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コロナ禍非日常下で生まれた、ある「日常」

みなさま、コロナ禍いかがおすごしでしょうか? リモートワークでの自宅勤務が日常になった方もいれば、こんな大変なときも変わらず電車に乗って職場に出勤しなければならない方もいらっしゃると思います。非日常下でも生活は続く。それぞれの場所でそれぞれのがんばり方や気晴らし方を見つけないと、気持ちが落ち込んじゃいますよね。ちなみに、以下は筆者のある1日の生活の記録。

起床。郵便ポストチェックして昨日通販で注文した品物や友人からの手紙が届いていないかチェック。お得な商品や飛行機代にも交換できるマイレージを貯めるためのタスクを確認したら、おもむろに近所の巡回に。住民と話すだけでもマイルは貯まるから、見かけたらすぐに朝の挨拶。お得。白い石をスコップで叩くときは、叩いた反動で体勢がくずれないように後ろに余分な穴を掘っておく。鉄鉱石が出るとちょっと嬉しくて、まれに希少な金鉱石が出るとかなり嬉しい。

この近所は化石が無限に掘れることでも有名で、バッテン印の亀裂は埋まっていることのしるしスコップで掘り出して、だいたい4つ、運がよければ5つの化石をゲット。この化石は24時間オープンというナイトタイムエコノミーにもしっかり対応した博物館で鑑定してもらえるので、さっそく島の外れに移築した博物館へ。この日は残念ながら新しい化石の発見はならず(未発見のものは展示室に飾られるのだ。誇らしい)。でも、恐竜や古生物の化石は高く売れる。

博物館を離れてふたたび朝の散歩へ。他の島で見つけた果物は高く売れるので、たわわに実った果樹を揺らしてさくらんぼゲット。ときには斧や石斧で切り倒し、材木をゲットしてみたりもする。自然豊かなこの島は、海や川には魚、野には昆虫がたくさん生きている。なかにはリュウグウノツカイやヒラメなどの深海魚や高級魚、見た目も鮮やかな南洋の蝶もいるので、こまめに魚釣りや網を使った昆虫採集することも忘れずに。

そうこうしているうちに時間は午前8時。開店したばかりの、島にたった一軒の商店に駆け込んで、朝から集めた品々を売りに出す。今日の稼ぎは約4万ベル。なかなかの成果。そうそう、忘れずに株価のチェックもしておこう。だいたい買値の1.5倍になっていたら売りのタイミングだと思ってよし。ときには5倍近く高騰するときもあるので、午前と午後の株価チェックは忘れちゃいけない。さて、このあとは作業途中だった島の土木工事に取り掛かろう。今日は川幅を広げて、橋をかけるための基礎工事から始めようかな……。

お察しのように、もちろんこれはゲームの中の生活の様子。世界規模で大ヒット中の『あつまれ どうぶつの森』では、現実の時間とゲームの時間がリンクして、猫や羊の姿をした住人たちとの島暮らしがゆったりと続いていくのだ。春には花見、夏には花火、秋には紅葉、冬には白銀の雪景色。そんなうつろいゆく四季を愛でながら、自分なりのライフスタイルをつくっていけるのが『あつ森』の魅力だ。

コロナ禍でおなじみとなってしまった、無人の繁華街、誰もがマスク姿で人ごみを避けながら足早に歩き去るのとはまるで違った淡々とした暮らしの時間が、手のひらの上に収まっている。

2001年から時代の変化にあわせて進化を続ける『どうぶつの森シリーズ

どうぶつの森シリーズの歴史はけっこう長い。最初の『どうぶつの森』が発売されたのはアメリカ同時多発テロの起きた2001年だから、今年で19年目。人気が爆発したのは任天堂の携帯ゲーム機ニンテンドーDSで発売された2005年の『おいでよ どうぶつの森』からで、2012年発売の『とびだせ どうぶつの森』ではプレイヤーが着られる衣装のバリエーションが増え、衣服やインテリアを自分でデザインできる機能が追加された。現実社会の通信環境の充実もあり、プレイヤー同士がマイデザインを交換しあったり、友人の島に遊びに行きやすくなったりするなど、時代に則した進化が好評を博した。

そのあともスマホでの展開などがあったものの、今年3月20日Nintendo Switchソフトとして発売された最新作『あつまれ どうぶつの森』は久しぶりの正統な続編で、上記した要素をさらにパワーアップした村づくりができるようになっている。

■「ごっこ遊び」の自由度を押し広げる、任天堂らしい「遊び」の哲学

特筆すべきは、無人島自体を開発できるようになったことで、地形を変えて山や川自体を作ったりできる。島のいたるところに恐竜の骨格標本や美術品が立ち並ぶアートな村を作ることもできるし、パンキッシュな衣装やアイテムを飾れば『マッドマックス』や『AKIRA』のような世紀末SF感溢れる村も作れる。2011年に発売された『Minecraft』の大ヒット以降、プレイヤーが自由に目的を決めて世界を創造できる、いわゆる「サンドボックス(砂場)」と呼ばれるタイプゲームジャンルが確立されたが、今回の『あつ森』は、そういったトレンドも引きつけながらシリーズ独自の「ごっこ遊び」の自由度を丁寧に押し広げてみせた。

できないことはあったとしても、ふつふつと沸き上がった自分の空想を別の方法で置き換えて「工夫」したくなるモチベーションをプレイヤーに誘発させる巧みさは、『どうぶつの森シリーズに限らない任天堂のまさにお家芸。例えば京都在住の筆者は、鴨川周辺の再現に取り組んでいるさいちゅうで、限られた手数のなかで川の広さや、五条大橋の大きさを表現する試行錯誤がとにかく楽しい。YouTubeでは、世界のプレイヤーが作ったとんでもない村を紹介する動画がたくさんアップされているが、完成度にこだわらずとも「自分なりの◯◯」を作って空想の世界にひたれるのは、たしかに幼い頃に夢中になった砂場遊びやおままごとの感覚に近い。

先日、新しいゲーム開発エンジンUnreal Engine 5」のデモが発表されたように、世界的なゲーム開発の潮流は現実と見紛うばかりのリアリティの実現に向けた競争が過熱しているが、あくまでも「遊び」の楽しさ・面白さの哲学に軸足を置く任天堂らしさが、この『あつ森』にも凝縮されているのだ。

■ハイブランドや有名美術館も参加。コロナ禍で制限された経験の代替がゲーム内で展開

もう一つ指摘すべきは、本作がリリースされたタイミングだろう。2019年末に中国から始まった新型コロナウイルス流行は、本作発売日の3月20日時点で日本でも猛威を振るっており、3月2日には全国の小中学校、高校が政府からの要請で一斉臨時休校を始め、大人たちのリモートワークも本格化していた。そして発売直後の24日は東京オリンピックの延期開催が正式に決定され、そして4月7日には安倍晋三首相から緊急事態宣言が発令。マスクや消毒液の不足、海外からの観光客の激減と商店の自粛など、日本の風景が大きく変わるなかで、『あつ森』は発売されたのだ。

これを幸運なタイミングと言ってしまっては皮肉だが、同作への熱狂は凄まじかった。5月7日任天堂が発表した決算によると、発売6週間で1341万本(世界)を売り上げ、前作の販売本数を軽々と超えた。この大ヒットに伴って、ゲーム本体であるNintendo Switchの販売本数も急激に増加(3月の売上は前年同月比の倍)。コロナ禍での生産・流通の減少が影響したとはいえ、トイレットペーパーマスクのように、Switchもあっという間に市場から消えた。5月現在、増産体制が整うのは夏以降だと発表されている。

映画やライブといった特定の場所に人が集まる形態のカルチャーと比較して、一人ひとりがこもって遊ぶことのできるゲームが、この「コロナの時代」に適応したのは間違いない。事実、Switchに限らずPS4といった家庭用ゲーム機全体の売り上げが増加している。しかし、それ以上に『あつ森』が象徴的だったのは、ゲーム内で日常を暮らすという経験性が、コロナ禍によって中断されてしまったもろもろの活動の代替として機能したこと。またその代替の欲望を多くの人々が『あつ森』に見出した点だ。

発売後のかなり早い段階で、ゲーム内でフランスや香港の人々が政治デモを行ったのは象徴的だが、それ以外にもソーシャルディスタンスの施策で行うことのできない結婚式や葬儀、飲み会などが擬似的に再現されたのはいかにも「今日」的だ。また、マークジェイコブスやヴァレンティノなどのハイブランドがマイデザイン機能でファッションアイテムを、メトロポリタン美術館や三菱一号館美術館などの世界各地の文化施設が所蔵品のイメージを提供して、見ることのできない、開催することのできない諸々のショーや展覧会の代替経験をゲーム上で展開したのも、これまでにない文化事象と言える。先日オンラインゲームフォートナイト』内でラッパーのトラヴィス・スコットバーチャルコンサートを行い、同時接続数1230万という驚異的な記録を打ち立てたように、ゲームが時代性を持った新たなミーティングプレイスになりつつあることを、『あつ森』もまた実証している。ちなみに、同シリーズの英題が『Animal Crossing(どうぶつ交差点)』というのも運命的だ。さまざまな人が往き交い、交差するクロッシング

■ほどよく開き、ほどよく閉じた『あつ森』に見出した、箱庭療法的な救い

だが、冒頭で紹介した筆者のスタンドアローンなプレイスタイルがそうであるように、現実のコミュニケーションを代替し、つながったり集まったりすることを推奨するだけが『あつ森』の魅力ではないと強調したいのも、コロナ禍にある今の感情だ。

それぞれの人にそれぞれの暮らし方があるので一概には言えないが、自宅に閉じこもることが推奨される現在の生活は、無時間的である。決まった時間に起きて学校や職場に働きに出かけ、習い事がある曜日には仕事を早く切り上げてジムや教室に向かう。そして週末にはライブハウスクラブに出かけたり、友人と呑みに行ったりする。そういった振幅のある暮らしの時間のリズムが、その人ごとのアイデンティティを支えてきたのだ、ということをコロナ禍は思い起こさせた。筆者の場合であれば、週に数度ある取材やインタビューひきこもりがちなフリーランス生活に変化を与える要素であったことをいまさらに痛感しているのだが、そこに今までとは違うリズムを発見して持ち込むのは、なかなか大変だ。まして、健康面や経済面に不安を持たざるをえない非常時においてはなおさらだ。

そのとき、筆者にとっては『あつ森』のなかで刻まれるゲーム内生活のルーティーンが救いになったのだ。朝起きるとなんとなく島の様子が気になっていて、ゲーム機を立ち上げてみる。しばらく遊んでいるうちに昨日までの感覚が蘇ってきて、そういえばお金がたまったらこの家を別の場所に移築しようと思っていたことを思い出し、空いた場所には滝を作って、ちょっとしたスペクタクルな眺望を作ってみようという創造的な野心がむくむくと湧き上がってきたりする。そうやって庭いじりするようにゲーム内世界に没入していると、時間はやがて昼になり、ステイホーム生活が始まって以来少しだけ熱心になった料理をしてみる。現実の時間と、『あつ森』内の時間がゆるやかに同期して、非日常のなかの日常における心身の健やかさの助けになる。そういう感覚を筆者は『あつ森』に持っている。ほどよく開き、ほどよく閉じた『あつ森』は、私にとって箱庭療法のような時間と場所かもしれない。

「『あつ森』がなければコロナ禍を乗り越えられませんでした」なんて言う気はさらさらない。読書や料理することの喜びや、人に会いたいと願う乾きを再認識できたこともコロナ禍が与えてくれた思わぬ恩寵だ。しかし、そのなかの大切な一つの経験に『あつ森』もたしかにある。

5月25日緊急事態宣言も全国的に解除された。まだまだ気をつけなければいけないこと、怖いこと、困難なことは続く。けれども、そろそろこの家から足を踏み出す近い未来の想像を描けるようになってもいる。寺山修司の「書を捨てよ町へ出よう」や、高橋名人なつかしい!)の「ゲームは1日1時間」にちなむならば、「『あつ森』をいったん置こう、町へ出よう」という感じだろうか?

(文/島貫泰介)

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