(日戸 浩之:東京理科大学大学院 経営学研究科技術経営専攻 教授)

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消費者の不安とは何か

 今回の新型コロナウイルス感染拡大が消費者に大きな不安をもたらしたことは間違いないであろう。ここでは、改めて「消費者の不安」とは何かを掘り下げた上で、消費との関係を考察してみたい。

 まず不安という言葉を辞書でひくと「気がかりで落ち着かないこと。心配なこと。」とある。また「恐ろしいものに脅かされているという感情。現実に恐れる対象がはっきりしている恐れとは異なり、その原因は本人にも明瞭でない。」とも言われている。逆に、安心の意味は「心配・不安がなくて、心が安らぐこと」である。

 最初に新型コロナウイルス感染拡大の影響が深刻になる前の時期に行われた調査(2020年1月実施)の結果をみると、生活者に直面している不安や悩みとして最も多くあげられているのは、自分や親または配偶者・子どもといった家族の健康に対する不安である。次に大きな不安とされているのが、近年、多発している地震・津波などの自然災害である。さらに収入や資産価値の低下、税金・社会保険料の増加、公的年金などの社会保障制度の破たん、雇用・失業といった、現在や将来の経済的な状況に影響を与える要因があげられている。

 それでは、新型コロナウイルス感染拡大が進むにつれて、どのような不安が強まっていったのか。

 2020年3月に行われた調査結果によると、2020年1月調査と比較して5ポイント以上、回答比率が増加したのは、配偶者・子どもの健康、親の健康、雇用・失業、公的年金などの社会保障制度の破たん、税金・社会保険料の増加、収入や資産価値の低下、地震・津波などの自然災害伝染病の8つの項目である。伝染病、すなわち今回の新型コロナウイルスの世界的な感染拡大(パンデミック)そのものに対する不安と同時に、概ね、既に不安の上位の項目にあげられていたものがさらに不安の度合いを強めるという結果となった。

 この8つの項目について、いくつ不安としてあげたかを点数化してみると、5つ以上あげた人は全体の10.5%と約1割を占めている。性年代別に特徴をみると、その中では女性の30~50代が不安の程度が強い傾向がみられる。一方で、8つの項目の不安をまったくあげていない人は全体の24.3%を占めている。特に男性の15~19歳、20代をみるとそれぞれ46.5%、40.5%、女性の15~19歳は42.5%となっており、若年層は新型コロナウイルス感染拡大に伴い強まっている不安を特に感じていない人が多くなっている。不安をどの程度、感じるかは年齢やライフステージなどによって異なっていることがわかる。

将来への不安が消費にマイナスの影響を与える

 その不安の程度と消費行動との関係をみると、不安が強い人は今後の見通しに対して悲観的となり、その悲観的な人は消費に対して消極的な態度を取るという関係にあることが分析の結果、明らかとなっている。

 先ほどの「8つの不安の程度」(8項目の不安をあげた数で点数か)と「今年から来年にかけての家庭の収入の見通し」との関係をみると、不安が強い人ほど今年から来年にかけての家庭の収入が「悪くなる」と答えていることがわかる。また不安が強い人は今年から来年にかけての景気の見通しも悪くなると答える傾向があることがわかっている。

 このような「今年から来年にかけての家庭の収入の見通し」が悪くなるとみている人は今後の消費に対しても消極的であり、例えば「積極的にお金を使いたい費目」をあげてもらったところ、今年から来年にかけての家庭の収入がよくなるという人と比較すると、多くの費目で差がついていることがわかる。外出用の衣類、ファッション、趣味・レクリエーション、旅行、人とのつきあい・交際費のような、いわゆる選択的な消費項目だけではなく、食料品や自分または子どもの教育・学習関連の費用についても、消極的な姿勢を示している。不安な状態が続けば、消費に対してはマイナスの影響となることがこの分析結果から読み取ることができる。

 消費者の満足・不満は、顧客満足(CS)と言われるように従来からよく議論されてきたのに対して、消費者の不安と消費の関係はあまり検討されてこなかったが、このように消費者にとって不安の状態が継続することは消費にマイナスの影響を及ぼすことが分かる。

消費者の不安の背景にある2つの構造的な要因

 日本の消費者の不安は今後、どのように推移するのか。新型コロナウイルス感染の動きが収束していけば不安から簡単に解放されるのかといえば、状況はそのような単純なものではないと考えられる。筆者は今後、中長期的にみて、日本の消費者の不安が高まるとみているが、その背景には“不確実性の増大”と“信頼関係の崩壊”の2つの要因があげられる。

 今回の新型コロナウイルス感染拡大のようなパンデミック自然災害など、予期せぬ事態に対する対応が求められていることもあるが、それと同時にグローバル化やAIなどの技術革新の進展が進むことで、不確実性はますます増大する傾向にあるということができる。

 不確実性と聞くと、米国の経済学者ガルブレイスが1977年に刊行した書籍のタイトルである『不確実性の時代』("The Age of Uncertainty")を思い出す方もいるかもしれない。日本でも1978年にベストセラーになったこの著書は、当時、課題とされた大恐慌、世界大戦、巨大企業の支配、貧困問題、核の脅威など、拡大する不確実性を予見し資本主義の未来を論じている。2020年代に入ろうとしている今の時点では、技術革新がさらに進み社会システムが複雑化するとみられる中で、不確実性が強まることはあっても低減することはないといえる。

 さらに大きな問題となるのが、現在、日本の消費者の7割が、商品やサービスを購入する際、「情報が不足していて困る」よりも「情報が多すぎて困る」と感じていることが明らかとなっている点である(NRI「生活者1万人アンケート調査」の結果に基づく)。ICTの活用が進み、消費者に情報が行きわたって効率的な消費の選択ができるようになると思われていたのが、逆に情報過多となって商品・サービスの選択などに迷う人が増えており、それによって不確実性が高まり、消費者は自分の意思決定に不安を感じる局面が増えているのである。

 一方、社会における信頼関係については、米国の政治学者フランシス・フクヤマが著書『信なくば立たず』のなかで、日本は国と家族の中間に、大規模な企業、活動的な地域社会などの直接、国の影響が及ばない自立性の高い中間組織が存在する高信頼社会であると論じている。このような信頼関係が社会の中で成立していることは、人々は行動や意思決定を行う際の拠り所になるわけであり、不安を軽減することにつながる。しかし、今日の日本では、企業や地域社会での関係性が以前のような密接でタテ型の人間関係から、より部分的、形式的なヨコ型の人間関係に変化している。その中で、新しいタイプの信頼関係が求められている。

不確実性を下げるマーケティング

 従来から検討されてきた消費者の満足・不満とは異なる形で消費者の不安が強まる中で、企業は消費者にどのように対処していけばよいのか。先進企業では、従来とは異なった方法による顧客との接点やアプローチの仕方を模索している。

 まず消費者の不安に対応する方向性として、企業と顧客の繋がりを深め消費者の不安を抑えるために、不確実性の低減が必要である。そのためには(1)トライアルの機会提供、(2)顧客への学習機会の提供、の施策があげられる。

(1)トライアルの機会提供

 最近では、定額で商品が提供されたり使いたい放題のサービスを利用できるような様々なサブスクリプションサービスが展開されている。衣服についても、「airCloset」や「MECHAKARI(メチャカリ)」など、ブランド品などの月額定額のファッションレンタルが急速に普及している。これらのサービスでは、専門のスタイリストが着こなしを提案してくれるといった付加価値が評価されているが、レンタルして気に入った洋服を購入できるという、ある種のお試しの機能が付加されている点も注目される。

 購入の前に商品に関する情報を集める方法として、元々「お試し」という概念は従来からあった。車の試乗や化粧品のテスター・サンプルなどがそうである。化粧品については、顔立ちや肌に合う・合わないがとても重要であることから、サンプルを試すことが当たり前だった。衣服についても、特に高額な商品であれば実際に着てみることで本当に自分に合っているのかを確認するという点は重要であり、このようなトライアルの機会は消費者が商品選択を失敗するリスクを軽減することになる。

(2)顧客への学習機会の提供

 顧客に学習機会を提供し、いわば消費者に賢くなってもらうことで、不安や心配を軽減するアプローチがある。

 花王は、健康食品事業へ進出し、健康飲料「ヘルシア」などのブランドを育成するにあたり、消費者に様々な角度から情報を伝えたり、あるいは消費者からの生の声を吸収するよう、取り組んでいる。様々なセミナー・シンポジウムの開催・協賛をしたり、また年間約21万4000件(2019年)にのぼる消費者からの相談は花王エコーシステムに登録・集約されて、その内容は商品開発などに活かされている。

 花王では、健康に関する正しい知識、情報を様々な機会を通じて提供することで消費者が学習し、長い目でみると花王が狙いとする、消費者自身が健康に気をつけて体によいものを摂取していく「セルフメディケーション」の市場が拡大すると捉えられている。

信頼度向上につながるマーケティング

 もう一つの消費者の不安に対応する方向性は、消費者が安心して判断や選択ができるようにするための信頼できる、いわば基点、ベースを作ることである。そのためには、(1)信頼されるブランドの構築、(2)自社のファンづくりを継続的に進めることで、企業と顧客と繋がりを強め、信頼関係を構築することが求められる。

(1)信頼されるブランド構築

 顧客に信頼される揺るぎないブランドを構築することで、消費者に対して自分が不利な選択をしていないことへの自信を与えることができる。消費者が有名なメーカーやブランドに求めているのは、情報が氾濫する中で、商品・サービスを選ぶ際の確かな基準を求めているためと考えられる。

 一方で、企業には社会の持続可能性に配慮した「サステナビリティ経営」、すなわち企業が事業活動を通じて環境や経済など社会全体に対して与える影響を考えながら長期的な運営を目指す取り組みを進めることが、今後ますます期待されてくる。特にミレニアル世代、それ以降のZ世代と呼ばれる若年層は、購入する製品のブランド選択の際に、企業の社会課題への取り組みを考慮する人が増えていくとみられるなど、企業のブランドに対する期待は幅広いものとなっている。今回の新型コロナウイルス感染拡大を通じて、企業は消費者の様々な評価の眼にさらされることになり、企業の姿勢が問われることになる。

(2)自社のファンづくりと商品化

 消費者に対して様々な形態、方法で働きかけることで、自社のファンづくりを進め、顧客の信頼を得ることも、企業の1つのアプローチとしてあげられる。インターネットの登場によって、ネットコミュニティを通じた商品企画アイディアを募集する例は、近年かなり増えている。消費者が、商品の企画・生産の過程に関与するようになってきたのである。

 ブランド構築と自社のファンづくりの双方を進めている例として、良品計画の「無印良品」のネットコミュニティで行われている商品開発の例がある。そこでは商品企画・開発から販売に至る幅広いプロセスにおいて、顧客との双方向・継続的なインタラクションを行うことでヒット商品を生みだすことを狙いとしている。ネット通販限定の小ロット注文生産品をきっかけに、店舗での量産・定番品の販売につなげていくこともある。また、継続的な商品改良・価格の見直しや販売再開のニーズへの対応にも、ネットを通じた顧客の声が活用されている。

 注目されるのは、無印良品のサイトでは、商品化されたプロジェクトだけでなく、中止プロジェクトの経緯まで開示していることである。そこまでオープンにすることで、消費者の信頼を勝ち得ているといえよう。

 このように、消費者の“不安”への対処は、消費者の満足・不満への対処とは異なり、一定の期間を要したり慎重な仕掛けが必要になるなど、取り得る方策が難しいものであると言うことができる。このような状況のもとで、今後企業は、より一層強くなる消費者の“不安”に対応するために、企業と顧客との繋がり、関係を中長期的なスパンで築き上げていくという姿勢が求められる。

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消費者にとって不安の状態が継続することは消費にマイナスの影響を及ぼす(写真はイメージ)