『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、トランプ大統領新型コロナウイルスの「武漢研究所起源説」を主張する理由について語る。

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新型コロナウイルスは中国・武漢の研究所から流出した――ここ最近、たびたび取り沙汰される"風説"です。

すでに世界保健機関(WHO)や多くの科学者が「その証拠はない」と否定し、米トランプ政権のアドバイザーでもある米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ所長も「ウイルスは人為的または意図的に操作されたものではない」と明言したにもかかわらず、ここにきてトランプ大統領やポンペオ国務長官がこの話題を強力にプッシュしています。それも「膨大な証拠がある」とまで大見えを切って。

そもそもトランプは、「研究所起源説」を証明したいと強く思っているわけではないでしょう(ここが重要なポイントです)。感染拡大による人的被害や経済的被害は自分の責任ではない、悪者はほかにいる―そう言いたいがために、中国相手に泥仕合のようなケンカ、互いに決定的証拠を見せつけようのないケンカを吹っかけたとみるのが自然です。

これに対し中国側は「証拠があるなら見せてほしい」と反論していますが、中国という国はメンツを潰されそうになるとこうして必ず"マジレス"してくれる。ある意味、トランプにとっては都合がいいのです。挑発に乗らず、スルーされることが最も都合が悪いわけですから。

アメリカの感染拡大状況はアジアはもちろん、欧州と比べても深刻で、現段階では世界最悪といっていいような状況ですが、それでも一部の州や都市では、経済活動の一部解禁に踏み切ろうという動きもあります。

この大混乱のなかで大統領選挙を戦うトランプ陣営としては、責任の矛先が自分たちに向かってくることだけは避けたい。「中国に石を投げてみる」ことも、いわばひとつの"マイクパフォーマンス"なのです。

そして、トランプの支持層の中には、中国系を含むアジア系に対する差別心や嫌悪感を持っている人も多く、こういうあおりに反応しやすい。対立する民主党大統領候補がどんなに科学的な反論をしても、こういう層にはまるで響きません。

また、日本ではなかなか理解できないことですが、アメリカでは「マスクをつけないことが政治的アイデンティティになっている」ような層がいて、全米に広がったロックダウン反対デモでも、マスク着用反対のメッセージが躍っていました。

トランプ政権では主要ポストに就く人々のマスク着用率の低さが指摘されていますが、これもある種のアピールといえるかもしれません。本来マスク着用は政治とはまったく関係がなく、感染拡大防止の観点で必要なはずなのですが、「オレたちは他人に強制されてそんなものはつけたくない」というわけです。

そして、そういう層の中には、そもそもコロナの拡大というニュース自体がフェイクである......という超ド級陰謀論にどっぷり漬かっている人もいる。イデオロギーによって真実や科学を飛び越えていくタイプの人々に、トランプは訴えかけているのです。

猛反発する中国とのケンカが今後どこまでエスカレートするかはわかりませんが、場合によっては世界の混乱をさらに誘発することにもなりかねません。アメリカのまっとうな有権者は、この状況をどんな気持ちで見ているのでしょうか。

モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『水曜日のニュース・ロバートソン』(BSスカパー!)、『Morley Robertson Show』(Block.FM)などレギュラー出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!

「猛反発する中国とのケンカが今後どこまでエスカレートするかはわかりませんが、場合によっては世界の混乱をさらに誘発することにもなりかねません」と語るモーリー氏