私は先月、肺を患って、新型コロナウイルス感染症の疑いでモスクワ感染症病院に入院していた。

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 トータルでの闘病は1か月以上で入院期間は約2週間。特に辛かったのは高熱で、毎日熱があり、最後の方にはもう測るのもうんざりだった。

 本稿ではロシアでのリアルな入院生活についてお伝えするとともに、その経験から、なぜ新型コロナ感染者数が激増しているロシアで死者が少ないのか、個人的な意見を述べてみたい。

 胸膜炎と診断され、感染症指定ではない一般の総合病院で2日間入院した後、感染症病院に転院できた。

 36歳なのに、なぜか小児病棟に入った。中学生くらいの女の子を一人だけ見たが、それ以外の入院患者は全員大人だ。

 私の主治医はこの病棟の総責任者だった。なぜ大人しかいないのか聞くと「今は子供の病人がとても少ないの。私は小児科医でもあるけれど専門は感染症だから、私の権限で大人を受け入れることにしたのよ」とのことだった。ありがたいことである。

 あてがわれたのは、不思議な構造の一人部屋だ。廊下に面するドアを開けると、まず私の部屋があり、そこを通り抜けると奥に大部屋がある。

 要は、奥の部屋への通り道を無理やり個室にしたような感じだ。しかも共通のゴミ箱が私の部屋に置いてあって、しょっちゅう誰かがやって来る。

 しかし一応は一人部屋だし、部屋自体は清潔で、ゴミ袋の取り替えが1日に何度もあり、床掃除やドアノブの消毒も毎日してもらえた。

 しかも自分専用の洗面台まであった。コンセントがないこと以外は、不満はなかった。

小児病棟の問題児たち

 医療従事者は親切な人ばかりだったが、入院患者には「問題児」が多かった。

 入院中は、「ロシア社会というのは、日本人からは信じられないほど、いろいろな種類の人々で構成されている」と実感する日々だった。

 入院直後から、奥の大部屋にいる50代くらいの女性にからまれ始めた。

 私も彼女もコロナ検査の結果待ちという状況である。彼女は暇さえあれば近寄ってきて「仕事は?家族は?どこに住んでるの?家賃は?」など、プライベートなことをマスクも着けずにしゃべりまくった。

 ちなみに院内はマスク着用が必須で、マスクは無料でもらえる。

 3日目に私がしびれを切らし「必要最低限以外話しかけないでほしい。私とあなたのどちらかが陽性かもしれないでしょう」と言うと、「いまさら遅いんだよ!」と捨て台詞を吐かれた。

 すごい手のひらの返しようだが、確かにそうだ。最初から相手にするべきではなかった。

 しばらくして、その中年女性が隣の部屋に移り、代りにキルギス人カップルが入院してきた。

 一緒に住んでいて同時に病気になってしまったのだろう。もちろんパートナーの方は別の部屋だが、この男、全く常識がない。

 彼女に会うため、通り道である私の部屋にノックもせず平気で入ってくる。携帯は普通に使えるので、電話して彼女を呼び出せばいいのに、それもしない。

 自分が来たときに彼女が寝ていると、揺さぶって大声で起こす。

 ついに私も怒って「女性の病室に入るな。どうしても必要な時はドアをノックしろ」と言い含めたところ、夜中2時にガンガンとドアを叩き、返事を待たずに入ってきた。私の中でキルギスのイメージが一気に悪くなった。

 先述の通りコンセントがないので、私は携帯とパソコンをしょっちゅう廊下で充電していた。すると中央アジア系の男性からアイフォンの充電器を貸してくれと頼まれた。

 ロシアではアップルの純正品は日本より高額なので、少し警戒しながら「自分の充電器は?」と聞くと、どこかでなくした、という。

「あなたのアイフォンのモデルは?携帯見せて」と言うと、「人に貸してるから今はない」と言う。怪しすぎる。

 結局は貸さないことにしたが、しばらくは廊下に出るたび付きまとわれた。

「近寄らないで!」と一喝してからは、それ以上頼んでこなくなった。ともかく、この手の話はキリがないのでこの辺でやめておく。

選べるやかん、ハードル高すぎの差し入れ

 以前の病院では水問題に悩まされていた。隔離ゾーンにいたので自由に動けず、看護師に頼んで湯冷ましを注いでもらっても、やかん内の汚れと沈殿物で水が黄色かった。

 この病院は、それよりはだいぶマシだった。キッチン横の共有スペースで、好きなときに自分で湯冷ましを注ぐことができた。

 やかんは常に3つはあり、私は全部のやかんの蓋を開けて中の汚れ具合をチェックし、一番清潔なやかんを選んでいた。

 しかしロシア人を観察していると、誰もそんなことはしていない。彼らはやかんを外から触り、温度を確かめて、一番熱いところから注いでいる。

 お茶を愛するロシア人にとっては、いかに熱々のお茶が飲めるかの方が大事なのである。

 食事の方は、魚スープなど、たまに口に合うものもあったが、基本的には薄味ダイエット食だ。

 外部からの差し入れは可能だが、差し入れのハードルは高い。

 何しろ禁止食品リストには「マヨネーズクリームを使ったもの、ピザ、チップス、チョコレート、燻製ソーセージ、肉、魚、サラダ、缶詰、ナッツ類、スープぶどうスイカメロンベリー類」と書いてある。かなり厳しい制限だ。

 熱で食欲があまりないにもかかわらず、常にお腹が空いていたので、心配してメールをくれていた会社の同僚や友人知人に禁止リストの写真を送り、何かしら差し入れてもらうことにした。

 面会は禁止だが、病院の受付所まで差し入れを持っていくと、巡回車がそれぞれの病棟に届けてくれる仕組みだ。

 病院の規模はとても大きく、白樺の林がある広大な敷地に、何棟もの建物が点在している。ちなみにコロナであることが確定すると、コロナ患者の専用棟に移動することになる。

 いろいろな人がモスクワで発達しているデリバリーサービスを駆使して食べ物を届けてくれ、毎日が感謝の日々だった。

 モスクワは厳しい自己隔離政策がとられており、徒歩以外での移動には通行証が必要にもかかわらず、自ら病院まで来てくれた人もいた。

 差し入れはどれもとてもありがたかったが、同僚の女性が、白いご飯と肉のない肉じゃがを作って差し入れてくれたのが感動的に美味しくて、久しぶりに日本人であることを実感した。根菜類はサラダとみなされないのでOKらしい。

 別の日、記者仲間の友人が病院まで歩いて来てくれた。差し入れの袋にはチーズやお菓子以外に、七面鳥のハムが入っていた。

 驚いて「肉入ってたよ?どうやって持ち込めたの?」とメールすると、彼は大真面目に「七面鳥とか鶏は、肉じゃないと思った」と言うのである。

 確かにロシア語で「肉」と言うと、普通は牛や豚、羊肉のことだ。彼が鶏ハムなどを大量に持って行ったところ、鶏はダメだったが七面鳥は見逃してくれたという。

 気づかなかったのか、あえて気づかないフリをしてくれたのか分からないが、きっと後者だろう。そんなところがちょっとロシアっぽい。

毎日の注射と条件つき退院

 肝心の治療の話に移ろう。基本的には、注射と投薬で、たまに血液検査、尿検査をされた。

 入院中は1日も欠かすことなく、朝晩2回、抗生物質セフトリアキソン)注射をお尻に打たれた。その見た目と言ったら残酷なもので、まるでBCGをお尻に打ったかのように、穴だらけになってしまった。

 ただ幸い、この注射は私にはかなりの効果があって、いつも頭がぼやっとして倦怠感がすごかったのに、3日ほど経つと、はっきりモノが考えられるようになってきた。

 ただし副作用として、お腹や下半身に大きな湿疹ができた。ポツポツという感じではなく、肌の一定の面積を覆い尽くすような酷いもので、痒くて仕方ないので、薬を追加してもらった。

 これは、退院からだいぶ経った今でも、痕が残っている。

 入院の直接の原因は胸膜炎(肺に水がたまっていた)だったが、症状は高熱・全身倦怠感・咳・鼻水だったので、もちろん新型コロナを疑われていた。

 検査は、入院前に呼んだ救急車で1回、最初に入院した病院で1回、転院先の感染症病院で2回と、合計4回受けたが、すべて陰性だった。

 退院時の診断は、「急性ウイルス性呼吸器感染症・中程度の重症」というもので、結局何のウイルスだったのか分からずじまいだった。

 自分でもスッキリしないので、来月あたり、抗体検査を受けようと思っている。

 新型コロナの院内感染の可能性について主治医に聞いてみたところ「ないとは言えないわ。他の病院から転院して来た患者さんもいて、人の出入りがあるし」と正直に言ってくれたので、かえって安心した。

 2週間の完全隔離を条件に退院が許された。もし私が学生寮などに住んでいて一人きりになることが難しい場合は、もう2週間、経過観察のための別の入院施設を用意してくれるという。

 私の場合は社宅があるので断ったが、手厚いサービスに驚きである。

ロシアで新型コロナの死者が少ない理由

 この原稿を書いている5月24日現在、ロシア全体の感染者は34万4481人で、累積の死者は3541人、これまでに実施されたPCR検査は860万件にのぼる。

 陽性と判断された人のうち約半分が、何の症状も出ていない。

 感染者数だけで言えば米国、ブラジルに次いで世界3位になってしまったロシアだが、死者数は大幅に低く抑えられている。

 私の見たところ、ロシア、特にモスクワの行動方針は、「疑わしい症状があれば検査し、濃厚接触者も必ず検査する。健康でも、陽性かどうか確かめたい人は有料で検査する。陽性で無症状か軽症なら自宅で完全隔離、中程度なら重症化しないうちに早めに入院」ということだと思う。

 ロシアで死者が少ない理由として考えられるのは、感染者を早めに発見し、かなりの数を重症化する手前で食い止めているからだと思う。

 ロシアでは感染者数が増えることを覚悟で、検査数を限界まで増やしているので、あえて検査数を抑えている日本とは全く方針が違っている。

 コロナ対策で、どの国のアプローチがより効果的か、まだ結論を出すことはできないが、自分も病人だった立場から言うと、症状があれば早く検査を受けたいのは自然な感情だと思う。

 日本では、ネットを見れば、高熱があるのになかなか検査を受けられなかった人、保健所にアクセスしようとしてもできなかった人の体験談が山のように出てくる。

 そう考えると、私はこの国では外国人であるにもかかわらず、症状が出た段階で検査結果を待たずに病院に収容してもらえたし、適切な治療も受けられたので、恵まれていたのだろうと思う。

 家でなす術もなく苦しんでいるよりは、専門家がそばにいてくれる病院の方が精神的に楽でもある。5月24日ロシア当局は「現時点で、陽性で自宅で亡くなった人はいない」と発表している。

 もちろん病院への収容数を増やすのは大変で、新規病院の建設や、元々ある病院への受け入れも進んでいる。

 医療従事者の数も急に増やすわけにいかないので、学徒動員とでも言おうか、医学部生が「実習」として駆り出される事態となっている。

 よく「ロシアは死亡者数をごまかしている」という説が囁かれるが、個人的には、欧州各国で何万人も亡くなっている今、あえてそんなことをする必要性を感じない。

 例えモスクワで死者がどんどん増えても、そんなことで市長の強固な権力基盤が揺らぐというものでもない。

 それに、ロシアのメディアは中国とは違って多様で、非政府系、反政府系メディアの番組はユーチューブでいくらでも見られるし、そういう番組には医師も看護師顔出しで登場している。

 SNSを駆使した一般人による情報発信も至るところで行われており、生死に関わる情報の隠蔽があれば、必ず明るみに出るはずだ。

 ただし、死者の少なさに対して、医療従事者の犠牲が目立つことが気になる。

 5月に入ってかなりの頻度で、医師や看護師が亡くなったというニュースを見ている気がする。

 有志によって作られている新型コロナによって亡くなった医療従事者の「記憶のリスト」は277人にのぼる。

 すべての情報が正しいかどうか分からないが、そこにリンクされた顔写真やお悔やみの言葉を見ると、生前に面識がなくても胸が痛む。

 モスクワ市は23日、5万人の市民にランダムに抗体検査を行った結果、12.5%が抗体を有しているという、予想よりも良い結果を発表した。

 これを受け、自己隔離政策は緩和の方向に動くだろう。

 ここ最近は天気も良く、隔離疲れで出歩く人も増えてきた。このまま果たして終息に向かうことができるのか、あるいは第2波到来になってしまうのか、事態を見守りたい。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  コロナ疑いで入院したロシア公立病院の実情

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