キャプテンフック / PIXTA(ピクスタ)

◆検察庁法改正を許せば、日本という国は壊れる
 新型コロナによる自粛生活などで国民が犠牲を強いられる中、火事場泥棒的に成立させられそうになった検察庁法改正案は、野党の根強い追及に加えて、多くの国民が声を上げ、目に見える支持率低下として安倍政権に思い知らせることができた結果、今国会での成立見送りとなった。

 しかもその後、5月21日には「週刊文春」が報じた「黒川弘務東京高検検事長 ステイホーム週間中に記者宅で“3密”『接待賭けマージャン』」という記事を受けて、黒川検事長が辞任を表明するという意外な結末を迎えた。

 しかし、この辞任で幕引きにしてはいけない。この検察庁法改正案の考えや、議論の進め方の本質的な問題は何一つ解決していないからだ。法解釈に基づき、さらに過去の政府見解すらも口頭決裁で180度覆すという無茶苦茶なことをしたことは揺るがない事実だ。こうした無茶苦茶を許さないためには、国民が厳しく「1月の閣議決定撤回」に至るまで声を上げていく必要がある。

 『月刊日本 6月号』では、「検察庁法改正 これで国が壊れる」と題する特集を銘打ち、元検察官であり『立憲的改憲 ──憲法をリベラルに考える7つの対論』 (ちくま新書)という著書もある山尾志桜里議員(無所属)に、今回の検察法改正における問題点を明らかにしている。是非ご覧いただきたい。

◆立法・行政・司法の三権すべてが破壊される
―― 安倍政権は閣議決定で黒川弘務・東京高検検事長の定年延長を認めた後、検察庁法改正案を提出しました。

山尾志桜里議員(以下、山尾):これは国家の根幹を揺るがす問題です。まず安倍政権が黒川氏の定年延長を閣議決定したことで、同氏が検事総長になる可能性が開かれました。しかし時の政権が法を曲げて「準司法機関」である検察の人事に介入すれば、検察の独立と中立が脅かされ、司法権の土台が崩れます
 また安倍政権は閣議決定の法的根拠が揺らぐと、国会で積み上げてきた法解釈を一方的に変更しました。しかも、法解釈を変更した時期を偽っている疑いが極めて強い。これは立法権に対する侵害です。

 さらに安倍政権はこれらの問題を覆い隠すために官僚に虚偽答弁を強制しています。その結果、各省庁の答弁が支離滅裂で行政機構全体が機能不全に陥りつつある。行政権を劣化させています

 安倍政権はこの問題を通じて、立法・行政・司法いずれの権能をも毀損しているのです。三権全てを毀損するとは、つまり国家を毀損するということです。このままでは法治国家の原則そのものが覆りかねない。「この政権から日本の国家を守らなければならない」と強く感じています。

―― なぜ検察官の定年延長は問題なのですか。

山尾志桜里議員(以下、山尾):まず安倍政権は閣議決定で黒川氏の定年延長を認めました。こうして「内閣は特例的に特定の検察官の定年を延長することができる」という既成事実を作ったあと、法改正でこれを制度化しようとしています。その狙いは、総理大臣すら逮捕・起訴できる検察の人事権を掌握することです。しかしその結果、検察が内閣に従属するようになれば、検察の独立と中立が失われ、ひいては三権分立や法の支配そのものが崩れかねません。

 制度を変える場合は、本当に変える必要があるのかという「必要性」、そうだとしてもそれを変えることは許されるかという「許容性」が問われます。しかし安倍政権がやろうとしていることには必要性も許容性もありません

 そもそも検察には「検察官一体の原則」という前提があり、どの検察官であったとしても同じ判断・結論に至ることが求められています検察官の属人的判断で起訴・不起訴や求刑などの結論が変わってはいけないからです。つまり、検察官は「替えがきく存在」であること、「属人的な要素がない」ことこそが正義の前提なので、黒川氏だけ特別扱いして定年を延長する必要もありませんし、むしろ許容してはならないのです。

―― なぜ安倍政権はこんなことをするのか。

山尾志桜里議員(以下、山尾):安倍政権の思惑は二つあると思います。一つは、官邸への権力集中です。これまで安倍政権は異例の人事権を行使することで官邸に権力を集中させてきました。内閣人事局で各省庁の人事を支配しただけでなく、従来の慣例や通例を破って、日銀や内閣法制局、最高裁など独立的・中立的な組織の人事にも介入してきた。その総仕上げとして、検察人事にまで介入を強めたのではないかということです。

 もう一つは、安倍政権に特有の論功行賞です。この政権には「ヤクザ的フェアネス」というか、自分のために泥をかぶった人間はかならず出世させるという特徴があります。それは森友問題で安倍総理の盾になった財務官僚が全員栄転していることからも見てとれます。

 もちろん黒川氏が安倍総理のために泥をかぶった、具体的には政権の意向に従って特定の事件を捜査しなかったとか、特定の容疑者を不起訴にしたとか、そういう事実が明らかになっているわけではありません。ただ検察の人事制度をひっくり返し、違法の誹りを受けてまでも辞めさせたくないほど、安倍政権にとって黒川氏が特別な存在だったことだけは明らかだと思います。

◆安倍政権の説明は支離滅裂
―― この問題に関する安倍政権のやり方や説明は滅茶苦茶です。順を追って教えていただけますか。

山尾志桜里議員(以下、山尾)1月31日、安倍政権は突如として黒川氏の定年延長を認める閣議決定を行いました。これにより、2月7日に63歳の誕生日を迎えて定年退職する予定だった黒川氏は勤務を継続することとなりました。
 ここから、なぜ黒川氏の定年を延長する必要があったのか、そして、特定の検察官の定年延長を認める法的根拠はあったのかという二つの問題が出てきます。しかし安倍政権の説明は支離滅裂です。

 まず黒川氏の定年を延長した理由については、野党が何度尋ねても、森雅子法務大臣は「重大かつ複雑、困難な事件の捜査・公判に対応するため」としか言いません。「それはどういう事件なのか」と尋ねても何も言わない。言える理由がない以上、言えない理由があるとしか思えません。

 次に検察官の定年を延長した根拠についてですが、法務省は当初「国家公務員法(国公法)の規定を検察官に適用した」と説明していました。国公法は公務員の定年延長を認めているので、それを拡大解釈して検察官に適用したということです。しかし、1981年の政府答弁では「国公法の規定は検察官には適用されない」と明言されていたのです。

 私は2月10日、森大臣にこの矛盾について質問しました。私は合計6回「81年の政府答弁の存在を知っているか」と尋ねましたが、森大臣は一度も「知っている」とは答えませんでした。森大臣の無知は明らかですが、それ以上に不可解なのは、後ろに控えている法務官僚が一度もペーパーを差し入れなかったことです。法務省は81年の政府答弁を知っているけど法務大臣に教えなかったのか、そもそも法務省自身も知らなかったのか。いずれにせよ、法務省が現在の政府解釈と81年の政府解釈との矛盾をどう解消するかという問題を検討していなかったことは間違いありません。

 2月12日には後藤祐一議員(国民民主党が「81年の政府答弁のとおり、国公法の規定は検察官に適用されないという解釈でいいのか」と確認したところ、内閣人事院の松尾恵美子・給与局長は「現在まで同じ解釈を続けている」と答弁しました。この時点で法務省と人事院の見解は食い違っています

 翌2月13日には、安倍総理が衆院本会議でいきなり「定年延長は法解釈を変更した結果だ」などと言い出しました閣議決定後に発覚した81年の政府答弁との矛盾を解消するために、日付を遡って閣議決定前の1月下旬に法解釈を変更したと嘘をついたことは明らかです。今さら誰が見ても後付けの説明を、しかも総理自身が本会議でするとはお粗末にも程があります。

 政府が解釈を変更したならば、人事院の答弁は間違っていたことになります。そこで私は2月19日、人事院の松尾局長に「なぜ2月12日に『現在も同じ解釈を続けている』と答弁したのか」と質問しましたが、松尾局長は「『現在』という言葉の使い方が不正確だった。撤回させていただく」「(『現在』とは答弁した2月12日ではなく)法務省から相談をうけた1月22日までということだ」「つい言い間違えた」などと答弁しました。1週間前まで国民に対して事実を述べていたであろう誠実な官僚が、総理の都合に合わせて虚偽答弁を強いられたということです。

◆議論の力で社会は動く
―― この混乱に森大臣がさらなる拍車をかけます。

山尾志桜里議員(以下、山尾)2月20日、森大臣は法解釈を変更した時期は「1月22日だ」と答弁しました。しかし法解釈の変更を認めたとされる人事院の決裁文書には日付が入っていなかった。安倍政権が日付を遡って事実を誤魔化したとみるべきでしょう。

 3月9日には小西洋之議員(無所属)が参院予算委員会で法解釈を変更した理由を尋ねたところ、森大臣は「社会情勢の変化等を検討した結果だ」と答えました。「どのような社会情勢の変化があったのか」とさらに尋ねると、森大臣は「東日本大震災の時、検察官は福島県いわき市から国民、市民が避難していない中で最初に逃げた」「身柄を拘束している十数人を理由なく釈放して逃げた」などと答えました。しかし、これは事実に反する*発言です。
〈*”森まさこ法相の 「いわきの検事が逃げた」答弁は本当か? 公文書が語る真実”|HBOL

 そこで私は3月11日の法務委員会で「発言内容は事実か」と確認しましたが、森大臣は「事実だ」と断言しました。「それは政府の統一見解か」と念を押すと、「個人の見解だ」という答弁でした。国会で大臣が事実と異なる個人の見解を述べるなど、およそ考えられないことです。そのため法務委員会の審議はその場でストップして、そのまま散会してしまいました。翌12日、森大臣は「事実と異なる発言をした」と謝罪しましたが、法務大臣が虚偽答弁で検察官の名誉を傷つけるなど、ありえないことです。

 安倍政権は公然と虚偽答弁や答弁変更を繰り返すため、あっけにとられて本質を見失いがちなのですが、それでもなお「なぜ法解釈を変えたのか」「その解釈変更は許されるのか」ということをしっかり追及する必要があります。

 結局、現在の説明はこうです。法務省は昨年10月に検察官の定年延長を検討したところ、必要ないという結論に至ったが、昨年12月に再検討したら、やっぱり必要だという結論に変わったと。それでは、どういう経緯で結論が変わったのか。野党がいくら質問しても、森大臣は「考え直す時間があったからです」としか言わない。何の答えにもなっていませんが、それ以上は何も答えないのが実情です。

 すでに黒川氏は定年を延長して勤務を継続していますが、そこに明確な法的根拠はない。政府の違法行為により、違法状態が続いていると言わざるをえません。

―― 安倍政権は「法解釈の変更」に行き詰まって「法改正」に舵を切り、国家公務員法改正案と束ねて検察庁改正法案を提出しました。

山尾志桜里議員(以下、山尾):これは政府の違法行為を後から合法化するもので、容認できません。議論の手法もよくありませんね。安倍政権は検察庁法改正案を「束ね法案」で、しかも新型コロナウイルスの危機の真っ最中に提出しましたが、このまま審議時間を短くして強行採決に持ち込むつもりでしょう。これほど重大な法案を危機的な状況の裏で、他の法案に紛れ込ませて数の力で押し通すなど、民主主義に悖るものです。

―― 検察庁法改正案は5月8日に衆院内閣委員会で審議入りしましたが、野党が要求していた森大臣の出席は実現しませんでした。

山尾志桜里議員(以下、山尾):森大臣の代わりに答弁に立つことになった武田良太国家公務員制度担当大臣が、「本来、法務省からお答えすべきだと思う」と白状してしまいました。国家公務員法と検察庁法を切り離して、前者は成立させ、後者はコロナの収束をみながらきちんと本質的な議論をすればよいのです。

―― これほど重大な法案が、これほどデタラメなやり方で提出されても、最後は強行採決で押し通される。その結果、政府の違法行為が後から合法化される。こんなことがまかり通るならば、法治主義や民主主義は死んだも同然です。

山尾志桜里議員(以下、山尾):今回、野党側から、検察庁法改正部分を削除した上で検察官の定年延長を認めないとする修正案を提案しています。数の力で負けていても、あきらめずに議論の力を信じることです。国会の内側外側で、建設的な議論を前向きに続けることです。
 実際、SNS上では「検察庁法改正案に抗議します」というツイート500万回以上も投稿されました。議論の力で社会は動く。そのことを信じて、前向きで本質的な発信をしていきたいと思います。

(聞き手・構成 杉原悠人)

HBOL編集部注:本稿執筆後の5月21日、「週刊文春」が報じた「黒川弘務東京高検検事長 ステイホーム週間中に記者宅で“3密”『接待賭けマージャン』」という記事を受けて、黒川検事長は辞任を表明。しかし、この辞任で幕引きをしてはいけない。なにしろ、山尾議員が語った本質的な問題は何一つ解決しておらず、法解釈に基づき、さらに過去の政府見解すらも口頭決裁で180度覆すという無茶苦茶なことをしたことは揺るがない事実だからだ。こうした無茶苦茶を許さないためには、国民が厳しく「1月の閣議決定撤回」に至るまで声を上げていく必要がある

【月刊日本】
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

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