(花園 祐:中国在住ジャーナリスト)

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 今年(2020年)3月、ネット上で話題となっていた漫画について「ステルスマーケティングが行われているのでは?」という疑惑が持ち上がりました。この疑惑の真偽については今回触れませんが、中立な第三者を装って商品やサービスを宣伝する、いわゆるステルスマーケティング行為は古今絶えません。

 またネットショッピングの拡大に伴い、ECサイトの商品コメントに大量の口コミを投入する手法も増えており、欧米のように日本も法規制化すべきという提言も出されています。

 そこで今回は、過去の事例を振り返りつつ、広告業界関係者にステルスマーケティングに対する認識や価値観、手法などについて聞いてみました。あわせて今後求められる対策についても考えてみたいと思います。

節目となったペニーオークション詐欺事件

 まず「ステルスマーケティング」とは何でしょうか。定義としては「広告主や宣伝業務の委託を受けた者が、中立な第三者を装い商品やサービスを宣伝する行為」を指します。

 消費者がなにか商品の購入を検討するとき、第三者がその商品をどのように評価しているかは大きな参考材料になります。第三者の肯定的な評価によって消費者の意識を購入へと誘導させるため、「商品の宣伝行為」を「自発的な第三者による口コミ」に見せかけることがステルスマーケティングとされます。

 こうしたステルスマーケティング行為は昔から行われてきましたが、かつては「サクラ行為」と呼ばれることの方が多かったようです。呼び方が「ステルスマーケティング」へと転換する大きな節目となったのは、2012年に起きたペニーオークション詐欺事件でしょう。

 あるオークションサイトにおいて、実際には落札することがほぼ不可能であるにもかかわらず、格安で様々な商品を落札できると見せかけ、消費者から手数料を巻き上げていたという詐欺事件です。そのあくどい詐欺手口もさることながら、一部の有名芸能人が報酬を受け取り、一般ユーザーを装って同サイトの宣伝を行っていたことが大きな話題となりました。

 知ってか知らずか実質的に犯罪の片棒を担ぐ形となった芸能人の多くが一時活動を休止するなど、その影響は社会的に大きく広がりました。同時に、こうした宣伝手法のことを「ステルスマーケティング」、または略して「ステマ」と呼ぶことが知られるようになり、現代に至るまで定着しています。

「真っ当な口コミなんてほとんど存在しない」

 ステルスマーケティングについて、当事者である広告業界ではどのように考えられているのでしょうか。あるベテラン広告代理店関係者に尋ねてみたところ、「話題作りの一環であり、古典的な口コミマーケティング手法として今も広く行われている」との答えが返ってきました。それどころか、「真っ当な口コミなんてほとんど存在しないのではないか」というのです。

 同関係者によると、広告代理店は、ステルスマーケティングであることがばれた場合、商品やサービス、ブランドイメージが大きな打撃を受けるリスクはもちろん認識しているとのことです。しかし「実際にばれることはほとんどない」らしく、リスクを承知のうえで行うケースが多いといいます。

 また、「実際は広告代理店よりも、下請けとなるPR会社や制作会社が行うことの方が多い」と指摘します。そのため仮にバレたとしても、広告主と広告代理店は「下請けが勝手にやったこと」にして、トカゲのしっぽ切りで責任を回避することができてしまうそうです。その結果、世の中にはステルスマーケティングが溢れかえっているというわけです。

法規制の効果はあるのか?

 欧米諸国ではステルスマーケティングについて、消費者保護の観点から法規制が行われています。普段目にするネット広告に「PR」や「Advertise」といったタグが付けられているのも、そうした国々の規制を受けての処置です。

 一方、日本国内では現在のところ、ステルスマーケティング自体を明確に規制する法律はありません。

 日本でも、日本弁護士連合会が2017年に提起した「ステルスマーケティングの規制に関する意見書」など、法規制を求める声は出ています。しかし、欧米諸国のように法規制したところで、「ステルスマーケティングを実際にやめる業者がどれだけいるのか」と規制の効果は疑問視されています。

 規制が行われている欧米諸国でも、ステルスマーケティングが実際に排除されているかというとそうでもなく、日本同様にネット上にあふれているのが現状です。

 とくに米国では、政府が無関係な人間をイラクのテロ被害者に仕立てて宣伝活動を行ったこともあります。この事例について先ほどの業界関係者は、「企業がやればステルスマーケティング、政府がやれば情報操作だ」と述べ、政府による法規制はダブルスタンダードとなるリスクがあることを指摘しています。

 日本でも、京都市吉本興業所属の芸人に市のプロモーションをツイートするよう委託していたことがありました。行政側が規制をかけたら、やはりダブルスタンダードということになります。

「法規制の効果にはあまり期待できない」という意見には、筆者も同感です。よほど強力な罰則を設けない限り、ステルスマーケティングがなくなることはないでしょう。

法規制よりも業界の自主規制に期待

 では消費者側はどのような対策をとればいいのでしょうか。

 まず今後は、消費者自身が怪しい口コミをきちんと見分ける目を養うことが求められます。加えて、ステルスマーケティングの舞台となるメディアやサイトに自主規制を求めていくことも必要になるでしょう。すでに大手ECサイトなどでは、商品コメント欄に大量に投下される「やらせコメント」を識別し削除する措置が取られています。こうした業者側による取り組みや技術開発を消費者の側からも促していくことが、今後重要となってくるかもしれません。

 ステルスマーケティングとはやや異なりますが、かつて存在したマーケティング手法として「サブリミナル」がありました。連続した映像の中に、視聴者が知覚できないほどの一瞬の別の映像を差し込むことで、視聴者の潜在意識に商品イメージなどを植え込むという手法を指します。

 このサブリミナル1990年代に問題性が指摘されるようになり、NHKや日本民間放送連盟が放送基準で禁止したことで、現在はほぼ全く使われなくなりました。

 このサブリミナルの例からみても、日本の場合は法規制よりも業界団体による自主規制の方が遵守される可能性が高いと感じます。ステルスマーケティングに関しても、法規制に頼るのではなく、関連するメディアやサービス事業者に決別宣言を求める方が、より実効性が期待できるのかもしれません。

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