世界の航空機産業界が大きく動いています。業績悪化のボーイングがその動向に注目を集めるなか、三菱重工業/三菱航空機もスペースジェットに関し大きな一手を打ちました。複雑怪奇な業界の動きを、両社を主軸に概観します。

三菱重工業が「スペースジェット」でまた一手

三菱重工業は2020年5月7日(木)、同年6月1日付で新たな子会社「MHI RJアビエーショングループ」を設立し、業務を開始すると発表しました。

MHI RJアビエーショングループは、カナダの重工メーカーであるボンバルディア傘下の、ボンバルディア・エアロスペースが製造しているリージョナルジェット旅客機「CRJ(Canadair Regional Jet)」シリーズの改修やサポート、販売などを手がけます。これについて三菱重工業は将来的に、同社の子会社である三菱航空機が開発を進めているリージョナル旅客機「スペースジェット」シリーズなどの、各種航空機の改修やサポートなども行なっていく意向を示しています。

ボンバルディア・エアロスペースは2010年代前半まで、ボーイングエアバスに次ぐ、世界第3位の民間航空機メーカーとして君臨してきました。しかし、2000年代前半に社運を賭けて開発に乗り出した単通路型旅客機「Cシリーズ」の開発の遅れと販売の不振から、急激に業績が悪化します。

親会社のボンバルディアは、小型ターボプロップ機DHC-6などの事業をバイキング・エア(カナダ)へ、近、中距離向け旅客機Cシリーズ事業をエアバスへ、双発ターボプロップ旅客機Qシリーズ事業をロングビュー・アビエーション(カナダ)へそれぞれ売却し、2019年6月にCRJ事業も三菱重工業に売却することを決定しました。今後ボンバルディア・エアロスペースは比較的、業績が好調なビジネスジェット機のメーカーとして、生き残りを図ることになります。

その頃ボーイングとエンブラエルは…

ボンバルディア・エアロスペースに代わって、世界第3位の民間航空機メーカーの座に就いたのが、ブラジルのエンブラエルです。

同社は2018年7月に、日本国内でもJALグループやフジドリームエアラインが運航しているリージョナルジェット機「Eシリーズ」を含めた民間航空機部門を、ボーイングが80%、エンブラエルが20%の株式をそれぞれ所有する新会社「ボーイング・ブラジル・コマーシャル」に移行すると発表し、世界の航空業界に大きな衝撃を与えましたが、その発表を知って最も大きな衝撃を受けた企業が、三菱重工業であったのではないかと筆者(竹内修:軍事ジャーナリスト)は考えています。

ボーイング三菱重工業は、ボーイングがスペースジェットのサポートをする契約を締結しています。そしてボーイングは上述の、エンブラエルの民間航空機部門について事実上の買収を決定した際に、今後もスペースジェットのサポートは継続すると明言していましたが、スペースジェットと競合するEジェットを自社のラインナップに組み込む以上、そのサポートは限定的なものになると見られていました。

また三菱重工業、さらにいえば日本における航空産業の、民間航空機部門の売り上げは、そのかなりの部分がボーイングの下請け受注によるものですが、ボーイングがエンブラエルの民間航空機部門を買収することにより、これまで日本が獲得していた下請け受注が、ブラジルに移されることも危惧されていました。

しかしボーイングは2020年4月24日に、エンブラエルとのあいだで進めていた「ボーイング・ブラジル・コマーシャル」の設立交渉を打ち切ると発表して、再び世界の航空機業界を驚かせています。

三菱重工業とボーイング さらなる接近か…?

ボーイングによるエンブラエルの民間航空機部門買収がご破算になって以降、海外ではボーイング三菱重工業との関係強化に乗り出すのではないかとの観測もなされています。

ボンバルディア・エアロスペースからCRJ事業を買収したことで、三菱重工業はスペースジェットビジネスの主戦場と位置づける北米大陸にサポートの拠点を獲得しました。これでエンブラエルの民間航空機部門買収を断念したボーイングが再び関係強化に乗り出してくれば、三菱重工業とスペースジェットは安泰…と言いたいところなのですが、状況は必ずしも楽観視できるものではありません。

ボーイングとエンブラエルの交渉がまとまらなかった理由のひとつは、新型コロナウイルスの感染拡大により、民間航空機の需要が激減したことで、ボーイングの財務状況が急速に悪化し、買収資金を捻出することが困難になったことにあります。

そしてその新型コロナウイルスは、スペースジェットの開発にも大きな影響を及ぼしつつあります。

新型コロナ禍は航空産業界をも一変させる?

三菱航空機は2020年3月18日に、型式証明の取得に必要な試験を行なえるスペースジェットM90の飛行試験10号機を初飛行させていますが、三菱重工業の泉澤清次社長は5月11日(月)に行なわれた決算説明会で、新型コロナウイルスの影響により、現時点では10号機を、試験の拠点が置かれているアメリカのモーゼス・レイクへ送る目処が立っていないと述べました。

そして、この状況を受け、M90の開発スケジュールを精査し、三菱重工業グループ全体の置かれている厳しい状況を考慮したうえで、適切な予算で開発を推進するとし、2021年に予定していた初号機の納入スケジュールについて見直す方針を明らかにしています。

また泉澤社長はボーイングの下請け受注に関しても、2020年度は「777」24機、「777X」18機、「787」140機の出荷を計画しているものの、787に関してはボーイングの状況によって減少する可能性があるとも述べています。

新型コロナウイルスという人の移動を大幅に制限する疫病の流行によって、世界の航空産業は大きな転換期を迎えています。その中で三菱重工業がどのような舵取りをして、生き残りを図っていくのかは、日本国内はもちろん、世界からも大きな注目を集めているといえます。

2020年3月18日に初飛行したスペースジェットM90の飛行試験10号機(画像:三菱航空機)。