする様子【写真:本人提供】