(北村 淳:軍事社会学者)

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 新型コロナウイルスを巡って米中対決がエスカレートしている。それと共に、米中間の軍事的対立もエスカレートしつつある。

米海軍・哨戒機が海南島を偵察

 新型コロナウイルス騒ぎの中、南シナ海や東シナ海での中国海軍艦艇や中国海警局巡視船による周辺諸国への威圧的な動きがますます活発化している。アメリカ海軍はその状況に対して、手持ち艦艇が少ないながらも、駆逐艦や空母艦隊や哨戒機を頻繁に南シナ海や東シナ海、そして台湾海峡に送り込み、中国側に対する「アメリカは決して引き下がらない」とのメッセージを強化してきている。

 5月15日、南シナ海上空を定期的に偵察飛行している、超高性能偵察機器を装着したアメリカ海軍P-8Aポセイドン海洋哨戒機が、海南島上空に接近して偵察飛行を実施した。

 海南島南部の三亜市郊外には、中国軍にとっては米軍側に最も監視されたくない中国海軍原潜基地がある。そのため、2001年4月1日には、海南島上空に接近していたアメリカ海軍EP-3E電子偵察機の接近を妨げようとした中国海軍J-8II戦闘機が接触する事件が発生した(中国戦闘機は墜落し搭乗員は死亡した。一方米軍偵察機は大破し、海南島に不時着した)。

 今回のアメリカ海軍ポセイドンの接近ではこのような事件は発生しなかったものの、中国側の海南島から南シナ海にかけての警戒態勢は、より一層強化されることになる。

駆逐艦が中国に接近

 同じく5月15日、中国当局は、中国沿岸116海里の東シナ海でアメリカ海軍駆逐艦ラファエルペラルタ」(第3艦隊に所属し母港はカリフォルニア州サンディエゴ)を確認したことを公表した。中国側によると、アメリカ駆逐艦は、黄海で開始された中国海軍の大規模訓練を監視するために中国沿海に接近してきたと考えられるということである。

 また、4月中旬にも山東半島沖42海里までアメリカ海軍駆逐艦「マッキャンベル」(第7艦隊に所属し母港は横須賀)が接近して来ており、アメリカ海軍の中国に対する挑発的行動が活発になっていると非難している。

米海軍・攻撃原潜戦隊の出動

 引き続き5月19日アメリカ海軍太平洋艦隊は、太平洋艦隊に所属する全ての出動可能な攻撃原子力潜水艦を西太平洋から南シナ海にかけての海域に派遣する、とのメッセージを発した。この潜水艦緊急対応展開作戦は、トランプ政権の対中強攻策の一環として国防総省が打ち出した「自由で開かれたインド洋・太平洋」戦略の一環であると太平洋艦隊司令部は述べている。

 隠密行動が鍵となる潜水艦の作戦のため、詳細な情報は公表されていない。太平洋艦隊には25隻以上の攻撃原子力潜水艦が所属しており、ハワイ州パールハーバー基地、グアム島アプラハーバー基地、カリフォルニア州サンディエゴ基地、そしてワシントン州キツラップ基地に配備されている。おそらく、アプラハーバーの全艦とパールハーバーとサンディエゴから数隻ずつ、10隻程度の攻撃原子力潜水艦が出動するものと考えられる。

 これまでアメリカ海軍が断続的に実施してきた南シナ海でのFONOP(公海航行自由原則維持のための作戦)、すなわち駆逐艦や航空機を南沙諸島西沙諸島周辺に派遣する示威活動と違って、多くの攻撃原子力潜水艦を南シナ海方面に派遣する作戦は、純粋な軍事作戦であり、中国に対するアメリカの軍事的対決姿勢がグレードアップしたことを明示している

台湾の動きに神経をとがらせる中国

 一方の中国当局は、トランプ政権による対中姿勢の強硬化や台湾に対する軍事的支援の露骨な強化に強く反発している。

 中国は台湾のWHO加盟の動きを阻止した。だが、新型コロナウイルス感染対策で国際社会から高い評価を受けて名を上げた蔡英文政権と、台湾国内での独立に向けての動きに、中国当局はますます神経をとがらせている。

 中国共産党政府の息がかかった中国メディアは、台湾での独立の動きやアメリカによる台湾支援を牽制するため、台湾独立の動きを中国軍が一撃で叩き潰すことができるといった論説やシミュレーション動画などを掲載するようになっている。

 たとえば、「台湾の叛乱分子を制圧する作戦が開始されてからわずか4分以内に台湾航空基地は中国軍のミサイル攻撃により壊滅的打撃を受け、すでに発進した台湾軍機は中国軍のS-400対空ミサイルにより全て撃墜されてしまう。・・・2時間後には、台湾の防空システムは全て破壊されてしまい、台湾は中国軍によるミサイル集中攻撃をただ待ち受けるだけの状態となる」といった具合のシナリオだ。

2隻の中国空母が南シナ海で作戦行動

 このようなプロパガンダ戦の強化に加えて、中国軍は南シナ海や東シナ海で対中強硬姿勢を強めつつあるアメリカ海軍に対して、より強い姿勢を示すようである。中国海軍が運用中の2隻の航空母艦が、南下しつつあるのだ。

 上記のように、中国海軍は黄海で大規模な訓練を実施しており、その訓練に大きな関心を抱いたアメリカ海軍は、駆逐艦を接近させたりして情報収集に努めていた。この大規模な訓練では、中国海軍001型航空母艦「遼寧」と002型航空母艦「山東」が2隻揃って訓練を実施していたからである。

 そして、黄海でのウォーミングアップが完了した2隻の空母は、南シナ海を目指して南下を開始したのである。南シナ海で中国海軍の航空母艦が2隻同時に作戦行動を実施するのは、初めてのこととなる。

 かつてのアメリカ海軍であるならば、2隻の中国海軍空母に対抗して、やはり2隻の空母を南シナ海に派遣し牽制するところであった。だが、現在南シナ海に駆けつけることができるのは、コロナウイルス感染によって2カ月近くもグアム島で待機を余儀なくされようやく5月21日に出港することができた空母「セオドア・ルーズベルト」1隻だけである。

 セオドア・ルーズベルト空母打撃群がどのような動きをみせるのかは未定であるが、おそらくアメリカ海軍としては南シナ海での初の中国空母2隻態勢に対しては、隠密裡に送り込みつつある10隻の攻撃原子力潜水艦によって威圧を加えるのであろう。

 このように、今後ますます南シナ海、東シナ海、そして何よりも台湾を巡って、米中軍事対決がエスカレートしていくことは避けられない状況になっている。

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中国海軍の空母「山東」(写真:中国海軍)