(岩田 太郎:在米ジャーナリスト)

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 韓国ケーブルチャンネルtvNで放映されて歴代第1位の視聴率を叩き出し、日本ではネットフリックスNetflix)で配信される韓流ドラマ「愛の不時着」。

 南北軍事境界線付近でパラグライダー飛行中に思わぬ事故に巻き込まれ、北朝鮮に不時着してしまった韓国の財閥令嬢が堅物のエリート軍人と出会い、やがて愛が芽生えるというアクション・ロマンスコメディだ。

 メディアジャーナリストの長谷川朋子氏が執筆した記事は、日本や欧米での大ヒットを示唆していたため、配信先のYahoo!ニュースのコメント欄で「ただのステマだ」「いや、マジで面白い、韓国のことをなんでも否定的に言う人は実際に観るべき」などと熱いヤフコメ論争になっている。

 ジャーナリストでYahoo!オーサーの中島恵氏は、「あらゆる人がハマっているのがこのドラマ」だと評している。また、件の記事で筆者の長谷川氏は、「日本のみならず、アメリカをはじめ世界で注目されている」「韓流ファンだけにとどまらず、裾野を広げて独走しているこの勢いは必然的に生み出されたもの」「アメリカの一般紙もこぞって『愛の不時着』を取り上げています」と分析している。

 中島氏が「現代版ロミオとジュリエット」になぞらえるこの作品は、橋下徹大阪府知事、大御所タレントの黒柳徹子氏、女優の佐々木希氏や大政絢氏、歌手の堀ちえみ氏や三代目J SOUL BROTHERSの岩田剛典氏、お笑いコンビであるトレンディエンジェルの斎藤司氏ら有名人をはじめ、DeNA梶谷隆幸外野手、阪神の岩貞祐太投手、ラグビー日本代表である松島幸太朗選手や山中亮平選手らアスリートなどにも高く評価されている。

 この記事では、米国における同作品の評判を検証するとともに、「愛の不時着」の核心である「渡れない国境を越える」「歴史を超える」「愛憎を超越する」というテーマの本質を2回にわたって考察する。

有力ウェブメディアが話題に

 まず、同作品の英語題である "Crash Landing on You" であるが、「熱愛で貴方の腕の中に不時着」というイメージとニュアンスであり、韓国語の原題である「사랑의불시착」や、日本語の直訳題である「愛の不時着」よりも、よほど洗練されている。キャッチーであるため、興味は持ってもらいやすいだろう。合格点以上だ。

 日本でもそうだが、米国においても、不気味な謎の国として知られる北朝鮮の人々に豊かで暖かい人間性があることを描写したこと、あり得ないシチュエーションをロマンスとコメディとアクションで視聴に耐えうる筋に仕立て上げたこと、製作資金の投入を惜しまなクオリティー、出演者のカッコよさなどが高く評価されている。

 ただ、「一般紙もこぞって取り上げている」という状況ではない。長谷川氏が例として取り上げている「ワシントン・ポスト」紙(4月18日付のレビュー)は一般紙というよりも高級紙であり、影響力は確かに強いのだが、同氏の記事が公開された5月20日現在、管見の限りにおいて、それ以外の米一般紙の電子版に掲載されているようには見えない。

 ただし、いくらかの欧米有力ウェブメディアが話題にしていることは確かだ。米「バラエティ」誌電子版が4月29日付の「ネットフリックスのベスト外国ドラマ」という記事で触れているほか、米デジタルメディアの「Vice.com」が4月26日付の記事で特集、米「タイム」誌も5月12日付の記事で扱っている。最も早いものでは、米「フォーブス」誌電子版が昨年12月14日に配信した評論がある。

 その他、英デジタルメディアHITCの2月17日記事、英BBCニュースの2月22日記事、英豪を中心としたアカデミック・ジャーナリズムサイトの「ザ・カンバセーション」の2月25日論評、英「ガーディアン」紙の5月11日付の記事カナダのタウン紙「バンクーバー・ウィークリー」も4月17日レビューで扱うなど、長谷川氏の「幅広い世界の地域で今や話題」という分析は、大筋において間違っていない。

韓国系と意識高い系の白人に人気

 だが、その人気の内容を詳細に見ると、韓国人および韓国系が大部分を占めるアジア系の間で話題となり、限られた一部の意識高い系の白人知識層が自己の「進歩性」を示すために取り上げているという構図に見える。

 北朝鮮を主題とした一般映画として2014年に公開され、1230万ドルの興収をあげた米映画「ザ・インタビュー」(エヴァン・ゴールドバーグ氏とセス・ローゲン氏の共同監督)や、「こんまり」こと近藤麻理恵氏の『KonMari~人生がときめく片づけの魔法~』(原題: Tidying Up with Marie Kondo)に匹敵する、人種や階層を超えた広範なアピールや、"びびっ"と来る世界的インパクトを持つようには見えないのだ。

 たとえば、「ザ・カンバセーション」はインテリ層に受けるメディアであるが、記事の執筆者であるセーラ・ソン氏は英国の朝鮮半島研究の専門家であるし、「フォーブス」誌の寄稿者であるジョーン・マクドナルド氏や「ガーディアン」紙のジョー・ウォーカー氏は韓流フリークで、米英メディアの「主流」ではない。

 一方、米「バラエティ」誌の「ネットフリックスのベスト外国ドラマ」という記事には日本発の「テラスハウス」や「野武士のグルメ」を“ステッドマン”や“セイパースタイン”などユダヤ系と思われる名前の書き手がレビューしているのに対し、「愛の不時着」と「梨泰院クラス」は郭クリスティーン(韓国名: 곽호영)というライターが担当している。米「タイム」誌の書き手は、台湾育ちのKat Moon(キャサリン・ムン、姓は「文」か、韓国語では캣문と音訳される)という人物で、同誌電子版に頻繁に掲載される韓流映画・ドラマやK-popの記事のほとんどは彼女の執筆したものである。

 Vice.comの記事もトリース・レイズというアジア系の風貌のVice Asiaの編集者と、在韓国の權準協というライターの手によるものだ。「ワシントン・ポスト」紙の記事は在ソウルの金ミジュ(김민주)記者が共同執筆し、BBCニュースの記事も同局韓国語放送の金スビン氏が執筆したもので、「バンクーバー・ウィークリー」の評も林ウジン氏などが担当している。

 このように、欧米メディアの書き手で、この作品に最も関心を持ち、感情移入をする中心は韓国系だ

 長谷川氏は、「愛の不時着」が米映画評点専門サイトのロッテン・トマトにおいて、「一般オーディエンスからの評価として新鮮度指数99%を記録し、高評価を得ています」と指摘する。これは事実であり、120人以上のレビューアーの投票の結果だ。しかし、米英メディアで同作品に高評価をつけている書き手の属性の一貫性から考えれば、これらの「一般人」のほとんどが韓国系・韓国人・韓流フリークの非主流白人ではないかという推測も不可能ではない。

過去の記憶と「人間性の回復」

 いずれにせよ、父祖の国についてポジティブなイメージを欧米の現地語で積極的に発信する彼ら韓国系の影響力は大きく、日本との発信力の差が歴然としていることは確かである。

 韓国系と日系の対比で興味深い違いがある。日系米国人は民族の伝統やお祭りはとても大切にして盛大に催すが、政治的に日本と結びついていると見られかねない行動は慎重に避ける傾向がある。それに対し、韓国系や中国系は慰安婦問題南京大虐殺問題など、中韓と政治的に連動した行動を派手に起こすのを厭わないことだ。日系人が先祖の国とのつながりを表面に出さずに、大人しく振舞ってきたことと対照的である。

 真珠湾攻撃の記憶や、大戦中の「狂信的・非人間的で残忍な日本兵」のイメージは深く米国人の心に刻まれており、それゆえに日系人は「日本人」として見られ、忠誠心を疑われて「米国人」と認識してもらえないことを怖れているのだ。

 彼らは、「日米繊維摩擦」「日米貿易戦争」「産業スパイや米企業・不動産の買収で米国を"侵略"する日本人」などの争いで、先祖の国日本と米国の関係が悪化するたびに、「攻撃的で人間性に欠ける日本人像」がぶり返されることを、何より恐怖に感じてきた。だからこそ日本からできるだけ距離を取る一方で、波風を立てない従順なモデルマイノリティーを演じ、白人たちを安心させて成功してきたわけだ。

 これに関連して、米国における北朝鮮に対する印象は、攻撃性、非人間性、残虐性、「個」の欠如、不気味さ、悪意など、戦前・戦中の日本人のイメージと重複する部分が多かった。ほんの6年前の映画「ザ・インタビュー」は、まさにそのプロットに沿うものだ。だが、そうした否定的な北朝鮮像を、トランプ大統領の親北路線や韓国の文在寅政権の従北政策と呼応する形で、「愛の不時着」がひっくり返してしまったのである。北朝鮮に対する近年の急激な米国世論の変化なしには、考えられなかったことだ。

 韓国作品の「愛の不時着」が世界に教えるのは、“北朝鮮に対する警戒は過剰なものであり、必要がなくなった”という核心的なメッセージである。北朝鮮の人々にも暖かい人間性があり、朝鮮半島の人々には南北分断の痛みがあると認識させ、国際政治の冷徹な計算よりも共感や同情を呼び起こさせる効果がある。

 最も効果的なプロパガンダとは、宣伝臭やゴリ推しをできる限り抑えた、ステルスマーケティング的な自然さを装った芸術作品や口コミである。韓国内や日本の一部、欧米の意識高い系の高評価を踏まえると、同作品は宣伝上の人心掌握において非常に効果的であったと評価できる。そこにはロマンスがあり、人情もあり、涙があり、連帯感と感動がある。質の向上が国際的に認められた韓国映画やドラマは、一見非政治的な政治的宣伝にはうってつけの道具なのだ。

架空の物語と現実の混同

 だが、北朝鮮の大衆の人間性が中心的なメッセージであるならば、別に「愛の不時着」を見るまでもない。北朝鮮のテレビ番組でインタビューされたり、カメラに映る“リアル・ピープル”をよく観察すれば、あふれ出す個性や人情、笑いの面白さや苦悩、悲しみや欲望まで伝わってくる。いくら言論や本音が統制されていても、たとえ軍人や朝鮮労働党幹部であっても、透けて見えるものがある。彼らも、われわれと同じ人間臭い人間だ。

 問題は、北朝鮮大衆の人間性を隠させ、痛みを引き起こしている北朝鮮の政治体制や仕組みであり、「隠された人間性を見せる」というもっともな口実の下に、金王朝による抑圧や弾圧、南の同胞に対する暴力の歴史の現実を見えなくする、韓国ドラマの芸術表現の政治性だ。

 映画やドラマを真に楽しむには、背景の理解が欠かせない。韓国と北朝鮮の現実を理解して「愛の不時着」を見ると、フィクションに巧妙に仕組まれた政治性が見えてくる。けっして手放しで絶賛できるドラマではないことを検証してみたい。

 ドラマでは、韓国の人気俳優である炫彬(ヒョンビン)が、朝鮮人民軍の中隊長である李正赫(リ・ジョンヒョク)大尉役を演じて好評を得ている。劇中の李大尉は、裕福な家庭に育った体格の良い好青年という設定だ。

 ここで、2017年11月に板門店の南北境界線を突破して韓国に亡命した現実世界の青年軍人である呉青成氏のケースを考えてみよう。比較的豊かな軍人家庭に生まれ、軍事境界線の共同警備区域で上官付きの運転兵を務めていた。

 しかし、裕福な生活の中でも、飢えは大きな問題だったと語っている。北朝鮮では「金か権力がなければドブ川で死ぬしかない」「軍から北の通貨で月に125ウォンが支給されていたが、たばこ1本しか買えない。父はたばこ2箱分だった」と言うのだ。

 呉氏の亡命を阻止しようとした友軍兵が、休戦協定に違反して背後から40発以上の銃撃を加え、うち5発が彼の肩や腹部、大腿部に命中、瀕死の重傷となった。なお北朝鮮側は、「呉青成は殺人を犯して逃げた」と主張している。

 韓国の軍医団の懸命な努力で一命を取り留めたが、呉氏の体内からは寄生虫が見つかった。寄生虫は宿主が極度の栄養失調だと成長できないため、呉氏は「自分の体内に寄生虫が繁殖していたのは栄養状態が良かったからだ」と説明する。しかし、「基本的に生活は各自でどうにかする。多くの住民が食料や物資の不足に苦しみ、それが指導部への無関心につながっている」とも語っている。

 その「指導部」である金正恩朝鮮労働党委員長は2016年11月に日本海に面する江原道など2カ所の軍の水産事業所を視察し、「軍人と人民に新鮮な魚を切らさず供給し、ただ魚だけを多く取れ」と命じた。特に、危険な冬季漁業を督励した上で、「年間300日以上の出漁」のノルマを課した。

 こうした背景の下、「自分たちで何とかしなければならない」朝鮮人民軍に雇われた農民などの一般人が、貧弱な装備の小型木造船で日本の排他的経済水域(EEZ)内にある好漁場の大和堆や北海道沖の武蔵堆で密漁に繰り出し、多くが遭難して、日本に遺骨や遭難者となって漂着するのは周知のとおりだ。海上保安庁によれば、近年は減少傾向にあるものの、2019年までの3年間で北朝鮮の漂着船から合計54人が遺体で見つかっている。

 朝鮮労働党の機関紙である「労働新聞」は2017年11月の社説で「漁船は祖国と人民を守る軍艦であり、魚は軍と人民に送る銃弾や砲弾と同じだ」とさらに檄を飛ばしている。事実、同月に北海道松前町へ流れ着いた漁船には「朝鮮人民軍第854軍部隊」の表示板があり、10名の乗組員は軍籍を示す船員手帳を所持していた。青森県つがる市に流れ着いた船にも、「朝鮮人民軍第5133軍部隊」の表示があった。

(以下の記述は「愛の不時着」のネタバレを含む。「愛の不時着」をこれから見ようという方はご注意いただきたい)

 一方、ドラマの中では、李大尉の家の庭にある塩壺に入った肉や、キムチ、味噌が入った貯蔵庫を見た孫芸真(ソン・イェジン)演じる韓国財閥令嬢の尹世理(ユン・セリ)が、「オーガニックだわ! キムチ冷蔵庫の代わりにこれを家に持ってるの? とってもオシャレ~」と感激するというお笑いの設定になっている。だが李大尉の生活は、呉青成氏が語った北朝鮮の人々の生活の現実や、日本に漂着する北朝鮮の「軍人」漁民の悲惨さとはかけ離れている、と言わざるを得ない。

 また、世理を匿うため、彼女が特殊任務を帯びた人物という芝居が打たれるのだが、うわさを聞いて押しかけてきた奥様方から、「どこでどんな任務をしていたのか」と聞かれた世理が、「極秘事項なので、お話できないことはよくご存知のはずです」と答える場面もツッコミどころ満載である。このような韓国のスパイかも知れない怪しい人物を、北朝鮮の軍人や村人が、強制収容所送りや思想改造強制のリスクがあるにもかかわらず国家保衛部に通報せず、匿うとは信じがたい。

 堅物であるはずが、「韓国ドラマではこうだろう」と世理に対する奇襲キスを仕掛ける李大尉の描写などもあり得ない。尉官クラスの李大尉が韓国の敵性番組を視聴しておれば処罰を免れまい。

 2人のエピソードは、回を追うごとにどんどん現実離れしてゆくのだが、第13話における2人の会話に特に注目したい。

世理「あなたはもっと早く私の前に現れるべきだったのよ!」

李大尉「僕たちの間には非武装地帯があるのに、どうやって?」

世理「あなたの責任じゃないの。悲しい歴史のせい。運命の人が北韓にいたので別れてばかりで疲れちゃうよ」。

 この愛し合う2人の間に横たわる「悲しい歴史」「非武装地帯」とは何なのか。それは超越できるものなのか。次回では、実際の歴史を振り返りながら考える。

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南北軍事境界線上の板門店で韓国側を見ている北朝鮮の兵士(2019年8月28日、写真:代表撮影/ロイター/アフロ)