本連載の第4回で、1日が「24時間10~20分」の体内時計が、睡眠はもちろん、生活リズムに大きく影響していることを解説しました。

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 今回は、その1日のリズムと、睡眠中のメカニズムについてもう少し詳しく掘り下げて解説いたします。

 そもそも、睡眠は何で必要なのでしょうか?

 もちろん、日中の活動によって疲れた体と頭を休ませて、回復させることは、睡眠の大切な役割です。

 特に、睡眠中には脳の中を「掃除」している可能性が示唆されています。 

 高齢者の場合、睡眠時間が短いと、アルツハイマー病の原因になるアミロイドという物質が脳のなかに溜まりやすくなると報告されています(1)。

 つまり、慢性的な睡眠不足によって、認知症のリスクが上がってしまうのです。

 また、よく言われるように、睡眠中に脳は「記憶の整理」をしています。

 その日に起きた出来事を反芻して、内容を整理、意味づけし、大切なことを記憶しています。

 その一つの証左として、記憶直後に睡眠をとった方が、記憶後に覚醒を続けるよりも記憶の低下が少なくなることが分かっています(2)。

 つまり、試験直前に勉強するとしても、徹夜明けで臨むよりも、少しでもいいから寝た方が良いのです。

 勉強はもちろんですが、仕事にしても、人間関係にしても、起きたことを記憶して、その情報をもとに少しずつよりよい方向に改善していくことが重要です。そういったフィードバックシステムは実り多い人生を送るために必須のものであって、睡眠がそれに一役買っているのです。

夜8~10時の間に寝てはならない

 さて、1日のサイクルを大きく分けると、「睡眠」と「覚醒」の2つの相で成り立っているのは間違いありませんが、意識のレベルは、日中に「山型」で、夜間に「谷型」になるといった、単純な構造にはなっていません。

 まず午後の14時前後の活動性が上がるべき時間帯に、一時的に意識は睡眠の方に傾きます。また意外なことに、眠る直前の時間帯(20~22時)は入眠に向けて意識レベルが一気に下がるかと思いきや、むしろ眠気は一時的に解消され、覚醒度が上がることが分かっています。この時間帯は、睡眠禁止ゾーン(forbidden zones)と呼ばれています(3)。

 意識レベルも意外と複雑な構造になっているのです。

スペイン人のシエスタは理にかなっている

 まずは日中の眠気について解説します。

 誰しも、昼食後に猛烈に眠くなったという経験があると思います。

 あの眠気については諸説あり、血流が胃に集まるからとか、血糖値が上がった後にインスリンにより下がるからなどと解説されることがありますが、医学的にはっきりと解明されているわけではありません。

 そして、あの眠気はそもそも食事とは関係なく、もともと人体に備わっているリズムが一役買っていると考えられるのです。

 なぜ、その時間帯に意識レベルが睡眠に傾くのか、はっきりした原因は分かりませんが、その時間帯は日中にもっとも気温が高くなるので、人類は昼寝することによって炎天下をやり過ごしていたのかもしれません。

 世界にはシエスタの習慣が残っている国もありますが、それは生物学的には理にかなっていると言えるでしょう。

 いずれにしても、眠気がひどいときには、いっそのこと15分から20分ぐらいの仮眠をとることをお勧めします。

 誰しも経験があると思いますが、短時間の仮眠であっても眠気はかなり解消されます。その方が、睡魔と闘いながら仕事をするよりも、生産性は格段に上がるでしょう。ただし夕方以降に仮眠をとると、夜間の睡眠に悪影響が出ることがあるので注意が必要です。

 次に、眠る直前の時間帯の睡眠禁止ゾーンですが、これもなぜあるのかについては、現時点でまったくわかっていません。ただし、それが「ある」ということはぜひ覚えておいてください。

 たとえば、「最近よく眠れていないから早く眠ろう」と思ってその時間帯に床についても、覚醒レベルが上がっているので、まずスムーズには眠れません。「寝なきゃいけないのに」とイライラすると、ますます眠くなくなってしまい、悪循環に陥りますのでご注意ください。

 以上のように、覚醒中の意識レベルにも波がありますが、睡眠中も、決して一定ではありません。

 私たちの睡眠は大きく「レム (REM)睡眠」と、そうではない「ノンレム(non-REM)睡眠」に分かれています。

「レム (REM)」はRapid eye movementの略で、その睡眠中には、閉じられたまぶたの裏で眼球がグルグル素早く動いていることから、こう名付けられています。

 レム睡眠とノンレム睡眠は本質的に異なる睡眠です。冒頭に解説した記憶の整理・定着は、主にレム睡眠で行われています(4)。

 そのため、脳は活発に働いており、夢を見るのも主にレム睡眠中です。その一方、体(骨格筋)はスイッチが切られており、体動はほとんど見られません。レム睡眠には、体を休めるという重要な役割もあるのです。

 よく聞く「金縛り」は、意識は覚醒しているのに体が動かないということですが、これはまさにレム睡眠中に特有の現象と考えられています。

 レム睡眠は脳が活発に働く睡眠である一方、ノンレム睡眠は脳を休ませるための睡眠と考えられています。やっぱり脳もクールダウンする必要があるのです。ただし、ノンレム睡眠中でも夢を見ることがあり、さらにはもっとも睡眠が深い時に夢が一番多いというパラドックスすらあります(5)。

 睡眠の深度と脳の活動性にはまだまだ未解明の部分があります。

「レム睡眠」=「浅い睡眠」の誤解

 さて、入眠直後に出てくるのはノンレム睡眠で、徐々に睡眠の深度が増していきます。その後は逆に徐々に浅くなり、レム睡眠へと移行します。

 このノンレム睡眠とレム睡眠のセットがおよそ90~120分周期で数回繰り返されます。そして徐々にノンレム睡眠の深度が浅くなるとともにレム睡眠の比率が増えて、最終的に覚醒します。

 みなさんも、この過程を図示したこのようなグラフをどこかで見たことがあるのではないでしょうか。

 しかし、実はこのグラフは多少ミスリーディングで、現代の睡眠医学の観点からすると修正すべき点がいくつかあります。

 まず、ノンレム睡眠の深度は以前から4段階あると言われており、厚生労働省の健康情報サイト「e-ヘルスネット」でもそのように説明されています。しかし、もともとステージ3と4は本質的に区別がしがたく、米国ではすでに3段階までに変更されています(6)。

 また、レム睡眠はノンレム睡眠とくらべて「浅い」睡眠と考えられており、グラフからもそのようにしか読み取れませんが、実はそうではありません。

 睡眠の「浅い」「深い」をどう定義するかでさえ、実は難しいのですが、一つの尺度として「周波数」があります。

 ノンレム睡眠では、睡眠が深くなっていくほど低周波になっていきます(もしくは低周波の睡眠を深い睡眠と呼んでいます)。

 一方レム睡眠では、いろんな周波数が混じった脳波になります。つまり、浅いも深いもない、ということです。

 以上のように、レム睡眠とノンレム睡眠は本質的にまったく違うので、前掲したよく知られているグラフは、このように書き換えた方が誤解が少ないでしょう。

 以上、少し専門的な解説になってしまいましたが、私が本稿で一番お伝えしたかったことは、睡眠や脳の機能についてはまだまだ未解明の部分も多く、今まで当たり前とされてきたことが日々塗り替えられる可能性も大いにある、ということです。

 一番問題だと思うのは、今では否定されている古い情報がアップデートされずに残っていて、それを日常生活に落とし込めずに四苦八苦したり、振り回されてしまったりするという事態でしょう。

 たとえば以前は「レム睡眠は浅い睡眠だから、その最中に起きれば一番目覚めが良い。つまり90分の倍数で起きる時間を決めるべきだ」という意見も散見されましたが、今やそんなことに心を砕く必要はまったくありません。

 大切なことは、メカニズムはあくまで情報として目配りしつつも、自分の心と体をしっかりとモニターすること。そしていかにして眠れば、快適な睡眠が得られるのかを、日々の経験を蓄積させることによって自分自身の手で作り上げていく、ということではないでしょうか。

参考文献

(1) Spira AP et al. Self-reported sleep and β-amyloid deposition in community-dwelling older adults. JAMA Neurol. 2013;70:1537-43.

(2) Aly, M. & Moscovitch, M. 2010. The effects of sleep on episodic memory in older and younger adults. Memory 18 : 327-334.

(3) Lavie P. Electroencephalogr Clin Neurophysiol. 1986 May;63(5):414-25. Ultrashort sleep-waking schedule. III. 'Gates' and 'forbidden zones' for sleep.

(4) Karni, A et al. Dependence on REM sleep of overnight improvement of a perceptual skill. Science 1994;265:679-682. 

(5) Foulkes D. The Psychology of Sleep. New York, NY: Scribner, 1966. 

(6) Schulz, Hartmut (2008). "Rethinking sleep analysis. Comment on the AASM Manual for the Scoring of Sleep and Associated Events". J Clin Sleep Med. 4 (2): 99–103.

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  7時間睡眠を勧める“あの”グラフには意外な続きが

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