おうちをシアトリカルなエンタメ空間に! いま、自宅で鑑賞できる演劇・ミュージカル・ダンス・クラシック音楽の映像作品の中から、演劇関係者が激オシする「My Favorite 舞台映像」の3選をお届けします。(SPICE編集部)



ホーム・シアトリカル・ホーム~自宅カンゲキ1-2-3  [vol.24] <小劇場演劇編>
「初めて観るなら、映画化された名作で」3選​ by 吉永美和子

【1】五反田団『生きてるものはいないのか』
【2】イキウメ『太陽』
【3】ヨーロッパ企画サマータイムマシン・ブルース

 

連載も20回を超えた「ホーム・シアトリカル・ホーム」ですが、ここで満を持して「小劇場演劇」──映画や音楽で言うところの「インディーズ系」舞台映像のオススメについて語らせていただきたいと思います。

とはいえインディーズの映画や音楽がそうであるように、小劇場も玉石混交が著しい世界。正直痛い目に遭うこともあるけど、思いがけず「玉」に出会った時は、万馬券を当てたような歓喜と快感にどっぷり包まれます。それを味わってしまったがために、生涯をかけてこの世界を追いかけ続ける筆者のような中毒者も少なくはないのです。

私にとっての「玉」作品は、3本に絞るのは苦行と言えるほど数多あるのですが、今回は「映画化されたことがある小劇場の舞台作品」という基準を設けました。プロの映画監督が「ぜひこれを自分の手で映像化したい!」と、パッションをたぎらせた舞台作品なんですよ……と言えば、多少なりともハードルが下がることでしょう。そうして選んだ舞台作品の映像ですが、奇しくも新型コロナウイルスで世界全体がパニくっている現状を、何となく思わせるような作品がそろっちゃいました。

【1】五反田団『生きてるものはいないのか』

鬼才・石井岳龍(聰亙)監督10年ぶりの新作として、2012年に公開された映画『生きてるものはいないのか』。

【動画】映画『生きてるものはいないのか』予告編(監督:石井岳龍)


その原作となったオリジナルの舞台は、東京の劇団「五反田団」主宰で、小説家としても知られる前田司郎が2007年に発表した作品で、この翌年「演劇界の芥川賞」と言われる「岸田國士戯曲賞」を受賞しています。

五反田団『生きてるものはいないのか』公演チラシ。

五反田団『生きてるものはいないのか』公演チラシ。

20数名ほどの人々が、ちょっとした問題や諍いはあれども、おおむね安穏と暮らしている日常が描かれたかと思いきや、その人々が次々に倒れて死んでいく……という、前半・後半で温度差があり過ぎな展開が評判となりました。にしてもこの物語、大半の人の死の兆候が「激しい咳」と「呼吸困難」。初演当時はさほどそこを意識しなかったのですが、今となっては「新型コロナ肺炎の予言か?」とか考えてしまいますねどうしても。

とはいえ、その死の連鎖のパニックをエモーショナルにとらえた映画版を観た人が、舞台版の方を見ると拍子抜けしそうです。物語自体にさほど大きな違いはないのですが、舞台版の方はこう言っちゃなんだけど、結構笑ってしまう所が多い。シリアスな展開の中で、たまに出てくる「いやあなた、死ぬ前にそんなことする?」とツッコミたくなるような、間抜けな言動にフッと客観的になる→笑ってしまうという感覚が、舞台版の方が不思議と強いのです。人類滅亡のような大問題から、「何となく家に帰りたくない」という些細な問題まで、この世にはびこる「どうしようもないこと」の数々を、クールだけど妙に牧歌的な視点で描いてきた、前田ならではの終末ものでしょう。

【動画】五反田団『生きてるものはいないのか』『生きてるものか』DVD発売予告

そんなわけで観劇後は、人がバタバタ死んでいく恐怖に絶望するよりも、むしろそれぞれの人の死に様を通して「私は死ぬ時に何を残すのか」「カッコ悪く死なないためにはどう生きればいいか」など、自分の生き様を前向きに見つめ直すことになるんじゃないか、とも思うわけです。ちなみに『生きてるものか』という姉妹作もありますので、気に入ったら合わせてどうぞ。

【舞台版映像について】2009年再演版が、映画配信コンテンツ「LOAD SHOW」と、演劇動画配信サービス「観劇三昧」で視聴可能。

 

【2】イキウメ『太陽』

『SR サイタマノラッパー』などで知られる入江悠監督が、神木隆之介主演で2016年に映画化した『太陽』。

【動画】映画『太陽』予告編(監督:入江悠)


原作となったオリジナルの舞台は、壮大なスケールのSF作品を得意とする前川知大が、自らの劇団「イキウメ」で2011年に発表した作品で、2014年には蜷川幸雄演出・綾野剛主演の公演も実現しています。

イキウメ『太陽』公演チラシ。

イキウメ『太陽』公演チラシ。

舞台となるのは、バイオテロによって誕生した新人類「ノクス」と、旧人類「キュリオ」に二分された近未来の日本。強靭な肉体と精神力を持つけど、太陽光に弱く生殖能力も低いノクスは、キュリオの子どもを人工的にウイルス感染させることで、辛うじて社会を保っていた……と、先ほどの『生きてるものはいないのか』の設定が、まさにコロナ禍まっただ中の現在と重なるとしたら、ウイルスと共存する未来を描いたこちらは、どうしても「ポスト・コロナ」の世界を考えずにはいられなくなるでしょう。

とはいえこの物語、ノクスとキュリオ双方の優越/劣等感から生まれる様々な悲劇も当然描かれるけど、むしろ印象に残るのは「お互いがちょっと頑張れば、第三の道が生まれるかもしれない」という一縷の望み。人種が違えば、理解しづらい違いや得手不得手があるのは当たり前。でもそれを補い合えば、想像できないほど可能性が広がるんじゃない?……ノクスとキュリオに限らず、国籍や性別や宗教など、現実世界にはびこる様々な分断の本質を示唆すると同時に、その前川なりの解決策を、ユーモアとシリアスの緩急を巧みに付けながら描ききったのが、『太陽』の傑作たるゆえんなのです。

イキウメ『太陽』2011年初演より。 [撮影]田中亜紀

イキウメ『太陽』2011年初演より。 [撮影]田中亜紀

映画版の方は、具体的なビジュアルを見せられる映像表現の強みを活かし、両者の格差を明確にしたり、舞台版にはなかった恋愛要素などのスパイスをプラス。ラストも違った形で終わるんだけど、個人的には大きな希望を提示するような舞台版の方が好みです。前川作品は『散歩する侵略者』も黒沢清監督が2017年に映画化してるけど、どっちを取り上げるか迷ったほど『太陽』と比肩する傑作なので、できれば両方観ていただきたいところです。

【舞台版映像について】2011年初演版&2016年再演版のDVDが、イキウメ公式サイトなどで購入可能。

 

【3】ヨーロッパ企画『サマータイムマシン・ブルース』

瑛太(現・永山瑛太)や上野樹里に加え、ブレイク前だったムロツヨシ真木よう子なども出演し、今や青春SF映画の隠れた金字塔となっている、本広克行監督の『サマータイムマシン・ブルース』(2005年公開)。

【動画】映画『サマータイムマシン・ブルース予告編(監督:本広克行)


原作となったオリジナルは京都の劇団「ヨーロッパ企画」の舞台作品で、作者の上田誠は初演当時まだ21歳の現役大学生! 後に東京で彼らの舞台を観て、本広監督に推薦したのが『サマー……』映画版に出てる佐々木蔵之介というのも、ちょっと知ってほしい良い話です。

ヨーロッパ企画『サマータイムマシン・ブルース』2005年再演より。 [撮影]原田直樹 

ヨーロッパ企画サマータイムマシン・ブルース』2005年再演より。 [撮影]原田直樹 

前日にクーラーのリモコンが壊れた大学の部室に、突然タイムマシンが出現。部員たちは「昨日」にタイムスリップして、壊れる前のリモコンを取りに行くことにする……せっかくタイムマシンを手に入れても、ほぼ「昨日」と「今日」を往復するだけ。おそらくは、世界一時空のスケールの小さいタイムトラベル作品ではないかと思います。

とはいえ本作の見どころは、部員たちが「昨日」に介入したために起こる幾多のタイムパラドックスを、あの手この手で避けながらミッションをクリアしようとするところです。さらに「今日」の人々の間で起こっていた記憶のスレ違いの数々が、「昨日」の騒動が進むに連れて「ああ、原因はそれか!」と、芋づる式に謎がとけていくのも痛快。最後の伏線のピースがハマった時など、思わず拍手喝采ものでございます。

舞台版と映画版は、一部の登場人物の設定が違う程度で、物語の流れはほぼ同じ。だけど同じ人間を一つの画面に同時に出したり、タイムマシンをパッと消すのは難しくない「映画」と違い、「舞台」でそれをやる場合はいろいろなトリックが必要。「え、これどうするんだろう?」と思うようなシーンも、驚きのアイディア(たまに反則技)でことごとく具現化してるんだから、感嘆度は二倍となるはずです。

【動画】ヨーロッパ企画 第18回公演 『サマータイムマシン・ブルース2005』 DVD CM

先に紹介した2本と違い、本作はウイルスロックダウンなどとは何ら関わりのない、明るいコメディ。ただ新型コロナ登場以前の世界を「クーラーのリモコンがあった部室」とダブらせたら「あの頃に戻りたい! そのためにはタイムマシンでも何でも使ってやる!」と意気込む登場人物たちに、ものすごく共感するはず……というのはこじつけですかね。

折しもこの作品、2018年に劇団創立20周年記念として、続編となる新作『サマータイムマシン・ワンスモア』と2本立てで再演されたばかり。いくつかの年代のバージョンがDVD化されてるけど、できればこの最新版をオススメします。

【舞台版映像について】2005年再演版が、TSUTAYA TVで視聴可能。2003年&2018年再演版はヨーロッパ企画公式サイトなどでDVDを購入することが可能。


文=吉永美和子