◆風俗発言の「炎上」

 新型コロナウイルスの感染拡大防止のためのStay home運動が続けられる中、あるお笑い芸人の発言が物議を呼んだ。彼は深夜のラジオリスナーに対して、風俗に行くことを自粛するように呼びかけた。そして、コロナ後は金銭的に困窮した若くて綺麗な女性が一時的に参入するとして、そのときのためにお金を貯めておくことをアドバイスした。

 この発言の趣旨は、確かにリスナーに対して自粛を促すためのものなのだが、そこで生活に困った女性が身体を売ることを期待する内容となっており、それが記事化されるとすぐに、SNSなどで大きな反発を受けた。NHKの番組降板を求める署名活動にまで発展するほどであった。

 この件については、本人が謝罪し、自身の性格に根本的な欠陥があったとして、今後変わっていくことを宣言しているが、これは本人の責任にとどまらない構造的な問題でもある。筆者にとって当該ラジオは最近でこそ疎遠になりつつあったが、かつては毎週のように聞いていた番組であり、お笑い文化と深夜ラジオという観点から、若干の考察を試みたみたい。

アップデートできないお笑い
 日本のお笑い芸人の文化は、本質的に家父長制から脱皮できていない。能や歌舞伎、あるいは落語といったいわゆる日本の伝統芸能と呼ばれるものは家父長制的な徒弟制度を前提としている。日本のお笑い文化もこの芸能文化の延長線上に成立したものだ。もちろんお笑い芸人の文化では、今や師匠と弟子の関係こそほとんど消失しつつあるのだが、やはり上下の間柄を基礎とする人間関係が色濃く残る業界だといわれている。その中で、東と西でやや気風は異なるものの、全体としてはいずれにせよホモソーシャルマッチョな文化がつくりあげられてきた。

 2018年M-1チャンピオン霜降り明星」せいやの提言以降、現在、若手芸人として活躍している芸人は「お笑い第7世代」と呼ばれている。第7世代の芸人ともなると、先輩芸人と比べてマチズモ的なものは薄れている。「かが屋」のように、「草食系」な見た目でネタ制作にストイックな芸人も増えている。2019年M-1決勝の結果から、「優しい笑い」がトレンドになっているともいわれている。

 しかし、芸人の世界は「上が詰まっている」ともいわれる。現在、テレビで活躍する芸人のほとんどは、2000年代M-1や『レッドカーペット』等で活躍した第5世代や第6世代。司会者クラスでは「ダウンタウン」、「ウッチャンナンチャン」、「とんねるず」などの第3世代や、ボキャブラ芸人を中心とする第4世代といったところだろうか。また、ビートたけし明石家さんまといった第2世代もまだまだ現役であり、50年以上前の演芸ブームに端を発する第1世代でさえ、いまだテレビに出ないわけではないのだ。

 『オンエアバトル』『エンタの神様』『レッドカーペット』など、2000年代に増加したネタ番組は、ここ10年で一気に減少している。コンテスト番組で決勝まで進出したとしても、売れるわけではない。自らもお笑い界を代表するコント芸人である「バナナマン」の設楽統もよく述べているように、「コント芸人は二度売れる必要がある」といわれる。いくら面白いコントを演じることができたとしても、バラエティ番組で「ひな壇芸人」として気の利いたコメントを言うことができなければテレビでは使われない。ネタを熱心に頑張ることが必ずしもテレビへの近道ではなくなっているのだ。

 そうなると、従来の家父長制的コミュニティから逸脱するようなジェンダー観のアップデートを芸人の世界において内発的に求めることは難しくなってしまう。芸人は「変わっている」ので一般人のような社交性がないイメージがあるが、その逆で、今や社交が大事なのだ。数少ない売れるチャンス、露出のチャンスを得るために、先輩や業界人に認知されなければならない。つまり人間関係に依存しなければならない。必然的にホモソーシャルの中でのコミュニケーション力が求められることになる。

 従来のコミュニケーションから外れた芸人は、「尖っている」といわれる。もちろん過度の全能感からくる自らの過大評価は問題かもしれないが、若手芸人が社会問題に対して意識を高く持つことさえ、「尖っている」という扱いになってしまう。こうして、お笑い界のジェンダー規範から逸脱するような芸人は、頭角を現しにくくなる。

◆深夜ラジオコミュニケーション
 芸人がパーソナリティをつとめる深夜ラジオは、若い男性を主なターゲットとしており、番組によっては聴取率の男女比が極端に偏る場合も多い(男しか聴いてねぇ、とネタにされることもある)。そうした中で、話題はおのずとホモソーシャルなものになりがちである。リスナーは「童貞」「モテない」「イケてない」といった弱者男性的な自認のもとパーソナリティメールや葉書を送り、パーソナリティツッコミをいれたり、共感したりする。若いリスナーにとっては、「自分たちにだけ語りかけてきている」と錯覚するような、強度の高い親密さがあればあるほど、その番組の評価は高まるのだ。

 そして、そのような双方向的コミュニケーションの過程で、自虐的であるにせよ、明白なミソジニーがネタとして消費されることもある。たとえば、いわゆる「ブスネタ」であったり、自分が弱者男性の立場であることを前提に、女性芸能人にセクハラする内容のネタメールが読まれる。最近では、そこまで非モテネタがメインではないラジオもあるが、やはり全体的には「男子の部活ノリ」が多数だ。

 ところで、芸人の上が詰まっている問題は深夜ラジオも同様だ。深夜のゴールデンタイムである午前1時から3時までの枠において、90年代の芸人パーソナリティの平均年齢は、20代から30代だったように思われる。2000年代になるとそれが30代から40代となり、現在は40代から50代になっている。それぞれの番組には固有のファンがつき、またリスナーの新陳代謝もある程度うまくいっているからこそ長寿化しているのだが、そのことによって若手芸人の枠が渋滞していることもまた確かだ。

 高齢化したおじさん芸人のパーソナリティ価値観アップデートを望むのは自ずと限界がある。それでも昔に比べるとジェンダーの問題についてはセンシティブになってきている。ただし、良くも悪くもファミリー化したスタッフと演者の関係において、問題がある発言をしてしまったときに即座に訂正できないという弱点もある。冒頭で述べた芸人の「失言」も、このようなファミリー化した関係の中で起きてしまったことだと考えられる。

 筆者も、芸人の深夜ラジオは長年聴き続けてきた。流石にこの年齢になると「自分にだけ語りかけてきている」かのような過剰な同一化はないが、常連にしか通じないような会話が繰り広げられる内輪ノリの空気、お約束、茶番は確かに心地がよい。

 しかしながら、こうしたリスナーの結束は、パーソナリティの差別発言など外部に影響が生じるような問題が起きたとき、負の効果をもたらす。なまじラジオの文脈を知ってしまっているからこそ、過剰な擁護に走ってしまうのだ。そして、何が問題の本質かを理解していない、あるいは矮小化しようとするリスナーの擁護は、批判する側の圧力をさらに強めてしまうことになる。

◆どうすればアップデートできるのか
 お笑い芸人の「芸」が、笑いを追及するためによりラディカルな方向に行くことや、深夜番組が昼番組に比べてよりディープな方向に行くことは否定されるべきではない。ただし、「芸」を理由に差別をしてよいことにはならない。時代に合わせた価値観アップデートがなければ、それは単に古いものとしかみなされなくなることもあるだろう。

 アップデートはしたほうがよい。しかしお笑い芸人の世界は構造的に新陳代謝が難しい業界となってしまっており、深夜ラジオ業界は変わらないことがむしろ尊ばれる。そのような状況において、ジェンダー観をアップデートさせていく方向に舵を切るのは、かなり困難な情勢だ。問題意識をもっている芸人も少ないわけではないが(「東野幸治『アップデートするべき』明石家さんまの問題点を指摘、時代の終わりを語る」WEZZY 2020年5月15日)、その変化は漸進的なものとなるだろう。

 もし、この問題にオルタナティブな突破口があるとすれば、テレビを頂点とした既存の成功のヒエラルキーには当てはまらない、新たなメディアにおいてだろう。昨年から目立って増加してきた芸人のYoutube進出の流れは、コロナ禍で劇場やテレビの仕事がなくなることによって、一気に主流のものとなった。

 もちろんその中で成功できるのは一握りだし、既に売れている中堅・ベテランが攫っていく可能性が高いと思うが、重要なのは、今までライブでしか見ることがなかった芸人を、お笑いファン以外でも発見しやすくなったことだ。ネタ動画もあるし、ラジオ形式の動画もあるが、いずれにせよ古い価値観を乗り越えようとしている若手芸人にとっては、従来のお笑いファン、芸人ファンにとどまらない、新たなリスナーを獲得できるチャンスでもあるのだ。

 たとえば、女性のお笑い芸人であるフワちゃんは、その傍若無人なキャラクターと、渡辺直美を彷彿とさせるようなグローバルなセンスYoutubeを中心に人気となり、テレビにも進出している。

 このような環境においては、(コアなお笑いファンか、ライトファンかに関わらず)観客側の意識も重要だ。芸人の問題発言を厳しく批判することは必要だが、一方で面白く、かつ古い価値観にとらわれない芸人を、お笑い業界への偏見にとらわれることなく発掘する視点を持たなければならない。もちろんすぐには変わらないかもしれないが、芸人と観客の双方向的なコミュニケーションの促進が、アップデートを少しでもはやくする道なのではないだろうか。

<文/北守(藤崎剛人)>

【北守(藤崎剛人)】
ほくしゅ(ふじさきまさと) 非常勤講師&ブロガー。ドイツ思想史/公法学。ブログ過ぎ去ろうとしない過去 note:hokusyu Twitter ID:@hokusyu82