「宇宙作戦隊」が、5月18日航空自衛隊の隷下の部隊として20人態勢で発足しました。

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 20人という極めて小規模な部隊ですが、宇宙戦を遂行する部隊が誕生したことは、自衛隊の歴史において画期的な意義を有します。

 なぜならば、宇宙戦は現代戦において不可欠な要素ですが、今まで自衛隊は宇宙戦を担当する部隊を持たない不完全な組織だったからです。

 小さく生まれた「宇宙作戦隊」を大きく育てるべきです。

「宇宙作戦隊」の創設は、米国の「宇宙軍」の創設と関連づけて考察すべきです。

航空自衛隊「宇宙作戦隊」と米宇宙軍

 米国のドナルド・トランプ大統領は、2019年12月20日、2020会計年度の国防権限法に署名し、これにより「米宇宙軍(US Space Force)」が正式に創設されました。

 宇宙軍の創設については、米軍内部からも「宇宙軍の創設は屋上屋を重ねるものであり、現在の体制で十分だ」という根強い反対がありました。

 トランプ大統領は、軍の反対にもかかわらず宇宙軍の創設にこだわりました。

 彼の狙いは、陸・海・空軍と同格の第6の軍種として宇宙軍を創設することにより、「歴史に名を遺す大統領になる」ことでした。

 トランプ大統領宇宙開発へのこだわりは、彼が尊敬してやまないロナルド・レーガン大統領に触発されたものです。

 トランプ大統領の安全保障に関するスローガンである「力による平和(Peace through Strength)」はレーガン大統領スローガンを真似たものです。

 そして、2016年の大統領選挙期間中にトランプ陣営は、「力による平和」と並んで「米国の宇宙開発の復活」をスローガンにしました。この2つは明らかにレーガン大統領コピーです。

安全保障における宇宙の重要性

 米軍の「宇宙軍」や自衛隊の「宇宙作戦隊」の創設の背景には中ロの宇宙における能力の向上があります。現代戦を見据えた宇宙の重要性*1について以下に列挙します。

●中国とロシアは、宇宙を現代戦にとって不可欠な空間と認識し、米国の衛星等を攻撃する能力を切り札だと考えています。

●中ロは、宇宙ベースの情報収集、監視、偵察などの重要な宇宙能力を開発してきました。また、衛星航法衛星群(米国のGPSに相当)などのシステムの改良も進めています。

 これらの能力は、世界中の軍隊を指揮・統制する能力を軍に提供します。そして、状況認識能力を高め、米軍やその同盟国の軍隊を監視・追跡・標的とすることを可能にしています。

●中ロの宇宙監視ネットワークは、地球軌道上にあるすべての衛星を探索、追跡し、その衛星をその特徴に基づき識別しています。この機能は、宇宙での自らの衛星の運用と相手の衛星に対する攻撃にとって不可欠です。

●米中ロは、通信妨害能力、宇宙でのサイバー戦能力、指向性エネルギー兵器(エネルギーを目標に照射して機能を低下・破壊する兵器。レーザー、高周波マイクロ波兵器など)、同一軌道上で相手の衛星を攻撃する能力、地上配備の対衛星ミサイルなどを開発しています。

●国連は、宇宙の軍事化を制限する協定を推進しています。これらの協定は多くの宇宙戦能力に対応できておらず、中国とロシアが対宇宙兵器を開発しているのを検証するメカニズムも欠如しています。

*1=米国の国防情報局(DIA:Defense Intelligence Agency),“宇宙における安全保障への挑戦(Challenges to Security in Space)”

日本の宇宙開発能力

 日本の宇宙開発の能力は世界的に見ても高く評価されています。

 日本が初めての人工衛星おおすみ」(100%国産技術の固体燃料ロケット)を打ち上げたのは1970年2月のことであり、これは中国よりも早く「アジアで最初、世界で4番目」の快挙でした。

 さらに1998年には火星探査機「のぞみ」を打ち上げ、火星探査機を打ち上げた世界で3番目の国になりました。

 また、探査機「はやぶさ2」を地球から約3億キロメートルも離れた小惑星リュウグウ」に着陸させるなどの大きな成果を挙げています。

 H2Aロケットについては、35回連続で打ち上げに成功しているほど信頼性が高いロケットであり、その打ち上げ成功率は97.5%です。さらに日本は、国際宇宙ステーション運用の参加国です。

 以上のような実績を積み重ねてきた日本ですが、宇宙戦の分野では宇宙大国である米中ロに引き離されています。

 宇宙戦において、日本はG7構成国の中では最も遅れた国です。

「宇宙作戦隊」の創設によりやっとスタートラインについた状況です。遅れた理由は、憲法第9条に起因する「宇宙の平和利用」というイデオロギーです。

40年間続いた非軍事利用のイデオロギー

 宇宙開発事業団NASDA)を設置する際、日本の宇宙利用を非軍事に限定*2したいという思惑がありました。

 そのため、「非軍事利用が平和目的の利用である」ことを明確にするために、「(日本の宇宙開発は)平和利用に限る」という国会決議が1969年に採択されました。

 しかし、国際的には、「平和目的の宇宙利用とは、防衛目的の軍事利用を含む」という了解があります。

 日本が約40年続けてきた、この「宇宙の非軍事利用=平和利用」というガラパゴス思考を打破するきっかけになったのは、北朝鮮1998年に行った弾道ミサイルテポドン」の発射でした。

 日本の安全保障が北朝鮮弾道ミサイルにより直接的に脅威を受けている現実を目の当たりにして、政府は情報収集衛星の保有を1998年に決めます。

 自衛隊は衛星保有を禁止されていましたから、内閣が所有・運用するという仕組みを取りました。

 この自衛隊が衛星を保有できないという規定は現実に合致せず、結局、2008年5月に制定された「宇宙基本法」により、「防衛的な宇宙利用は宇宙の平和利用である」という国際標準の考え方がやっと認められたのです。

 つまり、宇宙基本法は、日本の宇宙政策に最大の転換点となったのです。

 宇宙基本法がもたらしたこの変化により、防衛省自身が衛星を所有することが可能となりました。

*2=青木節子、日本の宇宙政策、nippon.com

「防衛計画の大綱」に見る宇宙利用の変遷

 宇宙基本法の成立を受けて、宇宙を防衛目的のために利用することを初めて明記したのは、2010(平成22)年12月に決定された防衛計画の大綱(「22大綱」)です。

「22大綱」では、「宇宙空間を使って情報収集をする」という限定的な表現をしました。

 2013(平成25)年12月に決定された「25大綱」では、衛星を用いた情報収集や指揮・統制・情報・通信能力の強化、光学やレーダーの望遠鏡宇宙空間を監視すること、宇宙状況把握(SSA:Space Situational Awareness)が具体的な「防衛的な宇宙利用」であるとして記載されています。

 つまり、防衛目的の宇宙利用はより積極的なものとなったのです。

 2018(平成30)年12月に決定された「30大綱」では、「宇宙・サイバー電磁波といった新しい領域における優位性を早期に確保すること」と記述され、「宇宙における優位性を早期に確保する」という表現で、世界標準の考え方が示されました。

「30大綱」ではまた、陸・海・空という伝統的な空間にプラスして宇宙・サイバー電磁波の領域を加えた6つの領域(ドメイン)を相互に横断して任務を達成する、「領域横断作戦」が採用されたことも特筆すべきです。

「30大綱」に規定された自衛隊の宇宙に係る役割は次の通りです。

①日本の安全保障に重要な情報収集

②通信、測位航法等に利用されている衛星が妨害を受けないように、宇宙空間の常時継続的な監視を行うこと

③妨害を受けた場合には、どのような被害であるのかという事象の特定、被害の局限、被害復旧を迅速に行うこと

 これらの任務が「宇宙作戦隊」の任務に直結します。

 我が国は「30大綱」でやっと宇宙戦を遂行するスタート地点に到達したのです。

日本の宇宙戦の課題

 2015年、私は米国のシンクタンク・戦略予算評価センター(CSBA)を訪問し、エア・シー・バトル(ASB)について議論しました。

 彼らは、中国やロシアの攻撃による米国の衛星インフラの被害を非常に憂慮していました。

 CSBAの対策案は、衛星インフラの強靭化(通信妨害やレーザー攻撃などに耐えられるものにすること)、攻撃された衛星を代替するための小型衛星を打ち上げること、無人航空システム(UAS)で衛星を代替すること、報復手段の保持による抑止などを挙げていました。

 相手の攻撃にいかに対処するかは日本にとっても喫緊の課題なのです。

 世界中で報道されている内容を分析すると、宇宙戦は、戦時だけではなく平時においても実施されていると認識すべきです。

 日本の衛星も平素から通信妨害やレーザーによる妨害などを受けていても不思議ではありません。

 したがって、各省庁がバラバラ宇宙開発を担当する体制から、平時から宇宙戦に対処する国家ぐるみの体制を整備すべきです。

 例えば、SSA体制を完成するためには内閣府防衛省・国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構JAXA)が協力しなければいけません。

 我が国と米国との連携・協力のためには内閣府防衛省外務省JAXAが協力しなければいけません。

 宇宙予算の確保は内閣府が担当しますが、将来的には宇宙開発全体を担当する「宇宙庁」の新編が議論される可能性もあります。

「航空宇宙自衛隊」構想

 防衛省は、国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画(中期防)、宇宙基本計画・工程表を根拠にしながら宇宙に係ってきました。

 そして、防衛省にとってもう一つの重要な柱である「日米の宇宙分野での協力」は、「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」を根拠にしながら、米国との協議や対話を行ってきました。

 防衛省自衛隊は、いよいよ「宇宙作戦隊」を編成し、将来的には「航空宇宙自衛隊」構想が報道されるようになりました。

 ただ気になることがあります。

 まず、日本の宇宙分野を統括するのは内閣府宇宙開発戦略推進事務局ですが、その他の機関としてJAXA、内閣衛星情報センター、三菱重工業などの民間企業などがあります。

 それらの機関の宇宙領域の任務などの関係がどうなるのかが問われます。

 次いで、「航空宇宙自衛隊」は、宇宙を担当して何をするのかが問われます。

 SSAだけでは中国やロシアの宇宙戦に対抗できません。SSAの次にくる重要な任務は「宇宙交通管理(STM: Space Traffic Management)」です。

 この「宇宙交通管理」をどの組織が担当するのか、その担当組織と「航空宇宙自衛隊」との関係をどうするかなど、明確にしておかねばならないことが山積しています。

 さらに、「航空宇宙自衛隊」は日本の衛星の防護にも関与するのか、さらに対象国の衛星の破壊や機能麻痺を引き起こす対宇宙(攻撃的な宇宙戦)にまで踏み込むのかなどが問われます。

 筆者は、中国人民解放軍の宇宙を担当する戦略支援部隊の能力を勘案すると、対宇宙の能力を抑止力として保有すべきだと思います。

 また、自衛隊のミサイルなどの長射程化が予想されますが、攻撃目標の絞り込み(ターゲティング)などに宇宙をベースとしたC4ISR(指揮、統制、通信、コンピューター、情報、監視、偵察)能力は不可欠です。

 この機能も「航空宇宙自衛隊」が担当するのかなど、検討すべき事項は多いと思います。

 さらに、宇宙戦と密接な関係にある情報戦、サイバー戦、電子戦を担当する日本の各組織との関係をいかに律するかも課題です。

 その意味で、人民解放軍の「空天網一体化(空・宇宙・サイバー電磁波領域の一体化)」という4領域を融合する考え方は参考になります。

 いずれにしろ、日本が宇宙戦において普通の国になるために克服すべき課題は多く、着実にその課題を克服していくべきです。

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