ペットを飼っていると、やむを得ず拘束してケアをする必要な時があります。しかし、やられた方にとってはただ単に「めっちゃ嫌な事」。嫌なので当然反撃されてしまうのですが、その反撃によって人間がどえらいダメージを食らってしまうという実例を、今回ご紹介します。

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<事例紹介・編集部所属の宮崎(女性・40代)>

 宮崎は約1年前に野良猫を保護(以下、猫社員)、その後獣医師による健康チェック、ワクチン接種、避妊手術などを経て室内飼いとなり、会社の許可を得て猫とともに出社するなどしていた。

 保護して1年近く経過したある日の夕方、とある理由で猫社員に盛大に噛みつかれ、社内の看護師に相談。傷口を洗ってなるべく早めに皮膚科等の受診を勧められるも、数時間のうちに噛まれた部分の腫れがひどくなり、熱を持つように。その日は近医は診察終了しており受診できず。自己処置後、就寝。翌日、近医は休診日にて受診できず、様子を見ていたが、患部の状態がどんどん悪化したため、16時頃救急外来へ。

 その頃には噛まれた箇所を中心にパンパンに腫れあがって強い痛み、熱感を伴っている状態。局所麻酔で噛まれた部分を中心に切開し、洗浄処置を行い、抗菌剤を処方され破傷風ワクチンを1回接種。その後は1か月後に2回目、1年後にもう1回の追加接種の完了をもって治療終了となる。現在は、傷跡は残っているものの、腫れと赤みが完全に引いている状態。


 なお、宮崎は5~6年ほど前に別の医療機関で破傷風のワクチン接種歴があったものの、治療を受けた医療機関に証明するものがなかったため、計3回のワクチン接種となった。今回は接種を証明するカードが渡されている。

 ちなみに、噛まれた詳細な理由は「猫がうんこ踏んでいて臭かったので久々に風呂にいれたら噛まれた」との談。確かに、猫の足に糞が付いたままでは放置できないので、この理由は人間と暮らすことにおいては正当なものではあるが、本猫にとってはあまり気になっていなかった様子、加えてシャンプーに慣れていないので、猫にとっては「本気で抵抗したいくらい理不尽で嫌だった」事が噛んだ理由と思われる。

■ 噛みつかれてできた傷(=咬傷)の怖いところ

 上記の事例で紹介したように、犬や猫の本気噛みによる細菌感染や、野生動物と鉢合わせた際に深く引っかかれる、噛まれるといった傷は短時間の間に一気に炎症が起きてしまいます。

 人間の口腔内には多くの常在菌がいることが知られており、起床時の口腔内の雑菌は非常に多いのですが、同様に犬や猫の口腔内にも多くの菌が存在しています。この雑菌が浅い傷に付着した程度であれば、せっけんと水道水で充分に洗い流す事で感染による炎症を防ぐことができます。

 しかし、犬や猫の鋭い牙は本気で噛むと表皮を通り越して筋肉や腱にまで達する事があります。咬傷の怖いところは、この傷の深さ。咬傷による深い傷は細菌が活発に繁殖しやすい環境。菌が繁殖するための適度な温度、栄養となる血液などの体液や細胞組織をエサとしてものすごい勢いで増殖していきます。

 これに対抗すべく、白血球などの免疫システムが細菌と戦うのですが、最初のうちは免疫システムが防衛戦を行う事で、咬傷部の腫れや熱感、痛みの増強という「炎症」状態が局地的に出現します。腕や足の深い部分に炎症が起こると、蜂窩織炎というたちの悪い炎症を引き起こす事や、筋肉や腱が壊死してしまうなどもあり得ます。広範囲にわたって壊死した筋肉を手術で切り取るという事も実際に起きています。

 もしこの状態から放置しておくと、体中の免疫システムが徐々に低下、免疫システムを維持しようとするために体力も消耗していきます。結果的に、細菌が血液中に入り込む菌血症が起こり、血液に乗って他の臓器にまで菌が感染して臓器内で炎症を起こします。そして、「敗血症」は、免疫システムが菌に抵抗できなくなり、菌が排出する毒素などが全身に大ダメージを与えるため、多臓器不全を起こすなど死亡率も上がります。

 このため、噛まれた部分は速やかに洗浄して汚染を除去する処置を行う事が必須となります。特に、猫による咬傷の場合、見た目以上に細く鋭い牙が骨に近いところまで達する事があるため、骨にまで達している場合は骨髄炎を引き起こす原因ともなります。

 洗浄処置を充分に行った後、予防的に抗生剤を使いますが、同時に破傷風のワクチン(破傷風トキソイド)を投与される場合もあります。破傷風トキソイドの投与は、感染の3徴候と言われている「傷の部分の熱感、発赤、腫脹」が見られる場合と、傷の状態、経過時間などのガイドラインに従って行われます。

■ 破傷風トキソイドや様々なワクチンが大事なワケ

 破傷風という感染症はとても厄介なもののひとつ。破傷風菌が産生する毒素には、神経毒と溶結毒がありますが、特に怖いのが神経毒。神経に作用する事で筋肉を動かすことが困難となり、筋の強いこわばりから激しいけいれんを引き起こし、死亡率がかなり高いものです。この破傷風菌が厄介なのは、少しの破傷風菌の毒素でも人体に大きく影響する事、破傷風菌自体が熱や乾燥に対して高い抵抗性を示す「芽胞」という状態でその辺の土などに潜んでいる事。

 乳児の定期接種ワクチンの中に破傷風トキソイドを含む混合ワクチンの接種が予防接種法により推奨されているのは、命に関わる感染症に対して無防備な状態から、抗体というバリアを体内で作れる状態にしておくため。しかし、この抗体も永久に持続するわけではないものが多いのが現状。

 赤ちゃんの時に混合ワクチンで破傷風入っていたのにまた必要なの?と思う人も多いと思いますが、1967年以前には実は破傷風トキソイドは予防接種に含まれていませんでした。そして、それ以後に生まれた人でも10年に1度、破傷風トキソイド接種を行う事で抗体を持続させられるのです。1967年以降の生まれでも、破傷風トキソイドを接種した記憶がはっきりと残っていなければ、念のために受傷時に2回、追加で1回の予防接種が推奨されます。

 ワクチンの効果は10数年前後で効果が薄れてしまうものが多くあります。小学校に上がってから、また中学に上がる頃にワクチンの追加接種を行うように推奨されるのも、こういった理由があるのです。ワクチンの接種歴は小児であれば「母子手帳」に全て記入されていきますが、成人後は接種を証明する医療機関が発行する証明などがカードに記載されて発行される事がかなり少ないのが現状。宮崎が病院から発行された予防接種を証明するカードは、他のワクチンを接種した時にも有効であり、医療機関でどのワクチンを接種したかが分かるため、事故などで他の医療機関にやむを得ずかかる場合、他県への引っ越しなどで初めてかかる医療機関に対しても効果があると言えます。

■ 噛まれた時と土いじりの時の傷は必ず受診を

 動物に噛まれた時に一つでも破傷風の芽胞が入ってしまうと発症する可能性は高く、室内飼いしているといっても体をよく舐める猫や、お散歩の時に外の物を口にしてしまいそうになる犬には破傷風の芽胞がどこかに付いている可能性は否定できません。そして、破傷風の芽胞は土や泥、砂ぼこりなどにも多く含まれています。

 転んで表面を擦りむいた程度の浅い傷であれば、水道水でよく洗浄して汚れと雑菌を洗い流して止血し、ハイドロコロイド素材の絆創膏などで傷口を完全に密封する事できれいに治る事があります。しかし、ガーデニング中に土や植物の破片などが付いた刃物でケガをしたり、本気で噛まれた時はなるべく早い時間に皮膚科や外科などで処置を受けるようにしてくださいね。

<参考>
国立感染症研究所 破傷風とは
こどもとおとなのワクチンサイト ワクチンと病気について 破傷風トキソイド
ほか

(梓川みいな/正看護師

【看護師コラム】ペットに噛まれたら「こうなった」 動物からの細菌感染のお話