タランタに所属するアルゼンチン人FWアレハンドロゴメスが、かつてアトレティコ・マドリー移籍を逃していたことを告白した。スペイン『ムンド・デポルティボ』が伝えている。

母国のアルセナルでプロデビューし、サン・ロレンソやカターニャ、ウクライナメタリストを経て、2014年にアタランタに加入した“パプ”ことアレハンドロゴメス。近年、欧州での躍動が印象的なチームキャプテンとして注目を浴びている。

だが、カターニャに在籍していた2013年に違ったキャリアを歩む可能性があったようだ。当時のアトレティコディエゴ・シメオネ監督の就任から目覚ましい成長を遂げ、ラ・リーガでもバルセロナレアル・マドリーと肩を張るまでに力をつけていた。

アレハンドロゴメスとシメオネ監督はサン・ロレンソとカターニャで師弟関係にあり、シメオネ監督からアトレティコへ誘われていたという。しかし、結局移籍は実現することなく現在へ。運命を分けたのはわずか400万ユーロの差だったと語っている。

「ある日、僕とシメオネ監督はアルゼンチンで昼食をとっていた。そこで彼から誘われたが、アトレティコは財政不振に陥っており、彼らはカターニャを説得できなかったんだ」

1000ユーロ要求したカターニャに対してアトレティコが提示した金額は600万ユーロ。この差によって移籍は破談となり、次のシーズンアトレティコスペインチャンピオンになった。死にたい思いだったよ」

その年の夏、アレハンドロゴメスはカターニャの要求を満たしたメタリストに移籍。1年後にアタランタへ移籍した。

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